“簡素化”の思惑 ~揺れる東京五輪・パラの姿~

新型コロナウイルス感染拡大の第2波、第3波の懸念が続く中、来年東京で迎えるオリンピック・パラリンピックのあり方が大きく変わろうとしている。キーワードは、“簡素化”だ。
組織委員会・東京都・国など関係者の間で、今、何が検討されているのか、取材した。(スポーツニュース部記者 中村大祐 本間由紀則 今井美佐子)

目次

    異例の簡素化 開催の懸念払拭へ

    IOC バッハ会長組織委員会 森会長

    今月(6月)10日、大会組織委員会とIOC=国際オリンピック委員会は、大会の簡素化で合意した。その狙いは、史上初の大会延期で3000億円との見方もある追加経費の圧縮と、新型コロナウイルスの感染対策だ。

    新型コロナウイルスの感染は、延期を決定した3月以降も拡大し、6月19日時点で世界での感染者は840万人、死者は45万人を超えた。感染の終息と有効なワクチン開発の見通しが立たない中、「大会は本当にできるのか」との懸念がくすぶり続けている。

    両者が合意した簡素化には、来年の中止論を打ち消したい狙いが透ける。

    大会組織委員会の森喜朗会長は、簡素化を打ち出した記者会見で、「中止の議論は全くない。仮定のシナリオについて臆測で議論することは正しいことではない」と語気を強めた。

    スポンサー企業に懸念も

    スポンサー企業の取材回答の一部

    先月(5月)、大会のスポンサー企業に行った取材では、IOCのバッハ会長が同じ時期に、来年開催できなければ中止もやむを得ないという考えを示したこともあり、具体的に中止への不安を吐露したり、安全安心をいわば開催の“条件”のようにとらえたりしている企業があった。

    組織委員会 武藤事務総長

    組織委員会の武藤事務総長は、「スポンサーとしては来年しっかり大会が開かれるという確信がないと判断が難しい。丁寧に説明していきたい」と述べ、大会を収入面などで支えるスポンサーの契約延長に向け懸念払拭に努めていく考えを示している。

    安全安心でなければ大会は開催できない。つまり、簡素化は、新型コロナウイルスのもとで、大会を中止しないために取り組まなければならない具体的な方法だと位置づけられる。

    簡素化のリスト 踏み込んだ項目

    国立競技場

    「大会の簡素化」が打ち出される1か月前。組織委員会とIOCは、大型連休を前後して、それぞれがコスト削減に向けた検討項目を出し合っていた。NHKはそのリストの一部を入手。

    そこには、▼コロナウイルス対策を想定した観客数・観客席数の削減、▼チケットの販売取りやめ、▼開閉会式のコンセプトを見直し規模を縮小すること、▼それに選手村や「オリンピックファミリー」と言われるIOC委員や国際競技団体の役員など向けのサービスの見直しなども挙げられていた。
    こうしたものから、およそ250もの項目が検討され、見直しの優先順位は、A、B、Cの3つにランク分けされている。大会関係者によれば最も力を入れているAを「ゴールドリスト」と呼ぶ人もいる。

    この中には、「オリンピックファミリー」の参加者削減や、各国・地域の選手団ごとに行われてきた選手村への入村式の取りやめなどが有力な案にあがっている。

    しかし、こうした検討は、各分野で国際競技団体や各オリンピック委員会など利害関係者から大きな反発が出る可能性もある。

    組織委員会の内部からは「総論賛成、各論反対だろう」との声が聞かれ、実際にどこまで実現できるかは不透明だ。

    さらに、「経費削減だけを進めて“しょぼい”大会になればスポンサーが離れるかもしれないし、チケットが高額な開閉会式を見に行く人もいなくなるのではないか」と、簡素化のネガティブなイメージを心配する声もある。

    “無観客”はあり得るか?

    リオデジャネイロ大会の様子

    それでも、新型コロナウイルスで一変した世界の中で、大会の本質であるアスリートの目線に立ち、かつ、感動で人の心を動かすスポーツの力に意義があると、何としても大会を開催したいという強い思いが、組織委員会にはある。

    そこで組織委員会の一部で考え始めているのが“無観客”での大会開催だ。

    無観客にする最大のメリットは、観客の命、安全が脅かされないこと。これは新型コロナウイルスの感染対策はもちろん、従来から懸念されてきた猛暑への対策にもなる。

    内部にある「観戦中に熱中症で倒れる人は1人や2人ですまない。最悪の場合、命の危険もある」との不安も解消する。

    観戦チケットのデザイン

    また、無観客だと、900億円と見込まれる観戦チケット収入が失われるが、仮設の観客席や警備員、観客向けの暑さ対策などが必要なくなり、数百億円規模で経費削減が図れるのではないかという計算も働く。

    しかし、デメリットは、競技中の選手のモチベーションが下がること。それに、観戦チケットをすでに購入している人や海外からの観光客を期待する経済界の落胆など、東京大会に向けた機運の盛り上がりに欠けることだ。このため大会関係者の中でも抵抗感は大きい。

    リオデジャネイロ大会の様子

    大会を象徴する開閉会式だけでも観客を入れるとか、少なくとも国内ではウイルスの感染が収束していることを見越して、観客を国内に住む人だけに限定するといった意見もある。

    ただ、無観客の決断が大会直前になると、仮設工事が終わっていることや様々な契約のキャンセル料が発生してしまうなどコスト削減の意味が薄れてしまう。簡素化を最も象徴することにもなる無観客大会だが、実現への課題は大きい。

    それでも赤字、負担は都民?国民?

    大会の簡素化という異例の取り組みが進められても、1兆3500億円の大会経費が増えることは、避けられそうにない。組織委員会からも、「最終的に赤字になる」との声が相次ぐ。

    赤字になれば、その負担は開催都市契約上、まずは東京都になるが、想定外の延期のため、追加の経費を誰がどの程度負担するかは不透明だ。東京都はもちろん、経費負担を抑えたいのはどの当事者たちも一緒。最も発信しているのがIOCだ。

    IOC スイス・ローザンヌ

    IOCのバッハ会長は先月(5月)、理事会後の記者会見で、東京大会の延期に伴う追加の経費として、6億5000万ドル、日本円でおよそ700億円を拠出することを明らかにした。しかし、組織委員会は、IOCの思惑を図りかねている。内容は、組織委員会と事前に協議が重ねられたものではなく、言わば一方的な発信だという。

    ある幹部は、この700億円は、「大会の運営経費として日本に払う気は無いはずだ」と指摘。別の幹部も、「IOCはIOCでやらないといけないことに手一杯だ。組織委員会にいくらかは入ってくるかもしれないが、今の時点では期待しない」と話す。

    東京都庁

    一方、開催都市の東京都。喫緊の課題である新型コロナウイルス対策で手一杯だ。対策の費用は1兆円を超えている。

    財源の軸は、急な歳出などに備えるための「都の貯金」とも言える財政調整基金。ことし3月末時点で過去最大の9345億円に達していたが、新型コロナウイルス対策によって、およそ500億円に大幅に減る見通しだ。

    東京都は財政が安定していているというが、ウイルスの第2波、第3波にも備える必要があり、負担は抑えたい考えだ。

    東京都の関係者は、「今回の延期は安倍総理大臣が言い出したことだから、国が何もしないということにならない。ある程度負担してもらわないと都民感情が持たない」と国に一定程度負担してもらいたい考えだ。

    総理大臣官邸

    これに対し、国も簡単に追加負担をするとは言えない。国はもともと、東京オリンピックとパラリンピックに向けて、国立競技場の整備費用やパラリンピックの経費の一部のあわせて1500億円を負担している。

    延期に伴いパラリンピックの経費が増えれば応分の負担をするという考え方もできるが、さらなる費用負担については慎重で、国の担当者は「まずは組織委員会と東京都、IOCといった関係者で議論してもらいたい」と静観する姿勢だ。

    大会の姿は秋にも、五輪問い直す機会に

    東日本大震災からの復興五輪を源流とし、新型コロナウイルスからの復活・復興という新たなテーマを与えられた東京オリンピック・パラリンピックは、見通しが不透明な部分がまだまだ多い。

    組織委員会理事会(6月12日)

    今月(6月)の組織委員会の理事会では、大会時には全国におよそ500あるホストタウンの自治体で、海外からの選手に練習してもらい、感染がないことを確認してから選手村に入ってもらうといったアイデアも披露された。

    組織委員会は、IOCと共同で作業したコスト削減案を9月にもまとめる方針で、新型コロナウイルス対策は年内をメドにとりまとめたい考えだ。

    武藤事務総長は、「新型コロナウイルスの経験を踏まえ、本当に必要なものは何か。新しい大会、東京らしい大会を考え、それがレガシーにつながれば望ましい」と期待を込める。

    果たして、どのような大会の姿が示されるのだろうか。

    顔写真:中村 大祐

    スポーツニュース部記者

    中村 大祐

    2006年入局
    政治部を経て、スポーツ庁や東京五輪パラ組織委員会などを担当。

    顔写真:本間 由紀則

    スポーツニュース部記者

    本間 由紀則

    2004年入局
    都庁担当として東京大会招致を取材し、現在は東京五輪パラ組織委員会を担当。

    顔写真:中村 大祐

    スポーツニュース部記者

    今井 美佐子

    2001年入局
    東京五輪パラ組織委員会のほか、スポーツクライミングや車いすテニスなどを担当。

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