オリンピック柔道 阿部一二三・詩 “史上最強きょうだい”の金

柔道では初めて、きょうだいで同時に金メダルの快挙。
男子66キロ級の兄、阿部一二三選手と女子52キロ級の妹、阿部詩選手。“史上最強のきょうだい”が柔道の聖地、日本武道館で夢を現実のものとした。
(スポーツニュース部 記者 鎌田崇央)

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    世界もびっくり “最強きょうだい”

    2人が世界の大舞台で初めて同時に輝いたのは2018年。
    アゼルバイジャンで行われた世界選手権で兄、一二三選手が2連覇を達成。詩選手は初出場で頂点に立ち、兄と妹のきょうだい同時の金メダルを成し遂げた。この“最強のきょうだい”の名は瞬く間に世界中の柔道関係者に知れ渡った。

    柔道でのきょうだいの活躍と言えば、アトランタオリンピックに、三兄弟で出場した中村兄弟(佳央さん・7位、行成さん・銅、兼三さん・金)。また姉妹では、アテネ大会・北京大会と2連覇を果たした上野雅恵さんと、ロンドン大会銅メダルの上野順恵さんがいる。

    しかし、きょうだいがオリンピックの同じ大会で金メダルを獲得したことは過去に例がない。

    しかも、阿部“きょうだい”の場合は2人の階級と、柔道の競技スケジュールの妙がある。

    世界選手権とオリンピックでは1日につき必ず男女1階級ずつ、体重の軽い順に競技が実施される。66キロ級の一二三選手、52キロ級の詩選手はともに軽い方から2つ目の階級。オリンピックでも同じ日に畳に上がる2人が、同時に金メダルを獲得することができるか、いやが上にも期待が高まった。

    その一方で、きょうだいが同じ日に試合で戦うことは、残酷でもある。
    2019年の世界選手権では兄が準決勝で敗退。金メダルを獲得した妹は、3位決定戦に臨む兄の姿を祈るように見つめ、取材の場でも最後まで笑顔を見せることはなかった。

    常に“きょうだい”として注目される2人は、互いの存在をどう感じているのか。

    詩選手

    「兄は追いかける存在だった。でも今はきょうだいでもあるし、戦う者どうしライバルでもあるしすごくいい関係だと思う」

    一二三選手

    「ものすごく刺激になっている。妹の活躍を見ると負けられないと思うし、兄の姿を見せたいとも思ったり、すごくいい刺激になっていると思う」

    さらに一二三選手は、“きょうだい”として話題を集めることについても「僕自身は嫌と思ったことは一度もない」と話している。

    2人の軌跡~負けず嫌い“努力”の一二三

    きょうだいでオリンピックに出場するまでに成長した2人は、どのようにして強くなっていったのか。

    兄、一二三選手が柔道を始めたのは6歳の頃。決して体は大きくなく、体格で勝る女子選手にも試合で負けることがあった。一二三選手を小学生時代に指導した「兵庫少年こだま会柔道部」の高田幸博さんが当時の様子を振り返る。

    高田幸博さん(左端上)と一二三選手(右端上)詩選手(左端下)

    高田幸博さん

    「たとえ相手の体が大きくても、跳ね返されるとわかっていても正面から立ち向かう」

    負けず嫌いな性格は小学生時代からだった。体幹や足腰を鍛えるとともに、今では一二三選手の代名詞となっている担ぎ技を磨いて実力を上げていった。

    2人の軌跡~兄を追いかける“センス”の詩

    一方の詩選手。
    ボウリングに水泳、一二三選手がやることをすべて追い続けた。5歳で始めた柔道もその1つ。当時はそれほど柔道が好きだった訳ではないと話している。

    詩選手

    「小学校のお姉さんたちが、妹のように接してくれた楽しかったから、人と関わるのが好きで、道場に通っていた」

    兄の勇一朗さん(左上)と道場で 一二三選手と詩選手

    一二三選手と詩選手の兄で長男の勇一朗さんは、子どもの頃の2人をこう振り返る。

    阿部勇一朗さん

    「一二三は、ふだんから負けず嫌い。試合に負けてすぐにトレーニングをしていた。柔道は詩がいちばんセンスがあったと思う。最初は遊びでやっていたのに、試合で見ていて映える動きをしていたのが印象深い」

    競い合うように頭角現す2人

    一二三選手は高校2年生だった2014年、一気に頭角を現す。
    ユースオリンピックで金メダルを獲得すると講道館杯、全日本体重別選手権で、日本一に輝いた。

    詩選手も追いかけるように16歳で国際大会に初優勝。
    そして2018年の世界選手権、きょうだい同時優勝へとつながる。

    オリンピック前にはともに苦難が…

    オリンピックでの金メダル獲得を現実のものとして見据えてきた2人。
    しかし、本番までの道のりには、ともに苦しい時期があった。

    詩選手は世界選手権2連覇のあとの2019年11月。優勝すればオリンピックの代表内定が確実だった大会でフランスのアマンディーヌ・ブシャール選手に敗れた。

    外国人選手相手の連勝は「48」で止まった。組み手争いで後れを取り、攻めの形を封じられ、得意の投げ技は何度も空を切った。

    詩選手

    「“絶対に勝てるだろう”と思ってしまい、気持ちの部分で隙があった。焦ってしまって、自分の柔道ができていなかった。自分が弱かったと思う」

    自分を見つめ直した詩選手は、課題の組み手に徹底的に取り組んだ。
    3か月後の国際大会、ブシャール選手と再戦。技によるポイントこそ奪えなかったが、先に先に組み手を持って、攻めの柔道を貫き、ブシャール選手にリベンジした。

    女子日本代表の増地克之監督は「課題ととことん向き合い、それを消化し、すぐに結果につなげる成長力はさすがのものがある」と感心した。
    そして、この大会のあと、オリンピックの舞台に立つ権利をものにした。

    一方の一二三選手。
    世界選手権2連覇で大きくリードしていたはずの代表争いで苦境に陥った。2018年から翌年の世界選手権にかけて丸山城志郎選手に3連敗。1つの大会も落とせない崖っぷちに追い込まれた。
    世界選手権の2週間後、一二三選手が取材に応じた。

    一二三選手

    「もう勝ち続けるしかない。人生をかけてやるしかない」

    オリンピックを目指す上で本当の覚悟を決めたのはこの時だったのかもしれない。 ここから国際大会で2連勝、再び代表争いで並んだ。

    去年12月、史上初の丸山選手との代表内定決定戦。柔道界だけでなく日本中から注目される中、延長を合わせて試合時間24分の死闘を制した。
    自分らしい前に出る柔道を貫きながらも、相手の攻撃を耐える時間は耐える。冷静な判断力と、勝ちきる強い精神力をつかんだ。

    一二三選手

    「これで2人でオリンピックの金メダルを取ろうって、はっきり言える」

    “きょうだい”同時の快挙へ舞台は整っていった。

    海外勢の徹底マークをはね返す

    オリンピックの大舞台で柔道の聖地、日本武道館に立った2人。
    ともに金メダル候補の筆頭として臨み、海外勢からは徹底したマークを受けた。2人がともに得意とする担ぎ技は簡単にはかけさせてくれなかった。

    詩選手は、日本代表で磨いてきた寝技をうまく使って勝ち上がった。

    一方の一二三選手。
    初戦の2回戦、準々決勝ともに、背負い投げに入ると見せかけて、逆技となる大外刈り。

    一二三選手

    「前に出る中でも冷静に、そしてワンチャンスをものにする柔道をできた」

    進化した姿を見せた2人はともに決勝に進んだ。

    きょうだいの絆で金

    金メダルをかけて先に戦うのは妹。

    兄から試合前「頑張って」とかけられた。そのひと言で「よし頑張ろう」という気持ちになったという。
    決勝の相手は、過去に苦杯をなめたブシャールだった。互いに手の内は知り尽くしている中、延長の末にここでも寝技で制した。

    勝負が決まった瞬間、何度も何度も両手のこぶしを畳にたたきつける。
    まず、妹が頂点に立った。

    続いて畳にあがった兄。

    「妹からパワーをもらった」

    大外刈りで奪った技ありのポイントを死守。試合時間4分のブザーが鳴り、兄も続いた。

    表彰式のあと、2人並んで満面の笑みを浮かべながら金メダルを掲げてあふれ出る思いを語った。

    阿部一二三選手

    「最高ですね。2人で最高に輝けた1日だと思います。家族にとっても、自分にとっても人生で最高の1日じゃないかと思います」

    阿部詩選手

    「兄もしっかり優勝してきてくれたので、家族一丸となって達成したオリンピックの金メダルだと思います」

    史上最強のきょうだいの夢が最高の形で結実した。

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