トランプ氏銃撃事件で誤情報や陰謀論 誰がなぜ? 拡散の先には

アメリカのトランプ前大統領が銃撃された事件のあと、事件についての誤った情報が拡散しています。

陰謀論もSNSで瞬く間に拡散。国境を越え日本にまで広がりました。

いったい、誰がなぜ拡散したのか。分析と取材から見えてきたものは。

現場の衛星写真を分析

今回のトランプ氏の銃撃事件は、現地時間の7月13日に、アメリカ東部ペンシルベニア州の人口1万数千人の小さな町、バトラーで、選挙集会の演説中に発生しました。

今回、NHKでは現場の地図に、事件のあとの15日に撮影された衛星写真を重ね合わせて会場の状況を分析しました。

画像の中央に見える黄色の丸の中心にあるのがトランプ氏が演説を行ったステージ、白い四角が観客席です。

前の広場には聴衆が集まっていて、トランプ氏は観客席を背にして演説をしていました。

ステージ上にトランプ氏 後ろが観客席

トランプ氏を銃撃した容疑者が目撃された建物は、ステージから見て右の方向にあります。

地図に衛星写真を重ね合わせ、この建物からステージまでの距離をはかると、およそ130メートルしか離れていないことが確認できました。

容疑者がいた建物の屋根の位置からトランプ氏がいたステージを見ると、間に建物や大きな木はなく、見通しが利くように見えます。

容疑者側からステージに向けた視点

なぜ容疑者の男がトランプ氏の姿が見渡せるような場所に立ち入ることができたのか、その警備態勢に批判の声が上がっています。

国土安全保障省のマヨルカス長官は15日、バイデン大統領の命令で、シークレット・サービスなどの当局の警備態勢について、近く、第三者による独立した調査を始めると発表しています。

匿名掲示板の誤情報が 1日たたずに日本でも拡散

こうした疑問を背景に、SNSでは誤情報が広がりました。

その1つが、トランプ氏を撃った容疑者を倒す命令を出すことを、シークレットサービスの長官が拒否したとする誤情報の投稿です。

この誤情報のもとになったのは、事件に備えて屋上にいたとする警察官の「ジョナサン・ウィリス」だと名乗ったうえで「長官が命令を出すことを拒否した」とする英語の匿名掲示板の書き込みとみられ、日本時間の7月14日午後3時3分に現れました。

発端となったとみられる4chanの投稿

その後、この書き込みはSNSで拡散。

14日午後11時58分にXに投稿された英語の投稿は、およそ1日半で650万回以上閲覧されました。

そして、英語での誤情報を翻訳して引用する形で、7月15日午後0時14分にXに日本語で投稿されると瞬く間に広がり、16日午前11時までに170万回以上、閲覧されました。

最初に海外の匿名掲示板に投稿されてから1日もたたずに、日本でも誤情報が拡散することにつながりました。

この情報については「POLITIFACT」など、アメリカの複数のファクトチェック団体がシークレットサービスに問い合わせたところ、「そのような名前の人物はいない」という返答があったということで、「誤情報」だとしています。

“ジョーク”が日本で大拡散

また、Xではトランプ氏が撃たれる瞬間に顔を動かしたことについて「『日本の古い親友の声が聞こえた』と話している」として、安倍元総理大臣の画像を貼り付けた投稿などが複数投稿され、19日正午の時点であわせて4000万回以上、閲覧されています。

同様の投稿はTikTokでも複数確認され、再生回数は合わせて少なくとも1200万回を超えています。

しかし、これも誤情報で、拡散の元となったXの英語での投稿を行ったアカウントは「みんなが私のジョークを真剣に受け止めている」としています。

また、トランプ氏も、アメリカで18日に開かれた共和党大会でのスピーチの中で、メキシコとの国境を越えて入ってくる移民に関するグラフを見るためにわずかに右を向けたことで、致命傷となるはずの弾が右耳に当たるだけで済んだと明らかにしています。

このケースでは、英語で投稿されたSNS上の1つの“ジョーク”が日本語にすぐに翻訳されたあと、日本で多くのアカウントが広め、あわせて5000万回以上閲覧されるまでに拡散しました。

誤情報 それぞれの解釈で拡散

さらに今回目立ったのが、トランプ氏を支持するアカウントと反対するアカウントが、それぞれ自分たちに都合よく解釈し、誤情報を広めていることです。

銃撃事件についてトランプ氏を支持する立場のアカウントの中には、「シークレットサービスが事前に事件を知っていた」「政府内部の犯行だ」などと、民主党のバイデン政権を攻撃するような根拠のない情報や陰謀論を広めているものがあります。

Inside job=内部犯行 だと主張する投稿

たとえば、「シークレットサービスが、トランプからわずか150ヤードの屋根にライフルを持った男を登らせたとでも言うのか?内部犯行だ」とする英語の投稿は、19日正午の時点で740万回以上閲覧されています。

また、日本語でも「内部の協力者なしには絶対に不可能。明らかに警備がおかしい」などとする投稿が110万回以上閲覧されていました。

一方で、トランプ氏に反対する立場のアカウントの中には、今回の事件は仕組まれたとか、「自作自演」だとする根拠のない情報や陰謀論を投稿するものがあり、英語で「やらせ」などを意味する「Staged」というハッシュタグとともに広まっています。

銃撃された直後のトランプ氏の写真とともに「塗料入りボールによる攻撃?政治のための自作自演だ。トランプは偉大な俳優だ」と記した英語の投稿は110万回以上閲覧されていました。

こうした投稿は日本語でも複数あり、「劇場型のねつ造のように見える」とした投稿は125万回以上閲覧されていました。

“Qアノン”と“ブルーアノン”

アメリカではこれまで過激な陰謀論を信じる「Qアノン」と呼ばれる人たちが、トランプ氏を支持する文脈で偽情報や陰謀論を広めてきました。

一方、今回の銃撃事件ではトランプ氏に反対する立場の人たちの間でも「自作自演だ」などといった陰謀論が出たことから、アメリカのメディアの中には民主党のイメージカラーになぞらえた「ブルーアノン」が現れたと伝えているところもあります。

こうしたことを背景に、同じ誤情報をまったく異なる解釈で広めているケースもありました。

トランプ氏が「事件の翌日にゴルフに行った」とする誤情報は、動画とともに広がりました。元の動画をTikTokに投稿したアカウントはその後、事件後の動画ではないとしましたが、Xで拡散し、19日正午の時点であわせて800万回以上閲覧されています。

この動画を主に拡散させたアカウントの1つが、トランプ氏を支持する立場のアメリカ西部ユタ州選出の共和党の上院議員で、トランプ氏について当初、「この男は疲れ知らずだ」というコメントをつけて投稿していました。

Xでは、日本語でも「不屈の精神に驚がく」などといったコメントとともに広がりました。ただ、この上院議員は投稿から1時間後に「きょう撮影されたものではないと聞いた。私のミスです」と訂正しています。

この一方で、トランプ氏に反対する立場のアカウントからは、トランプ氏が事件の翌日にゴルフに行ったとする誤情報を「自作自演の証拠だ」とする投稿があり、英語でも日本語でも見られました。

政治的な立場が違うと同じ誤った情報がまったく異なる解釈で広がり、分断がさらに深まる要因にもなる事態になっています。

“誤情報や陰謀論が社会の分断を加速”

政治のコミュニケーションや陰謀論に詳しい慶応大学の烏谷昌幸教授は、銃撃事件の直後から誤情報や陰謀論が広まったことについて次のように指摘しています。

「事件の詳しい情報が出てきていないにもかかわらず、憶測の類いの物語が国境を越えて、アメリカだけではなく日本でも瞬時に広まった」

「間違った情報を摂取するだけでなく、正しかろうが間違っていようが都合のよい情報を取り込んで既存の自分の政治的なフレームワークに当てはめて、自分の中の物語だけを成長させていくような動きが随所に見られたところが非常に恐ろしいことだ」

「アメリカ社会には分断があり、今回の事件では右からも左からも陰謀論が出てきた。ただ、ブルーアノンは、商業化され勢力として成長しているQアノンほどにはならないとも思う」

そのうえで、「お互いがお互いを民主主義の敵と呼び合うような議論の構図ができてしまって、憎しみが憎しみを生むような連鎖を作り出し、それがひいては暴力の連鎖につながっていくかもしれない。社会の分断を加速させる非常によくない現象だ」と懸念を示しました。

そして、こうした状況にどう向き合っていけばいいかについては。

「アメリカの民主政治そのものが匿名掲示板のような無法地帯の論理に浸食されてきている。陰謀論に行き着いてしまうような思考の持ち主は日本でも増えてきていて民主政治にとって危険なことだ」

「偽情報や陰謀論の広がりはもはや個人で対処できる状況にはなく、メディアや市民社会、SNSを運営する会社などが連携して対応することが必要なのではないか」

(ネットワーク報道部:岡谷宏基・籏智広太・NMAPS分析チーム