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“地味男”候補が対決 結果は

アメリカ大統領選挙が来月に迫る中、大統領候補と二人三脚で選挙戦を繰り広げているのが副大統領候補です。民主党のクリントン候補の副大統領候補は、バージニア州選出の上院議員、ティム・ケイン氏。共和党のトランプ候補の副大統領候補は、インディアナ州知事のマイク・ペンス氏。この2人が対決する1度かぎりのテレビ討論会が4日、行われました。どのような論戦が交わされたのでしょうか。

討論会が行われたのは南部バージニア州

大統領候補の伴走者を意味する「ランニング・メイト」と呼ばれる副大統領候補。大統領候補を忠実に補佐し、その弱点を補いながら、支持拡大をはかる役割が期待されています。今回の討論会は、民主党のケイン氏の地元、南部バージニア州のファームビルにある大学で行われました。ファームビルは、首都ワシントンから南におよそ270キロ。車でおよそ3時間の距離にある山あいの町です。
副大統領候補によるテレビ討論会といえば、前々回8年前の民主党のバイデン候補と共和党の女性候補ペイリン氏との対決がよく知られ、全米で6990万人が視聴しました。共和党のマケイン候補が起用したペイリン氏が巻き起こした旋風は当時、テレビ討論会まで続いていただけに高い関心を集めました。

「地味男」でも「仕事師」

さて今回の2人の副大統領候補、ケイン氏とペンス氏。クリントン氏とトランプ氏が好感度が低い「嫌われ者どうし」と揶揄されながらもいずれも「キャラ」は立っているのと比べると、ケイン氏もペンス氏も「地味男」の印象は否めません。しかし2人とも、政治家として申し分のない経歴を持っています。

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まず民主党のケイン氏。討論会が行われたバージニア州で市長や知事を務め、地方の経験を十分に積んだ後、4年前、この州選出の上院議員に選ばれ、外交、安全保障政策に取り組んできました。若い頃、中米に滞在した経験があり、スペイン語にも堪能で、全米各地で増え続けるスペイン語を話す有権者の支持の拡大や、13人の選挙人を擁する接戦州のバージニアを確実にとることが期待されています。

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これに対してペンス氏は、弁護士やテレビ番組の司会者などを経た後国政に進出。連邦下院議員を6期12年務め、共和党の主流派と呼ばれるグループに人脈を持つことから、トランプ氏への不信感がぬぐえない共和党保守派の支持を取り込む役割も期待されています。ペンス氏は4年前、地元中西部のインディアナ州の州知事に選ばれました。ケイン氏58歳、ペンス氏57歳。くしくも2人の年齢はほぼ同じ。政治・行政の経験豊かな2人の「仕事師」のおよそ90分にわたる討論の内容を振り返りましょう。

いざ“アタック・ドッグ”

「アタック・ドッグ」と呼ばれるいわば「攻撃する犬」の役割を期待される副大統領候補。冒頭、静かにはじまった討論会は、まもなく相手の「ボス」に対する厳しい批判の応酬となりました。口火を切ったのはケイン氏。クリントン氏が、私用のメールサーバーを公務に使っていた問題などで有権者の信頼が低下していることを念頭に、「彼女はこれまで子どもなど他の人のために働いてきた。情熱があり、信用している」と擁護しつつ、「トランプ氏が最高司令官になるなんて考えただけでぞっとする」と攻撃しました。
これに対し、ペンス氏は「クリントン氏は国務長官としてオバマ政権の外交政策を立案してきた。だが、いまや世界、とりわけ中東は、コントロールを失っている。いまシリアで起きていることは外交政策の失敗であり、クリントン氏の弱腰外交がこのような状況をもたらした」と批判しました。そしてペンス氏は、アメリカの目下最大の敵は、過激派組織IS=イスラミックステートだとした上で、「クリントン氏が、アメリカ軍の一部をイラクに残留させるための交渉に失敗したことが、事実上、ISの誕生につながった」と述べ、クリントン氏こそがその元凶を作ったと主張しました。
ケイン氏もすかさず、切り返しました。「トランプ氏はより多くの国が核兵器を持てば世界はもっと平和になると考えていて、サウジアラビアや日本、韓国などが核を持つべきだと言っている。そして、核戦争に発展する可能性やテロリストの手に核兵器が渡る恐れについても『みんな、その状況を楽しめばいい』と言った」と述べ、トランプ氏を激しく非難しました。

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一方、トランプ氏が長年、所得税を支払っていなかった可能性があると報じられたことについてペンス氏が「トランプ氏はビジネスマンで税法をうまく利用したのだ」と主張、弁護したのに対し、ケイン氏は、「トランプ氏はみずからを賢いと述べたが、軍人や教師のために税金を支払っている我々は愚かなのか」などと痛いところを突きました。
討論の最中、忠実に「アタック・ドッグ」を演じるケイン氏は、何度もペンス氏の発言を遮ったり時に、食ってかかったりするなど攻撃的な態度を見せ、司会者の女性から制止される場面もありました。

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出来栄え、評価は

今回の討論会、アメリカの主要メディアはどう評価したのでしょうか。多くは「ペンス氏が健闘した」と一定の評価を与えています。このうち「ワシントン・ポスト」は、「ペンス氏が冷静で落ち着いていた」などと指摘しペンス氏が勝者だと伝えました。

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CNNテレビは、472人に調査した結果、48%がペンス氏勝利、42%がケイン氏勝利と答えたと伝えています。その差は6ポイント。この調査は、回答者を見ると41%が民主党支持、30%が共和党支持で、民主党支持者が10ポイントあまり多い中でも、ペンス氏優勢の結果となっています。
その要因としては、ペンス氏が冷静で落ち着いて見えたこと、一方で、ケイン氏は対立候補の発言を遮り、封じ込めるなど早口で神経質そうだったいう印象の違いがあげられています。またペンス氏は、共和党本来の「保守主義」を想起させ、伝統的な共和党支持者に上手にアピールできたという分析も出ています。さらにペンス氏は、トランプ氏の過激な発言に対する質問や挑発には正面切って応じることは避け、上手にかわしながら次の議論を進めていくという「老獪な」戦略も効を奏したものと見られます。

“すがすがしさ”も

一度限りの副大統領候補の討論会を終えたケイン氏とペンス氏。2人は壇上で握手を交わし、互いの健闘をたたえ合った後、妻や子どもたちも加わって交流し談笑する様子まで見られました。クリントン氏とトランプ氏の討論会の後には、決して見られることのなかった光景です。「戦い」の後に一瞬垣間見えた両候補の動きにはすがすがしささえ感じられ、激しい罵りあいに倦んだアメリカ国民にとっては、しばしほっとした夜になったかもしれません。
大統領候補の好感度の低さばかりが強調され、「きわめて卑劣な選挙」とまで言われる今回の選挙。終盤に入り、相手候補に対する非難の言葉のトーンは、一段と厳しさを増しています。1回目の討論会の後、ふたたび支持率でクリントン氏に水をあけられ始めたトランプ氏が次の直接対決となる9日の第2回討論会でどのような言動を見せるのか、ますます目が離せません。

田中正良
ワシントン支局
田中 正良 支局長