障害を補う“脳”
パラ選手のパフォーマンスを「脳」の働きから分析をしているのが東京大学の中澤公孝教授。5年ほど前から国内外のトップ選手の運動能力と脳の関係を調べてきた。

中澤公孝教授
「過去にこれだけどんどん新たな発見が出てくる、そういう経験はなかった」
もともと脊髄損傷の人の歩行能力をどう取り戻すか、神経科学的なアプローチで研究を重ねてきた中澤教授だったが、その過程で出会ったパラ選手の「脳」の姿は、およそ30年の研究生活の中でも驚きの連続だったという。
中澤公孝教授
「体はどこかに障害が起こると無意識のうちに自然にそれを補おうという性質があるが、特に脳はその性質が強いと考えられる」

両方の脳が動いた

研究を通して明らかになってきたのはパラ選手たち特有の脳の働きだった。そのひとつが陸上の義足の選手たちだ。
パラ選手が、義足をつけている右ひざを動かしたときの脳の画像だ。

健常者は動かす足と逆側の脳が部分的に活動するのに対して、パラ選手は左右両方の色が激しく変化し、脳をフル稼働させていることがわかった。
トレーニングを重ねるなかで新しい機能が発達したものとみられている。
中澤公孝教授
「スポーツの非常に高度な技術が必要とされる場面で技術を高めるためにトレーニングをしてきた結果、義足を両側の脳で動かすというやり方になったのではないか」
効率的に働く脳
さらに中澤教授が注目した競技がパワーリフティングだ。
健常者の選手は地面に足をつき足の力も使って挙げられるのに対して、脊髄損傷の障害がある選手は下半身を固定するため、上半身の力だけを使って挙げている。それにもかかわらず世界記録は健常者を超える。

今回、取材に応じた男子49キロ級の三浦浩選手(リオデジャネイロ大会5位=日本選手過去最高)は体重の3倍近い重量を挙げる。
中澤教授は、このパワーリフティングでも「脳」の働きがかかわっているのではないかと見て研究を続けている。その傾向は、義足の選手のケースとはまったく異なるものだった。
バーベルを挙げるときに重要な「握る」時の脳の活動範囲を示した画像だ。

健常者が脳の「広い範囲」を使うのに対し、脊髄損傷の障害のある人たちは極端に「狭い範囲」しか働いていなかった。
中澤教授は「脳が効率的に働いている」と指摘する。

両者の「握る力」も詳しく分析した。左がパラ選手。右が健常者のグラフだ。

健常者はグラフが波打ち、力に「ばらつき」が見られたのに対して、パラ選手は力を「安定」して出し続ける能力が高かった。
握るときの脳の活動範囲と握る力との関係はまだ解明されていない。ただ、状況に応じて脳の働きを器用に変えることで新たな可能性が示されていると考えている。
中澤公孝教授
「脳は予備能力、あるいは潜在的な能力、まだまだ私たちが知らない能力を持っている。体のどこかに障害が起こると健常者が使っていない能力が出やすくなると考えてもいいと思う」
こうした研究、トップ選手もさらに成果が出ることを期待している。
パワーリフティングの三浦選手は、東京パラリンピック出場に向けて56歳の今も自己ベストの更新が間近、成長の一途だ。

三浦浩選手
「不自由になったものが脳の働きによって新たに変化して体が動いてくれれば、今までできなかったことができるようになる。脳にはそういう秘められたものがまだまだいっぱいあるのかなと思う。それ(メカニズム)がわかってくれれば、僕らにとっても強みになるかなと本当に思っている」
ネガティブでなくポジティブ
研究から得られるさまざまな知見は、トップ選手だけに有用なわけではない。
むしろ私たちに身近なリハビリテーションにもつながるものだと中澤教授は強調する。

中澤公孝教授
「モチベーションを持ってハードなリハビリテーションをしたら、ここまで人間はいける、脳はそれだけの能力を持っている。そういう限界に近いところを(パラ選手たちは)見せてくれている。(そういった姿を見て)今リハビリをしている人たちが“まだまだいけるぞ”と思ってくれればいいなと思う」
研究はまだまだ序章、さらに進める考えだ。
中澤公孝教授
「障害というとネガティブな印象がどうしてもあるが、失うということだけではなくて、パワーリフティングの選手で見たように残っている機能が健常者よりずっと良くなるということもある。そういうポジティブな側面もあるんです」
(スポーツニュース部 記者 佐藤滋)