池江璃花子の心技体 勝利の理由、そしてその先へ

その復活劇は映画のワンシーンのようだった。
競技に復帰して7か月余り。白血病を公表し病と闘いながら一歩一歩前に歩みを進めてきたが、体力は完全に戻りきっていない。それでも大会4冠を達成。リレーの2種目で東京オリンピックの切符を勝ち取った。
池江璃花子選手、20歳。彼女はなぜ、この結果を手にすることができたのか。

目次

    “帰還”

    「ただいま!」そうつぶやいてプールへと向かった。
    3年ぶりの競泳 日本選手権、大会2日目。女子100メートルバタフライ決勝。

    この種目で2018年に池江選手がマークした日本記録、56秒08はその年の世界ランキング1位だった。
    もっとも得意とし、タイムを更新し続けていたが、それは過去の話。筋力がものをいうバタフライは「1番、戻ってくるのに時間がかかる」と考えていた。
    “第2の競泳人生”と語る復帰後のベストタイムはことし2月に出した59秒44だ。
    隣のレーンには長谷川涼香選手。同じ高校、大学の1つ上の先輩だ。去年8月に57秒49の自己ベストをマークしている。正直、勝てる自信はなかった。

    池江璃花子選手

    「自分のレーンを見ていたが、やっぱり視界に入ってくる。“涼ちゃん、速いんだろうな”と思って。でもチャレンジャーとして全力で楽しもうと思った」

    1つ息を吐き、一礼してスタート台へ。
    “テイク ユア マーク”
    静寂が生み出す緊張感が全身を包む。
    次の瞬間。スタート台から飛び出した。
    その直後、課題としていた浮き上がりで出遅れる。
    以前のベスト体重にはまだ8キロほど届かない。足の筋力も戻りきっていない影響もあり、その差は頭1つ分だ。
    ここから、その差を詰めていく。

    折り返しの50メートル。トップとの差は0秒03で2位。
    そして、最後の25メートル。一気に抜け出した。
    最後は長い腕を懸命に伸ばしてゴール板をタッチ。
    すぐに振り返って電光掲示板を確認した。
    「57秒77」
    池江璃花子の横には「1」の数字。
    3年ぶりの日本一と、オリンピックの代表内定をつかんだ瞬間だった。

    勝負師の『心』目覚めるまで

    2年前の2019年春、白血病と診断された。
    抗がん剤治療は想像以上に厳しいものだった。

    当時の池江選手のツイッター

    思ってたより、数十倍、数百倍、数千倍
    しんどいです。
    三日間以上ご飯も食べれてない日が続いています。
    でも負けたくない

    吐き気が止まらず、2週間あまりにわたってベッドから動くことができなかった。思わず、あることばが口からこぼれた。
    「死にたい…」

    池江璃花子選手

    「その時がいちばんしんどくて、生きていることがしんどいなと思って、耐えられなくなったときに、そういうことばを言ってしまった」

    ターニングポイントとなったのが抗がん剤治療の第1クールが終わり、一時帰宅が認められた時のことだった。
    外の空気を吸うこと、車に乗ること、桜を自分の目で直接、見ること。今まで何気なく行っていた日々が愛おしく思えた。

    池江璃花子選手

    「高速道路で渋滞していることさえうれしいという感覚になった。ごはんも食べに行って、すごく幸せだった。つらいこともあるけど、楽しいこともいっぱいあるんだな。そういうことは絶対に思わないようにしよう」

    およそ10か月にわたる入院生活を終え、プールに戻ってきたのが去年3月。最初は練習でチームメートについていけない日々が続いた。できない自分にむなしさを感じ、練習後に1人、涙したこともあったという。

    体重は一時15キロ以上落ち、筋力も大きく低下していた。それでも、プールに通い練習を重ねる日々を取り戻せたことへの喜びがそこにはあった。

    競技復帰から着実に歩みを進めてきたようにみえることを3年ぶりの日本選手権出場が決まったあとに尋ねると池江選手は「ここまで来るのは簡単なことじゃなかったのは、すごく分かってほしい」と答えた。そして、こう続けた…

    池江璃花子選手

    「でも、自分がどうなりたいのかそれを考え、それに向けて行動することで免疫力も上がっていった。人それぞれだと思うけど、私の場合は気持ちや自分の行動で変わっていった部分が大きかった。負けたくないという気持ちがいちばんにあった」

    ”負けたくない”
    その気持ちの強さが池江璃花子の『心』を動かす原動力だ。

    勝つための『技』

    心に芽生えた勝負師として勝ちたいという願いを今回、実現させた要因が、培ってきた卓越した泳ぎのテクニックだ。
    大会前に本人もその『技』の部分については自信をのぞかせていた。

    池江璃花子選手

    「もともとあった技術力とか、関節の可動域は変わらなかった。泳いでいる感じも全然前と変わらない」

    オリンピック3大会に出場した経験を持つ、今大会でNHKの解説者を務めた林享さんは、池江選手の『技』についてこう指摘する。

    林享さん

    「彼女の持ち味であるストロークの大きな伸びやかな泳ぎは失われていなかった。レース中盤からの泳ぎの強さは際立っていた」

    その印象はデータでも裏付けられている。
    日本水泳連盟の科学委員会が行った池江選手のレース分析の結果だ。

    「1メートル92センチ」
    (15メートル~95メートルの平均)

    これは100メートルバタフライの決勝で、池江選手がひとかきごとに進む距離を示した“ストローク長”の平均値だ。

    つまり、池江選手は飛び込みと最後のタッチの部分を除くと、バタフライでひとかきするごとに2メートル近く進むということになる。
    これは決勝に進出した選手の中で最長だった。

    そして、驚くべきは2018年の日本選手権の決勝との比較。このレースは池江選手は当時の日本新記録をマークした泳ぎだが、このときの数値が「1メートル90センチ」。今大会とほぼ変わらないどころか、3年前よりもひとかきで進む距離が今回のほうが長かったのだ。

    林さんは、池江選手ならではの泳ぎが失われていなかったからこそ効率的に最後まで泳ぎ切ることが出来たと分析する。

    林享さん

    「まだまだ腕は細いが、広背筋はだいぶついてきているのが注目すべき特徴。泳ぎを見ても腕でかいているのではなく、背中全体で泳いでいる。競技復帰からの短い期間で非常にうまく体を使っていることがうかがえる。これは教えてできることではない」

    勝利へ“壁際”にも『技』

    さらに、池江選手自身はレースの中で、微妙な修正を加えていた。そのポイントは“壁際”にあった。

    「ひどい折り返しだった」と振り返った100メートルバタフライの予選と準決勝。50メートルの折り返しのターンで壁へのタッチが合わず、タイムロスが生じていた。

    ここで池江選手が行ったのが、レース序盤のドルフィンキックの回数の調整。スタート直後、浮き上がりまでの間に打つキックの回数を変えることで数十メートル先のタッチのタイミングがベストになるようにレースを行いながら変えていたのだ。

    池江璃花子選手

    「予選が7回、準決勝が8回、決勝が9回と変えていった。ふだんは7回とか8回だけど、どんどん増やしていった」

    いつも通り7回のドルフィンキックを打った予選。50メートルの折り返しでは、壁に近いところで腕を振り下ろし詰まったタッチになった。
    準決勝では、キックを1回増やした代わりに腕を回す回数=ストローク数を1回減らす調整をした。今度は、壁から遠いところで腕を振り下ろすことになりタッチが流れた。
    病気になる前はほとんどズレることがなく、「レース中にキックの回数を変えたことはあまりなかった」というが、「今回はそうはいかない」と最善策を模索し、自身の現状に合致する『技』で乗り切った。その柔軟な対応力を、競泳日本代表の平井伯昌ヘッドコーチも高く評価していた。

    平井伯昌ヘッドコーチ

    「本人の努力だと思うが、集中力やいま持っている力を出し切る能力は一つもさびついていない」

    そのうえで、多くのメダリストを育ててきた名コーチは勝負を分けたもう1つの“壁際”にも注目していた。
    それが、フィニッシュ直前のラスト5メートル。疲れから腕がきつくなるレース最終盤だ。
    平井ヘッドコーチは「準決勝までは最後の3回は手が上がらなくなっていた。決勝でどう泳ぐのか注目していた」という。

    100mバタフライ決勝 池江選手の最後のひとかき

    その決勝のフィニッシュ。
    池江選手のタッチは少し間延びしたような形に見えた。
    平井ヘッドコーチは、これこそ彼女のブランクを経ても失われていなかった巧みさが表れた瞬間だとうなった。

    平井伯昌ヘッドコーチ

    「無理に腕をかかず、伸びてうまいタッチでカバーしていた。さすがだ」

    『体』と向き合い高みへ

    池江璃花子選手

    「心技体で言えば、いまの私に『体』はない」

    勝負にこだわる『心』を取り戻し、『技』で結果につなげた池江選手ではあったが、『体』についてはまだ十分で無いと感じていた。

    今回の日本選手権では8日間で11レースを泳ぎ切り、出場した4種目で優勝という結果をつかんだが、100メートルバタフライ決勝の翌日は、「経験したことのない体の重さを感じた。今までで1番ダメージがあった」と明かした。

    さらに、レースの中で計測された数値からも改善点が見つかっている。それはひとかきにかかる時間を示す”ストロークタイム”いわゆる泳ぎのテンポだ。

    池江選手のストロークタイム(100mバタフライ決勝/15m~95mの平均)
    ▽今大会:1秒16
    ▽2018年:1秒12

    このタイムが2018年よりも遅くなっているのは、筋力が戻りきっていないことに起因するとみられる。
    病気の前とは違う『体』の状態。それでも、こうした改善点や課題が見つかるたびに、池江選手は闘志をかき立てられ、競技に向き合う喜びをかみしめているようにすら見える。

    池江璃花子選手

    「体力はこれからトレーニングを積んでいく中でついていくと思う。あとは伸びていく自信しかない。自分自身にも期待しちゃうような伸び方をしている」

    東京オリンピックへ

    大会を終えて翌日から行われた競泳の日本代表合宿。3年ぶりの代表復帰を果たした池江選手は真新しいジャージに袖を通した。
    2015年、中学3年生で初めて加わった日本代表チームに、また「ただいま」と言えた。

    日本大学水泳部の壮行会

    池江璃花子選手

    「病院で代表選手たちの姿を見ていたときには、本来は自分がいるはずの場所だと思っていた。その場所に、やっと戻ってこられた。すごくうれしい」

    新型コロナウイルスの影響は続き、東京オリンピックの開催に対する否定的な意見も、もちろん耳に入る。
    それでも、病気を経験した今、池江選手はスポーツの持つ力を信じて泳ぎ続ける。

    池江璃花子選手

    「必ずしもみんながみんな、ポジティブに捉えているわけではないかもしれないけれど、スポーツ選手や活躍している人を見て、勇気をもらっている人もたくさんいるんだなと実感している。いまは大変な時期ではあるけれど、スポーツの力を広めていきたい。日本の競泳の代表として頑張っていきたい」

    顔写真:安留 秀幸

    スポーツニュース部 記者

    安留 秀幸

    平成22年 NHK入局 北九州局からスポーツニュース部へ 競泳担当。

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