「最初から日本記録ペースで走る」
新谷選手は、公言していたとおり、異次元の走りで日本新記録をマークして、オリンピックの切符をつかみました。
新谷選手はこの種目でただ1人、オリンピックの参加標準記録を突破していて、今回の日本選手権ではタイムに関係なく優勝することだけが代表内定の条件でした。
しかし、高いプロ意識を持つ新谷選手は、あえてタイムにこだわったのです。最初の1000メートルは、ほかの選手に引っ張ってもらったものの、3000メートルでオリンピックのマラソン代表に内定している一山麻緒選手を振り切ると、あとは1人旅で、自分との戦いとなりました。
日本記録を出すには、1000メートルあたり3分5秒を切る走りが求められますが、3分5秒を上回ったのは1000メートルから2000メートルの1回だけ。
新谷選手の5000メートルの通過は15分7秒で、女子10000メートルの前に行われた女子5000メートルの田中希実選手の優勝タイム15分5秒とわずか2秒しか変わらない、驚異的なタイムでした。
この時点で会場の多くの人は、日本記録の更新を確信していました。
スタート前、新谷選手は「期待に応えなきゃ、結果を出さなきゃと追い込んでいた」と極度の恐怖心とプレッシャーで涙をこらえていました。
レース後、「最高のパフォーマンスを見せないと東京オリンピックを開催するための国民の理解を得られない」と自分を追い込んだ理由を明かしました。
迎えたことし最後の大舞台で、さまざまな重圧に打ち勝った新谷選手は最後に「すっきりした」と笑顔を見せました。
来年の大舞台での活躍を予感させるには十分すぎる圧倒的なレースでした。
新谷仁美とは
新谷仁美選手は岡山県出身の32歳。序盤から積極的に飛び出し速いペースでレースを進める走りが持ち味です。高校時代から全国高校駅伝で3年連続区間賞を獲得するなど脚光を浴びました。
社会人になっても東京マラソンで優勝し、初めてのオリンピックとなったロンドン大会には女子10000メートルに出場して9位となりました。よくとしの世界選手権では女子10000メートルで5位に入賞しましたが、右足のかかとのケガもあり、2014年に一度は現役を引退し会社員となりました。
およそ4年のブランクを経て現役に復帰すると、元オリンピック選手で同学年の横田真人コーチの指導を受け好記録を連発。2020年1月にはハーフマラソンの日本記録を更新、9月には女子5000メートルで日本歴代2位の記録をマークするなど、調子を上げて今大会に臨んでいました。