“選手として賛成、国民として反対” オリンピックへの葛藤

開幕まで半年となった東京オリンピックは、かつてない「逆風」の中にある。新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない中、NHKをはじめ各種の世論調査で反対や再延期が多く占める現状に内定選手の1人が複雑な胸の内を隠さず語った。

目次

    開催の意味、どこに

    陸上女子10000mで代表に内定している新谷仁美(32)。2020年12月の日本選手権で日本記録を18年ぶりに更新して優勝し、2大会ぶり2回目のオリンピック代表に内定した。

    コロナ禍での東京オリンピック開催に対する考えは内定の前から一貫している。

    「国民の理解が得られなければ、開催する意味はない」

    東京大会に対する「逆風」とも言える厳しい世論を強く感じているからだ。その後も強い口調で繰り返した。

    (内定翌日の記者会見)
    「東京オリンピックは、国民の皆様とアスリートが同じ思いでなければ成立しない」

    (後日の記者会見)
    「アスリートだけがやりたい、国民のみなさんはやりたくないと言っていたら開催する意味が全くなくなってしまう」

    やりたい、やりたくない

    その真意や本音をさらに探ろうと1月、新谷にインタビューした。

    記者が「ストレートな聞き方になるが、新谷選手自身、大会をやってほしいという気持ちは…」と聞き終わる間もなく新谷が答えた。

    「アスリートとしてはやりたいです。人としてはやりたくないです」
    「アスリートとしては賛成だけど、一国民としては反対という気持ちです」

    たたみかけるような答えだった。

    「命というものは正直、オリンピックよりも大事なものだと思う」

    それが「国民の1人として反対」という理由だという。

    アスリートと国民の距離

    1人の人間の中に2つある複雑な思い。根底にはアスリートが国民の思いにもっと寄り添う必要があるという考えがある。そして、その背景には異色の経歴がある。

    新谷はトップ選手だった25歳のときに一度は引退。その後は4年間、会社員としての生活を送った。そのときに知ったアスリートに対する周囲の見方が、今の考え方につながっている。

    「ちょっと意地悪な言い方で『いい仕事だよね』『楽な仕事だよね』というふうな形では、すごい言われましたね」

    得意なことを仕事にしている。それは自分自身、決して楽なことではないと感じていた。ただ、そのような“ネガティブ”な見られ方があることを初めて知った。
    アスリートと国民にある“距離”を感じた瞬間だった。

    思いに応え走る

    その“距離”を埋めるため。それが国民の思いに寄り添いながら競技を続けている理由だ。
    新谷は常に「走るのは仕事」と言い切る高い“プロ意識”を持つ。トップ選手として走り続けられるのは所属先の企業やスポンサーの支援、すなわちそれを支える国民の存在があってこそだと。なので、国民の後押しがなければ「開催の意味がない」と思うのだ。
    では、どうすれば開催に肯定的になってくれるのか。

    「見ている人たちが夢を持てる、元気をもらえることがスポーツの魅力。そこをもう一度思い出し、私たちがそれに対して応えていきたい」

    新谷は今も複雑な思いを抱えつつ、アスリートとして、なにより1人の人間として、みずからの魅力を高めて積極的に発信していくことで少しでも開催に前向きなムードにつながればと考えている。

    (スポーツニュース部記者 佐藤滋)

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