今だから明かす TPP交渉の舞台裏(1)

新井俊毅記者,伊賀亮人記者,中野陽介記者
5年にわたる交渉の末、10月に大筋合意したTPP=環太平洋パートナーシップ協定。秘密交渉の水面下では、日本やアメリカをはじめとする各国が、国益をかけた駆け引きを繰り広げていました。交渉の節目でいったい何が起きていたのか。
日本の交渉参加以降、TPP交渉の取材に当たってきた経済部の新井俊毅、伊賀亮人、中野陽介、3人の記者が今だから明かせる交渉の舞台裏を2回シリーズでお伝えします。
1回目は、日本が交渉に参加した際の日米間の不平等とも指摘される交渉の経緯、そして豚肉の関税交渉が実質的にまとまって日米交渉が大きく前進した瞬間です。

「完璧は良好の敵である」

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アメリカ、ジョージア州アトランタで開かれていたTPPの閣僚会合。10月5日、大筋合意した後の共同記者会見で各国の閣僚がTPPの意義を強調する中、ある閣僚のことばが強烈な印象を与えました。

「完璧は良好の敵である」(完璧を求めて全く譲歩をしなければ、結局何も成し遂げられない)。発言の主は、自由貿易の旗手・ニュージーランドのグローサー貿易相。交渉開始当初から誰よりも完璧(=関税撤廃)を求めてきた彼がこのことばで交渉を総括するところに、TPPの真実があります。すべての国が何かを得て、また、何かを失ったー。そこにはどんなドラマがあったのでしょうか。

安倍政権発足 TPPは成長戦略の柱

話は3年前に戻ります。2012年の暮れに政権交代した安倍政権は、TPPを最初から成長戦略の重要な柱と位置づけていました。
安倍総理大臣は、年があけた2013年2月にアメリカを訪問し、オバマ大統領と会談。この時に発表された共同声明で、TPP交渉では双方に配慮すべき品目(=センシティビティー)があることを確認しました。

これによって、日本としては、農産物5項目の関税撤廃が前提ではなく、交渉次第では、関税撤廃の例外を認めさせることができるとして、1か月後の3月15日に参加表明に踏み切ります。

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TPP交渉の幕開け 「高い入場料」を払わされた日本

しかし、実際の交渉はそんなに甘いものではありませんでした。安倍総理大臣の正式参加表明を受けて、2013年4月、政府の交渉関係者はアメリカから交渉参加の同意を取り付けるためワシントンで日米2か国の事前協議を行っていました。
アメリカはさまざまな無理難題を突きつけてきたといいますが、ある日、交渉は急転直下でまとまります。東京からは「とにかく話をまとめろ」という指示が届いたとも言われています。

結局、日米で合意したのは、日本からアメリカに輸出する自動車にかかる関税の撤廃については「TPP交渉における最も長い期間をかける」などというものでした。

これは日本が守りたい農産物の関税の撤廃を遅らせようとしたり、日米以外のほかの国が何かの品目の関税撤廃を遅らせようとしたりすれば、自動的に日本車の関税の撤廃もそれに合わせて遅れるという「わな」のような取り決めでした。

日本がアメリカに対して「攻め」の分野と位置づける自動車の関税交渉は、最初から交渉の「矛」にはなりえない、のちに 交渉関係者が「高い入場料」と呼ぶ、なかば屈辱的な形でスタートしたのです。

答えを先に記せば、乗用車の関税撤廃の期間は25年で決着。最も長い期間である30年よりは短くはなったものの、アメリカが要求した「できるだけ関税撤廃は先延ばししたい」という要望は受け入れたことになります。

なぜ日本はそこまで不利と思える内容で事前協議に合意したのか。当時、交渉担当者に取材すると、みな一様に「やむを得なかった」と、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべていたことが強い印象として残っています。
背景には、政権として何が何でもアメリカから同意を得たい、そしていち早く正式参加にこぎつけたいという焦りにも近い思いがあったように感じました。

日本の交渉参加で交渉に変化が…

アメリカの同意を得て、日本は2013年7月にマレーシアのコタキナバルで開かれた会合で、正式にTPP交渉に参加します。この会合で日本政府交渉団は3年かけて積み上げられてきたテキストと呼ばれる協定内容を記した文書を100人規模の態勢で読み込み始めます。

1か月後にブルネイで閣僚会合が開かれるまでの間に、泊まりがけの「合宿」を行い、600ページに及ぶ文書を読み込み、何が論点となり、どの分野の議論が進んでいないのか、詳細に把握するまでにいたりました。各省から集まった交渉のスペシャリストたちの、すばらしい仕事ぶりだったと今、振り返っても思います。

日本がTPP交渉に参加したことで、会合の雰囲気は大きく変わったといいます。これまでアメリカがほかの交渉参加国に一方的に要求を突きつけるだけの関係から、国ごとに抱える事情は違うのだということを堂々と主張できるようになったというのです。

2013年8月にブルネイで開かれた閣僚会合で甘利経済再生担当大臣は、アメリカに対して「1国のルールを他国に押しつけるべきではない。皆がウィンウィンでなければ」と繰り返し説得しました。

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ロシアによるクリミア併合がTPPを進展?

その後、2013年10月のインドネシア・バリ、2013年12月のシンガポール、2014年2月のシンガポールと閣僚会合が繰り返し開かれましたが、交渉は一進一退を繰り広げ、なかなか大きく前進しませんでした。当時の交渉関係者の間では次第に焦燥感が漂い始めていました。2014年4月には東京で日米首脳会談が開かれることが決まっている。しかし、両トップがTPPで華々しく何かを打ち出せる状況では全くない。どうすればいいのか。。。。。

TPP交渉の流れを大きく変える事態は突如、はるか西の方から訪れました。
2014年3月、東京から遠く離れたウクライナ領クリミア半島で緊張が高まる中、ロシアが一方的にクリミアの併合を宣言したのです。アメリカだけでなく、世界がロシアの行動に震かんしました。

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アメリカは当時、中東政策でも墓穴を掘り、中東各国との関係改善ができずに苦しんでいました。予想だにできなかったロシアによるクリミア併合で、外交上の余裕がなくなったアメリカ。一方、アジア太平洋地域では政治経済両面で急速に勢力を拡大する中国の存在がありました。

TPPを貿易自由化の枠組みとしてだけとらえるのではなく、ルールを通じた中国へのけん制として使えるのではないか。しかもオバマ政権の『レガシー(=遺産)』として歴史に名を残すこともできる。こうしてアメリカはこの時期からTPP重視へとかじを切ったと、ある交渉関係者は分析します。
このころを境にアメリカは日本に対して柔軟な姿勢に転じ、すべての品目の関税撤廃に必ずしもこだわらなくなってきたといいます。

このころ取材していた私たちは当初、理由がよく分からなかったものの、急速にアメリカが積極的に交渉に乗り出してきた雰囲気を確実に感じ取っていました。

すし屋での豚肉協議で交渉進展?

そして交渉が大きく進展したのは、実は会議室ではなく、すし屋でした。2014年4月23日、首脳会談前夜に両首脳による「非公式夕食会」が開かれた、銀座の高級すし屋「すきやばし次郎」。

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官邸が公開した写真には、カウンターで安倍総理大臣がオバマ大統領と和やかに歓談する様子が映し出されています。国家安全保障局の谷内局長やケネディ駐日大使ら両首脳の側近や通訳だけが同席。この席でのやり取りについては、公式に発表はされていません。

しかし、実際は、オバマ大統領はすしをほおばりながら「価格の安い豚肉の関税を50円程度まで引き下げることはできないか」と安倍総理大臣に持ちかけたのです。
大統領の提案にいちばん驚いたのはアメリカ側だったと言われています。

交渉関係者によると、アメリカの交渉担当者たちは「豚肉の関税は50円程度まで引き下げると魅力的になり、20,30円程度まで下げるとよい」という内容のアメリカ側の提案を大統領に打ち込んでいたようです。しかし、その内容がきちんと伝わらず、オバマ大統領が50円の部分だけを伝えてしまったのではないか、という見方が出ていました。

首脳どうしのやり取りについて、TPP政府対策本部の1人は「豚肉の関税が50円であれば“いただき”だ」と手応えを口にしていました。
すし屋での出来事から数か月後、ある政府関係者はこう振り返りました。
すし屋での首脳どうしのやり取りがすべてだった。あれでTPP交渉を前に進められた。大きな一歩だった」

以前からビジネスライク(事務的)な態度で有名なオバマ大統領ですが、本来は首脳どうしがリラックスして打ち解けるための場で、TPP交渉、しかも豚肉という個別品目まで持ち出さざるをえないほど、首脳会談での成果にこだわっていたことがうかがえます。 そして、大統領のひと言をきっかけに一気に打開に動いた日本。両国の歩み寄りがTPP全体の停滞感を打破したのです。
(次回に続く)