オリンピック 伊藤美誠と孫穎莎 2人のライバル物語

卓球の世界トップで競い合う20歳の2人。日本の伊藤美誠と中国の孫穎莎。
「孫選手がいたから、自分もここまで来ることができている」
「伊藤選手の成長が私のさらなる成長を促してくれる」
互いをライバルと認め合う2人がオリンピックという最高峰の舞台で戦い、共に表彰台に上がった。長く続く2人のライバル物語はまだ始まったばかりだ。

目次

    伊藤を奮い立たせた孫との直接対決

    伊藤が東京オリンピックの代表選考のまっただ中にいたおととし4月。ハンガリーで開かれた世界選手権の女子シングルス3回戦で2人は直接対決した。

    当時の孫の世界ランキングは29位。世界7位だった伊藤が組み合わせを決めるドローで孫の入っている山を引き当てた。

    3回戦の相手としては最も強敵な孫との対戦に伊藤はー
    「自分の中では、(孫選手の山を)引きそうだなと思っていました。自分で引いたので、自分でしっかり勝ちます」

    吸い寄せられるように孫の山に入った伊藤。しかし、試合は、孫の持ち味であるパワーのあるショットに押される。ゲームカウント1対4で敗れた。
    「このままじゃダメだなって。中国選手に勝たないと自分が上にいけないとすごく感じた」

    中国選手に勝てなければ、東京オリンピックでの金メダルは夢のまた夢。

    この敗戦が伊藤を奮い立たせた。

    国際大会の取材に行くと、練習場には常に、納得のいくまでボールを打ち続ける伊藤の姿があった。ほとんどの選手が昼休憩を取るためにホテルに戻る中、伊藤は練習場の片隅でおにぎりなどを食べるとすぐに練習を再開させる。

    一日中、ほぼぶっ通しで練習に取り組む姿に、伊藤の打倒中国、オリンピック金メダルへの強い決意を感じた。

    急成長を遂げた孫

    世界選手権で伊藤を破った孫はその後、快進撃を見せる。

    国際大会でオリンピック金メダリストの丁寧や劉詩※ブンを破り、2019年はワールドツアーで3回優勝。アジア選手権も制した。世界ランキングもトップファイブ入りを果たし、中国のホープとして大きな期待を集めるようになる。

    それでも孫は世界一激しい中国国内での競争を勝ち抜かなければ、オリンピックの舞台には立てない。

    そんな厳しい環境に身を置く孫の原動力になっていたのが、同い年で共に世界のトップで戦う伊藤の存在だった。

    孫は伊藤についてこう話す。
    「彼女の成長が私のさらなる成長を促してくれる。毎回対戦するととてもワクワクする。勝ち負けに関係なく、私たち2人はお互いから学んでいる。彼女のようなライバルがいて、私自身をいつも高めることができる」

    孫もまた、伊藤に大きな刺激を受けていた。

    (※ブンは「雨」の下に「文」)

    強気で怖いもの知らずが2人の共通点

    試合などを取材していて、以前から思っていたことがあった。

    伊藤と孫。攻撃的なプレースタイルと強気な性格。2人はとても似ている。

    以前、伊藤にこのことを聞いたことがある。すると、「自分とすごい似ているなって感じます」とうれしそうに話してくれた。
    「プレーだけではなくて、気持ちのメンタルというんですかね。精神的な部分も年上の選手にも動揺しないというか。ダブルスで孫選手が年上の選手に指示しているような感じもあって、見ていてなんかおもしろいなと思いました」

    伊藤も混合ダブルスでペアを組む12歳年上の水谷隼に対して、思ったことはしっかり伝える。そこに年上だからという遠慮は一切ない。

    抜群の信頼関係で結ばれたペアはオリンピックで日本卓球界初の金メダルを獲得した。

    20歳の孫も中国代表チームではほとんどの選手が年上だが、練習などを見ていても常に堂々としている。

    伊藤は試合中の孫についてこう語る。
    「他の中国選手はコーチに言われて、自分の得意なプレーではなく、相手のやりづらいところをねらってくるが、孫選手は違う。あまりコーチの言うことを聞かないんじゃないかなと。自分の卓球を貫いてくる」

    伊藤もコーチに言われた通りにプレーするのではなく、自分の考えをしっかりと持って戦うタイプだ。だからこそ、ここぞという勝負どころで思い切ったプレーができる。

    その点も2人の大きな強みであり、共通点だ。

    中国遠征での異例の合同練習

    去年11月。遠征先の中国で伊藤にとって卓球人生で初めての出来事が起きた。

    孫から合同練習を持ちかけられて、伊藤は応じた。世界トップレベルの選手どうしが一緒に練習することは互いの手の内を明かすことにもなるため、極めて異例のことだ。

    独創的なプレースタイルが持ち味の伊藤は相手に慣れられるリスクが高く、合同練習を認めたことは意外だった。しかし、伊藤に損得勘定はなかった。

    コロナ禍で試合もなく、練習相手も限られる中、中国選手の質の高いボールを受けられるまたとない機会。そして、ライバルの中国選手が自分と練習したいと言ってくれたことが何よりもうれしかったという。

    2時間の練習で、伊藤と孫はただひたすらボールを打ち合った。うまくいかないプレーがあると、「もう1回」「もう1回」と何回も繰り返し練習を行う2人。孫が「お互いに技を漏らし合っている」と冗談で話すほど、2人は包み隠さず、すべてをぶつけ合った。

    伊藤は中国語が堪能ではないが、練習の合間の会話は通訳を介さず、血液型や好きな食べ物、さらにどちらの腕や足が太いかを比べ合うなど、ことばの壁を越えた交流が生まれていた。

    練習は和やかな雰囲気で終わったが、2人は改めて互いの存在を強く意識し、「負けたくない」というライバル心にも火をつけた合同練習となった。

    東京五輪、最初の対決は孫に軍配

    そして迎えた東京オリンピック。

    孫はリオデジャネイロオリンピック、金メダルの丁寧など、年上の選手たちとの世界一しれつな代表争いを勝ち抜いてシングルスの舞台に立った。

    第2シードの孫と第3シードの伊藤。準決勝で対戦する確率は50%だったが、またも伊藤は孫の山に入った。そして2人は順当に勝ち上がり、準決勝で対戦することになった。

    試合前、伊藤は「孫選手がいたからこそ、自分もここまで来れていると思う。しっかり力を出し切りたい」、孫も「伊藤というライバルがいることで、自分をずっと高めて、不断に進歩していくことができる。全力でぶつかりたい」と話した。

    試合は、伊藤が大量リードした第2ゲームを孫が逆転で奪ったことで一方的な展開となり、ゲームカウント4対0で孫がストレート勝ちした。

    20歳の2人のオリンピック最初の対戦は孫に軍配が上がった。

    伊藤は悔しさをにじませながらも3位決定戦はしっかりと勝ちきり、銅メダル。孫は決勝で同じ中国の陳夢に敗れて銀メダル。

    互いに目指していた金メダルには届かなかったが、表彰台で並んだ2人はすでに次の戦いを見据えていた。

    伊藤と孫 団体戦で再戦か

    オリンピックの卓球、最後の種目、団体戦。女子は中国と日本の2強と見られ、勝ち上がれば決勝で対戦する。

    中国は、陳夢と劉詩※ブンがペアを組んでダブルスに出場し、孫はシングルスに2試合出場すると予想される。一方の日本は、石川佳純と平野美宇がダブルスでペアを組み、伊藤がシングルス2試合に出場することが濃厚だ。

    決勝で中国と日本が対戦すれば、2試合目のシングルスで孫と伊藤の再戦が実現する可能性は高い。孫が再び、伊藤を退けるのか。それとも伊藤がリベンジを果たすのか。

    20歳の2人の再戦が待ち遠しい。

    (スポーツニュース部 記者 吉本有里)

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