東京をパラリンピック見据えた“裏テーマ”とは 車いすテニス 国枝慎吾

車いすテニスの世界王者、国枝慎吾選手(36)はテニスの四大大会、全米オープン直前のインタビューでこう切り出した。
「もちろん表のテーマは“優勝目指して”なんですが、裏のテーマは…」
パラスポーツ界の第一人者が明かした”裏のテーマ”。それは、1年後の東京パラリンピックを見据えたものだった。
(スポーツニュース部 記者 今井美佐子)

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    7か月ぶりの公式戦へ

    「ウィシュペ!」
    「ワッスィー!」
    千葉県柏市の緑に囲まれたテニスコート。8月下旬、アブラゼミの鳴き声に混ざり気合いの入った声が響く。声の主は、国枝慎吾選手だ。独特なかけ声はショットを打つ瞬間に発する。球種によって使い分けているという。
    新型コロナウイルスの影響で優勝した2020年1月の全豪オープン以来7か月ぶりの公式戦となる全米オープンへ、練習も熱を帯びていた。

    国枝慎吾選手

    「全豪オープンの時より状態がいい気がする。試合で試すのが楽しみ」

    例年の夏と同様にニューヨークへの調整は順調だったが、実は、当初は出場をためらっていた。

    スイッチオフからオンに、“東京につなげる”

    トップ選手として目指し続けてきた大会への出場に二の足を踏む理由。その一端を、東京パラリンピックの延期が決まった直後の4月にインタビューで明かしていた。

    国枝慎吾選手

    「スポーツは、平和なくしては成り立たないんだなって痛感している」
    「今はある程度、電源は切っちゃっている」

    ウイルスの影響が日を追うごとに広がる中で、試合をしたい、プレーをしたいという欲や、オリンピック・パラリンピックへの思いを軽々しく口にするべきではないと感じていたのだ。

    それから、4か月。社会が新しい生活様式を模索する中、国枝選手の心にも変化が生まれていた。
    大会主催者がウイルス対策を講じた上で開催すると宣言した全米オープンへの出場に心は傾いていく。

    国枝慎吾選手

    「コロナのある中でも対策をしながら活動していく、というスポーツの分野の道を、全米オープンが示そうとしていると感じた」
    「ことしは、もちろん表のテーマは“優勝目指して”だが、裏のテーマは、コロナ禍でどういった運営を心がけているのか、それを体験し“東京につなげたい”」

    全米オープンの新型コロナウイルス対策

    テニスの全米オープンは、全米でも有数のビッグイベントだ。2019年は70万人を超える観客を動員した。ことしは無観客で行われるが、それでも、2週間の大会期間におよそ350人の選手と、その関係者が世界中から集まる。大会側は安全な運営に自信を示し、コロナ禍のスポーツイベントのマイルストーンにしたいと意気込んでいる。

    軸となるのは、徹底したウイルス対策とルール、そして、選手とのコミュニケーションだ。
    大会を主催する全米テニス協会は、大会前に選手に配布するハンドブックとは別に、ウイルス対策を中心にまとめたQ&A集を作成した。
    そこには、ウイルスにどう対応するのかが具体的に示されている。

    • ▼PCR検査は、原則4日ごと
    • ▼指定エリア「バブル(=ホテルや会場)」の外に出た選手は失格
    • ▼大会IDの管理によって陽性者との接触者を追跡できる

    さらに、車いすの部では主催者側の代表が世界中の選手をオンラインのミーティングに招き、疑問点に答えた。国枝選手の不安もミーティングを重ねるごとに解消されていったという。

    国枝慎吾選手

    「全米オープンが対策をいろいろ練っていることを聞く前は、僕もやっぱり『オリンピック・パラリンピックはおそらく厳しいんじゃないか派』だった」
    「大会は選手からの質問によってさらに洗練されていくのではないか」
    「現地では自分も会場などの写真をたくさん撮って、帰国したら、東京オリンピック・パラリンピックのヒントになるような情報提供をしていきたい」

    かすかな一歩でも近づくならば

    1年後、東京でアスリートが躍動する舞台を整えるためには、何が必要なのか。国枝選手は、選手の立場から道を切り開こうとしている。その作業は、本来、アスリートに求められているものではないのかも知れない。はたから見ていると、選手がそこまで重責を負わなくてもいいのに、とも思える。

    国枝慎吾選手

    「自分自身も東京オリンピック・パラリンピックは待ち望んでいる大会なので、そこが本当にかすかな一歩でも近づくならば、別にめんどうくさいとも思わない。優勝したいからテニスの練習をがんばるのと一緒ですよ」

    強打のバックハンドやネットプレーなど、車いすテニスでは不可能だと言われてきた技をたゆまぬ努力で可能にし、競技の新たなスタンダードを作り続けてきた先駆者は、東京パラリンピック実現のために また、新たな一歩を踏み出す。

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