あと1年 東京オリンピック・パラリンピックは開催できるのか

風当たりは、強い。
歓喜に沸いた招致成功から7年。こんな未来を予想できた人は誰1人いなかっただろう。新型コロナウイルス感染拡大の収束が見通せない中で再び迎えた“開幕1年前”の今、国内外の“当事者”たちは何を思い、大会をどう実現させようとしているのか、徹底取材で探った。
(スポーツニュース部 取材班)

目次

    世論は66% “再延期・中止”

    最新の“世論”は、厳しいものだった。
    東京オリンピック・パラリンピックの開催についてNHKの世論調査で尋ねたところ、来年7月からの開催について次のような結果が出た。

    • ▼さらに延期すべき…35%
    • ▼中止すべき…31%
    • ▼開催すべき…26%

    「さらに延期すべき」と「中止すべき」を合わせると66%。
    予定どおり「開催すべき」を大きく上回ったのだ。
    その理由、最も多かったのは次のとおりだ。

    • ▼中止すべき
      「新型コロナウイルスの世界的な流行が続きそうだから」…54%
    • ▼さらに延期すべき
      「選手たちの努力が報われないから」…38%

    世界の“生の声”

    オリンピックは言うまでもなく世界最大のスポーツの祭典。
    その“当事者”たちは、どう見ているのか。
    NHKは、選手を派遣する側の各国や地域のオリンピック委員会と国際競技団体にアンケートを送り(一部はオンラインでの聞き取り)取材を行った。

    (アンケートの詳細)
    対象:各国・地域のオリンピック委員会(206)と国際競技団体(33)
    期間:6月~7月
    方法:Eメール(一部はオンラインでの聞き取り)
    回答:オリンピック委員会(19)、国際競技団体(3)
    質問:選手派遣への不安の有無、具体的な不安、開催可否の判断の時期、来年夏に開催できなければ中止か再延期のどちらが適切かなど9項目。
    得られた回答は、合わせて全体の9.2%。

    回答の少なさからうかがえたのは、感染が続く中で開催について言及すること自体「デリケート」で「ナーバス」になっている、という現実だった。
    回答しない理由を文書で寄せたJOC=日本オリンピック委員会は、次のようにコメントしている。

    JOCのコメント
    「不完全な情報で意見を述べることは、社会に対してもアスリートに対しても誠実な対応とはかけ離れてしまう」

    各団体にアンケートを送った直後、NHKは、大会組織委員会から「不安を前提にしているアンケートだ」と指摘を受けた。
    ただ、回答やその後の取材では、率直な意見が寄せられた。

    開催の判断 早期の決断を

    まず注目したのは「開催可否の判断の時期」
    16の団体が、少なくとも半年前までに、という回答だった。

    • (回答の一部)
    • ▼9か月前の10月まで
      「選手が最高の結果を出すための準備期間として十分な時間がとれる」(スロベニア)
    • ▼年末まで
      「開催国とIOCがウイルスの進展を見守るのに十分な時間がある」(デンマーク)
    • ▼開催半年前まで
      「延期の決定もこのころだったので半年前の通知が公平だ」(柔道)

    “再延期不可能”との声も

    また「来年夏に開催できなければ中止か再延期か」については、
    ▽中止が「15」
    ▽再延期が「5」
    という回答だった。
    「中止」と回答した団体の1つが、国際柔道連盟のビゼール会長だ。

    国際柔道連盟 ビゼール会長

    国際柔道連盟 ビゼール会長
    「1日1日、パリで開催される次の大会に近づいている。すでにとてつもない影響を受けている競技カレンダーを完全に変えないかぎり、再び延期することは難しい、あるいは不可能であると思われる」

    一方、再延期を望む声は次のようなものだった。

    • 「出場が決まっている選手にとっては一生に一度のチャンスだ」(ウガンダ)
    • 「オリンピックは世界レベルの選手たちにとっての希望」(ミャンマー)

    感染拡大で異例の決断

    ブラジルのオリンピック委員会には、直接話を聞いた。
    取材に応じたのはテイシェイラ会長だ。
    2016年のオリンピック開催時はジカ熱が流行したブラジル。今は新型コロナウイルスの感染者は世界で2番目に多い200万人超だ。
    テイシェイラ会長は、国内での練習環境の厳しさを語った。

    ブラジル オリンピック委員会 テイシェイラ会長
    「家などでの練習を続けざるを得ず、長期的な練習計画を作成することすらできていない」

    こうした現状を踏まえ、異例の決断を行った。
    選手を数か月にわたり他国に派遣してトレーニングを行うというものだ。
    南米から向かったのは感染者が比較的少ないヨーロッパのポルトガル。今月17日には第1陣、およそ70人の選手たちがブラジルを出発した。

    昨年末までにオリンピックの予選を通過した選手やスタッフなど総勢200人が現地で練習を積む予定だという。
    収束の見通しがたたないなかで行った今回の決断。テイシェイラ会長は、開催への期待を語った。

    テイシェイラ会長
    「私たちは日本が困難を克服するスペシャリストであることを知っている。1年後にオリンピックを開催できることを信じている」

    組織委員会 水面下の模索

    その“困難を克服するスペシャリスト”として、大会準備の先頭に立つ組織委員会。
    秋から本格化させる新型コロナウイルス対策の検討が、水面下で進められていた。
    モデル会場は、バスケットボールの競技会場「さいたまスーパーアリーナ」。
    ここでのコロナ対策の具体案をあげ、課題の洗い出しが行われていることが、独自取材で判明した。

    さいたまスーパーアリーナ

    そこには、選手、観客、メディアなど、関係者ごとに、それぞれの行動範囲に沿って検討対象が並ぶ。その数は、実に400を超えた。
    例えば、選手向けの対策では、ロッカールームでは、飲み物を回し飲まない。医務室では発症した選手を想定し、初期評価とトリアージの隔離スペースを確保する。
    試合直後のメディアの取材エリアでは、アクリル板を設置する。取材エリアそのものを設けないという、われわれ記者にとっては聞きたくないアイデアも含まれていた。
    観客向けでは、売店はキャッシュレス決済のみ。観客席で大声を出しての応援禁止など。さまざまな宗教を想定して設けられる「祈とう室」といったオリンピックならではの場所でも、密集時にはほかのスペースへの案内も検討する、などの案があがっていた。

    組織委員会は、さいたまスーパーアリーナでの案をもとに、今後、43ある競技会場すべてで検討に入り、主要な対策は、年内にまとめたい考えだ。
    この400を超える案の洗い出し。
    実行する場合、どんなモノやマンパワーが必要か、といった問題点も指摘されている。
    すべてが大会時に採用されるとは限らない。
    それでも、世界最大のイベントであるオリンピック・パラリンピックで、想定外の感染症の中、安全・安心を実現するには、膨大の作業と綿密な準備が欠かせないのだ。
    プロ野球とJリーグで感染予防ガイドラインの作成に関わった愛知医科大学の三鴨廣繁教授(感染症専門)はこう指摘する。

    愛知医科大学 三鴨廣繁教授

    愛知医科大学 三鴨廣繁教授
    「オリンピック・パラリンピックはさまざまな国から選手を迎えることに難しさがある。金銭面や物的な労力がかかろうと、“ウィズコロナ”時代の大会を成功させるためには、細かな対策への努力や環境づくりが必須であり、最低条件だ」

    組織委員会で新型コロナウイルス対策の検討に携わる幹部は言う。

    「やることは多いよ、本当に多い。でも、大変なのは組織委員会だけじゃない。われわれがオリンピック延期という未知のことに取り組んでいるように、コロナのもと、いろんな人が、経験したことのない状況に対してたくさんのことに取り組んでいるんだから」

    困難を克服し世界中の人たちが集う場を提供するために、ベストを尽くす。そんな気概がにじむ。

    2人の“キーパーソン”は…

    開催への懸念をどう受け止めるのか。キーパーソン2人を単独インタビューで直撃した。
    1人目は、大会組織委員会のトップ、森会長だ。
    「仮に今のような状況が続いても開催は可能か」
    記者はストレートに尋ねた。

    森会長
    「今のような状態が続いたらできない。日本だけで判断できる問題ではない。各国・地域のオリンピック委員会がどうするのか、そしてIOC(=国際オリンピック委員会)がどう判断するのか。そういう仮定の質問に答えたら大変なことになるし、こんな状態があと1年続くとは思えない」

    慎重な姿勢を示し「権限はIOCにある」と強調した。
    今回のアンケートでも率直な“声”を寄せた世界のオリンピック委員会。
    森会長は「すべてに参加してもらいたい」と期待を寄せた。
    一方で森会長は“秋”の感染状況が1つのカギになるという考えを示唆した。

    森会長
    「コロナの状況を見ていき、秋にどういう形になってきているのか見ていけばわかるのではないか。『これならば厳しいよ』と言うならば、どういう対応をしていこうかを再度、関係者と相談をする」

    インタビューの中で森会長は、オリンピックの“負の歴史”についても触れた。 1980年のモスクワ大会だ。東西冷戦のさなか、日本を含めた複数の国が参加をボイコット。「幻の五輪」となった当時の日本代表選手の中には、40年前を振り返りたがらない人たちも少なくない。

    森会長
    「西側諸国は不参加を決めたが、中止にならなかった。日本の選手もがっかりした。そういうふうにならないように世界中の人たちに理解が得られるようにしたい」

    もう1人の“キーパーソン”は、森会長が「決める権限がある」と述べたIOCを束ねるバッハ会長だ。
    バッハ会長は憶測や仮定に基づいた質問を極端に嫌う。
    それでも、大会が行われるのか不確実な状況にあるからこそ、ストレートに質問を投げかけることにした。
    最初に聞いたのはオリンピック開催の条件、そしてワクチンが必須かどうかだ。

    IOC バッハ会長

    バッハ会長
    「われわれは初めから一貫した原則に従って動いている。その原則は参加者全員の安全が確保できた環境でのみオリンピックを開催することだ。疑う余地もなく、ワクチンは安全な大会に寄与するものだ。しかし同時にリスク管理や安全対策も考慮している。WHOと相談する」

    まさに模範回答だ。
    そこで国境を越えた自由な往来は条件になるのではないかと問うた。

    バッハ会長
    「オリンピックは世界が集まる特別な場所だ。国境を自由に移動する問題には対処しなければならない」

    続けて無観客での大会は実施しないという理解でいいのかを聞いた。

    バッハ会長
    「さまざまなシナリオを用意しなければならない。明らかなのは、誰も無観客は望まないということだ。選手も、組織委員会も、日本政府も、世界中のファンも空席のスタジアムを見たくない」

    ここまではいつもどおりの回答だったが、こう続けた。

    バッハ会長
    「ただ、オリンピックは誰にとっても安全な環境で開催したい。この原則を実現するために必要な対応を取る」

    望んでいない無観客を選択肢から排除できないことに初めて触れたのは、なんとか開催にこぎ着けたいという思いの表れか。
    このあともさまざまな角度から聞く記者に対して、バッハ会長はついに両手を胸の前で合わせてこう切り出した。

    バッハ会長
    「申し訳ないが、あまりに不確実な状況で非常に複雑なオリンピックという大会の詳細について、いま何が言えるというのか。われわれに仕事をさせてほしい。憶測を要求しないでくれ。仕事に集中してこそオリンピックを成功させることができる」

    胸の内にある本心を語った瞬間だった。 最後に森会長が決定の権限はIOCにあると話したことについて聞いた。

    バッハ会長
    「重要な決定は、これまで日本側とともに行ってきた。決めるべき時が来たら、これまでと同じように協力して決定を下す」

    これについてはバッハ会長の答えは明確だった。

    世界のアスリートは今

    最後に、大会の“主役”である1人の海外アスリートの思いを伝えたい。
    北欧スウェーデンのセーリング代表、マックス・サルミネン選手。ロンドン大会で金メダルを獲得した31歳は東京大会で2つ目の金メダルをねらう。

    スウェーデン マックス・サルミネン選手
    「ここ4、5日の間に、スペインや日本などで再び感染が広がっていると知り先行きを心配している」

    大会1年前に合わせてNHKの取材に応じたサルミネン選手は、各国や地域の感染状況によってはすべての選手が参加できない可能性もある、という冷静な見方を示した。
    それでも出場への熱意は衰えていない。

    スウェーデン マックス・サルミネン選手
    「可能なかぎり最高の大会に参加したいし、誰もが自分のベストを発揮できる大会であればいい。ただ、そうではなかったとしても、僕はどんなチャンスでもつかみ取ってオリンピックに出場したい。これまでずっと頑張ってきた。スタートラインに立つためならば喜んでリスクも取る」

    大会を目指す多くのアスリートを代表する思いだろう。

    4年に一度、今回は5年に一度となるオリンピック。
    アスリートたちは「その一瞬」のために、みずからを極限まで追い込み続け、全世界から集う。
    その大会を「幻」としていいのか。
    全世界の目が「TOKYO」に注がれている。

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