主役は選手 “裏方”の組織委員会
バドミントン 桃田賢斗選手
「誰もが不安に感じず、ストレスなくできるなら開催してもらいたいし、そうでないなら…という気持ち」
車いすテニス 国枝慎吾選手
「『やりたい、やりたい』だけでは逆に反発強いですからね。それだけ発信しているのを見ると、いやそれじゃあちょっとなと」
大会の主役である選手たち。本来なら活躍を誓う時期なのに、今は、複雑な心境がついこぼれる。気持ちを前向きに、堂々と舞台に立ってもらいたい。そのための準備を進めるのが、大会組織委員会。“裏方”の集団だ。
「五輪は、複雑なパズル」(IOC バッハ会長)と評される膨大な準備に加え、誰も経験のない『延期とコロナ』への対応を迫られている。
高揚感なき五輪イヤー
昨年末、国内の空気について、元総理大臣で、組織委員会の森喜朗会長はこう語った。
組織委 森喜朗会長
「NHKの世論調査で『反対』『中止』が多い。しかし、もうちょっとたてば『やれ』が多いですよ。人の心は流れるんです」
そう指摘した12月の世論調査では、大会の開催について、「中止すべき」が「開催すべき」を上回る結果となった。
NHK世論調査
▽「開催すべき」:(10月)40%→(12月)27%
▽「中止すべき」:(10月)23%→(12月)32%
▽「さらに延期すべき」:(10月)25%→(12月)31%
感染が比較的落ち着いていた10月の調査では「開催すべき」がダブルスコアに近い形で上回っていただけに、コロナの感染状況によって国民感情は揺れ動いてきた。
12月の取材メモを見返すと…
「この状況だときついが、あまりそういうことを考えない。考えたらやりたくなくなっちゃうから」
「一喜一憂してもしかたない」
組織委員会の裏方たちの言葉にも、冷静な中に、わずかな不安がにじんでいるように映った。
ただ、こうつぶやきながらも、実務面で見ると、この間、コロナ対策では大きな進展が見られた。それが政府、東京都、それに組織委員会がまとめたコロナ対策の「工程表」だ。
勝負は「3月末」“裏方”のキーマンは語る
「全体像がわからなくて不安というのが、いちばん困る。想像以上に、これ(=工程表)ができたのは大きいんだ」
工程表を手に熱く語るのは、組織委員会のコロナ対策の責任者、中村英正ゲームズ・デリバリー・オフィサー(GDO)だ。
東京大会オリジナルのはっぴを着て、オフィス内をかっ歩する一見変わった人物だが、組織委員会ができた2014年に財務省から出向し、予算策定や暑さ対策などに携わってきた、大会全体を知る“裏方”のキーマンだ。
その中村GDOがポイントとにらんでいるのが、「3月末」だ。
中村英正ゲームズ・デリバリー・オフィサー
「3月末に何が起こるかというと、テスト大会をやらなければいけない。それまでに運営の主だったたたき台はセットしなければならない。1、2、3月がすごく大事になる」
工程表の一部
工程表を見ると、同時にまとまった40ページほどのコロナへの「具体的な対策」をもとに、
▽アスリートの検査体制、
▽競技別の対策・ルール、
▽各会場ごとの観客の感染対策など、
大会の全場面について、計画に反映させたり、関係者と協議したりすることが細かく定められている。
この対策を試すのが、3月から5月のテスト大会というわけだ。
「全員来るとなった時に『できません』とはいかない」
これと同じぐらいのタイミングで決まるのが、観客数の上限だ。
中村GDOは、観客数がどうなるにしろ、最大限の準備が必要だと力を込める。
中村英正ゲームズ・デリバリー・オフィサー
「ゼロ(=無観客)の場合は何もしなくて全部やめでいい。しかし、5割にしろ10割にしろ、(有観客の場合は)観客に対して何を守ってもらうのか、動線をどうするのかを考えなければならない。われわれからすると全員来た時がいちばん大変なので、そうなった時に『できません』というわけにはいかない」
実際に去年秋の時点で、観客の5割減などを想定し、コンピューターで座席に落とし込んだシミュレーションの作業を行っていると、組織委員会の別の幹部に聞いたことがある。
無観客もありうるのか
ここで気になるのが、無観客もありうるのかということ。
さらに別の幹部たちに話を聞くと、
「チケットの払い戻しをするのは難しくない。無観客とする場合は、大会直前まで判断を引っ張るのではないか」
という見方で一致している。
本来の大会では想定しなくていいことを、しなくてはいけないコロナ禍の大会。だからこそ、中村GDOが言うように、最も大変な状況を想定して今からできることをやる、これに尽きるということだろう。
無観客も頭の中には置きつつ、準備は複雑でも、少しでも多くの人たちに生で見てもらいたいという、有観客にこだわる本音が見えた気がする。
難題は医療体制
直接取材の中でコロナ対策に自信を見せていた中村GDOだが、唯一「難しい」とうなったのが医療体制の確保だ。
東京大会では観客の熱中症対策などのため、会場ごとに決められた人数の医師や看護師を原則ボランティアで配置する計画となっている。
組織委員会はこれまでも病院や医師会などに協力を依頼してきたが、コロナ禍で医療現場の負担はひっ迫し、話し合いの場を持つことさえも難しい状況だという。
さらに従来の計画になかったコロナ対策を、各会場で行わなければならない。
医師や看護師を確保するのに手当など、条件面を変える必要があるのではないか。
この問いに中村GDOは…
中村英正ゲームズ・デリバリー・オフィサー
「医療機関に対して手当を増やすなど、新たなミッションをお願いするために必要な前提条件を変えなければいけない。オリンピックだけが去年と同じにはいかない」
コロナ対策の追加経費の中にすでに盛り込まれていることを明かした。
しかし、マラソンと競歩の会場となった札幌市など、コロナの負担は地域や病院によって異なり、ぎりぎりの交渉が今後も続く見通しだ。
やってよかったと思えるには
大会を開催するうえでの最大の難題「vs.コロナ」。
感染がこのまま続けば、大会まで「オリンピックどころではない」という声は払拭(ふっしょく)できないかもしれない。
「コロナに打ち勝つ」という掛け声があがる中、印象に残ったある言葉を紹介したい。
新たに組織委員会の式典責任者となったクリエーティブディレクターの佐々木宏さんの言葉だ。
佐々木宏クリエーティブディレクター
「私は、コロナに打ち勝つという言い方はあえてせず、コロナがあったからこそいろんな意味で新しいアイデアが生まれたり、がらっと変えるチャンスじゃないかと感じている。ただ中止するとかではなく、そこまでできるだけ努力して頑張ったぞと世界に示すいいチャンスだと捉え続けたい。オリンピックを見て、やらないよりやってよかったと思っていただく、そこにどうやってたどりつけるかを考えたい」
やらないより、やってよかったと思える大会に。
主役である選手たちの真剣勝負は、困難を克服してたどりついた舞台だからこそ、より輝きを放つかもしれない。もしかしたら、そうはならないかもしれない。でも、そこに何を見いだせるかは、見つめる側の私たち自身にかかっているのではないだろうか。
ただ、そう思えるには、大会の開催でコロナの感染を広げないことが大前提になるだろう。史上初となる大会の延期が決まったのは去年の3月末だった。ことしの3月末はどのような状況で迎えるのか。
裏方たちの奮闘と本音に注目したい。