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クリントン氏勝利も 気になる第3政党

アメリカ大統領選挙に向けた最後のテレビ討論会。女性問題やメール問題をお互いの候補が取り上げ、大統領としての適性を非難する激しい論戦となりました。果たして、どちらの候補に軍配は上がったのか? 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院の渡辺将人准教授に聞きました。

「クリントン氏が勝利」

Q:討論会の印象はどうでしたか?

渡辺:クリントン氏は白のパンツスーツで登場しましたが、初回の赤、2回目の青とあわせ、星条旗の愛国カラーの3つで統一しました。有名ブランドのデザインで、女性の大統領候補の利点を最大限に活かした華やかな視角効果でした。男性がスーツを真っ赤や真っ白にするとTPOに外れますから、星条旗カラーの青か赤のネクタイに白のワイシャツという組み合わせしかできないのです。

討論自体は政策通で準備万端のクリントン氏が今回も勝利したと思います。ただ、直前の討論会での勝利が派手に伝えられると、支持者は「投票に行かなくても大丈夫だ」と安心してしまうので、適度な勝利で、まだまだ予断を許さないくらいがちょうどよい面もあります。

トランプ氏の戦略は

Q:トランプ氏は劣勢を覆せましたか?

渡辺:トランプ氏は、まだ報道されていないクリントン氏のスキャンダルを出すのが効果的と考えられていました。トランプ氏は「主要メディアが正しく言い分を伝えない」という不満を持っているので、視聴率が高く、直接、多くの人に語りかける討論会を利用しない手はないからです。クリントン陣営はサプライズがあるかもしれないと気は抜けませんでしたが、結果としてサプライズはありませんでした。

トランプ氏には3つの戦術がありました。1つは、外国をスケープゴートにする手法です。日本、ドイツ、韓国などに防衛費負担を求める発言です。もう1つは、直前に明らかになった、内部告発サイト「ウィキリークス」が公開したスキャンダルへの攻撃です。そして、最後が、クリントン政権とオバマ政権の2つの政権を叩くことで、間接的にクリントン氏を攻撃する迂回作戦です。

クリントン氏の最大の武器は「経験」ですが、これは弱点の裏返しでもあります。トランプ氏は、クリントン元大統領の政権下に成立したNAFTA=北米自由貿易協定が雇用喪失につながったとして、NAFTAの再交渉を主張しています。また、オバマ政権下で多くの不法移民が国外退去にされていることなど、ヒスパニック系にとって苦い現実も強調していました。

これらのしがらみを抱えているクリントン氏の大統領就任は、第2クリントン政権、オバマ政権3期目になるのと変わらないという批判です。

トランプ氏は、なりふりかまわずコアな支持者にアピールするのであれば、トレードマークの赤いキャップで登場するぐらいのことをしなければいけませんでした。しかし、大統領らしくふるまうという目的とのはざまで、予備選でのような個性は発揮できないジレンマが今回も出ていました。

女性問題の行方は

Q:トランプ氏の女性問題は収束しますか?

渡辺:女性問題は、共和党の主流派がトランプ氏と距離をとる原因になりました。トランプ氏はコアな支持者だけでは票が足りないので、主流派をしっかり抱き込まないといけないのですが、女性問題についてはジレンマでした。謝罪を続ければ、弱さを見せることになりますし、あの程度のことは問題ないと開き直れば、ますます票が逃げてしまう。

そこで、トランプ氏は作り話だとしてクリントン氏のせいにするというオーソドックスな方法で言い逃れしました。予備選挙中にシカゴの集会で発生した暴動をたきつけたのもクリントン氏の陣営だというのは少し飛躍していました。また、ここぞとばかりにクリントン氏のメール問題も取り上げました。

今後もトランプ氏の女性問題は噴出し続ける可能性があります。ただ、トランプ氏のコアな支持者はあまり気にしていません。トランプ氏にとって、今回の大統領選挙を第3政党運動の始まりと見て、自分のファンの期待に応え続けるのであれば、女性問題にいちいち謝罪せずに我が道をいくのがいいのだと思いますが、少しでも本気で勝利を狙うのであれば、これ以上のスキャンダルは命取りです。

Q:特に印象に残ったやりとりは?

渡辺:トランプ氏にとって、冒頭の最高裁の問題は得点源のはずでした。アメリカの大統領は最高裁判事の指名権をもっています。最高裁は、保守派のスカリア判事が亡くなったので、次の大統領が誰になるか次第で、判事の保守とリベラルのバランスが崩れそうなのです。最高裁で人工妊娠中絶の合法判決をなんとか覆したいキリスト教保守層にアピールするチャンスでした。また、保守派は同性婚も注目していました。

しかし、トランプ氏は、銃所持の権利を認める憲法修正2条の問題にこだわりすぎた感がありました。クリントン氏は銃の購入に厳しいチェックを課すべきだとしているだけで、修正2条を認めているので、あまり違いが出ないからです。トランプ氏がかつて銃規制に賛成していたことを知っている国民にとっては、銃所持の権利の擁護はとってつけた印象が出てしまいます。

一方、クリントン氏は、最高裁のテーマを得点源にできました。人工妊娠中絶の権利を擁護するとともに、中絶に政府が介入することは許されないと主張し、中国を批判しました。クリントン氏は1995年に北京の世界女性会議で、女性の権利は人権という演説をしました。国内の争点である中絶を上手に人権外交につなげてしまったわけです。

トランプ氏の巻き返しなるか

Q:今後の選挙戦の見どころは?

渡辺:ここからは地上戦とよばれる動員活動と投票率が鍵になります。トランプ氏の弱点は組織です。草の根のファンの熱意はすさまじいのですが、これまで政治に関わったことがない素人集団なので、動員でも献金でも動きは鈍い。共和党の地方組織の力を借りてやってきましたが、主流派と仲違いすると地方組織との連動がうまくいきません。

ただ、トランプ氏のコアな支持者は過去に投票歴がない人が多いので、本選挙でどの程度、投票するのか、読めないところがあります。

クリントン陣営が気にしているのは、サンダース氏を支持していた若者の一部が第3政党の候補に流れていることです。2000年の大統領選挙では、接戦となったフロリダ州で、消費者活動家のラルフ・ネーダー氏が民主党のゴア氏の票に食い込みすぎて、ゴア氏がブッシュ氏に負けてしまいました。第3政党の候補に入れることは2大政党制では反対側の党の漁夫の利になるだけですが、今の若者は2000年のことをあまり知りません。

そこで、クリントン陣営は第3政党に入れるのは共和党に入れるのと同じことになると説得をしています。連邦上院選挙も鍵になります。ここでもトランプ氏の支持者の行動が読みにくいのです。彼らはトランプ氏個人が好きなだけで、共和党の議員の当選には関心がありません。バージニア州など、上院選挙がない州では、トランプ嫌いの主流派の有権者が投票を棄権してしまうかもしれません。

クリントン氏は是が非でも上院での勝利を実現したいところです。かりに大統領選に勝利できても、民主党が上下両院で少数派のままでは思うような立法ができないからです。全米の地方幹部に顔がきくケイン氏を副大統領候補にし、議会選挙のてこ入れに躍起になっています。

渡辺将人
渡辺 将人
北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院・准教授
1975年生まれ シカゴ大学大学院国際関係論修士課程修了
博士(政治学) 専門はアメリカ政治・外交

(取材・国際部/制作・ネット報道部)