最強レベル「海洋熱波」で異変が この夏も北日本で気温上昇か

海面水温が極端に高くなる「海洋熱波」。

去年夏の北日本の記録的な暑さにつながったとみられ、専門家は「今も最強レベルで続いている」として、この夏も北日本で気温が上がると指摘しています。

さらに、イカ、カツオ、ホヤなどにも異変が。
「海洋熱波」のメカニズムと影響について取材しました。

気象庁によりますと、日本近海の平均海面水温は先月、6月としては過去最高を更新したほか、北海道の南東の沖合では18日の時点で平年より6度も高くなっているところがあります。

「海洋熱波」と呼ばれるこの現象は、黒潮の極端な北上などを背景に去年から続いていて、気象庁の異常気象分析検討会は去年夏の北日本の記録的な暑さに影響した可能性があるとしていました。

その後、検討会の研究チームが分析した結果、「海洋熱波」によって複数の作用が重なり気温を上昇させたとみられることが分かりました。

研究チームによりますと、例年は大気が海水に冷やされることで雲や霧が発生しますが、「海洋熱波」で大気との温度差が縮まって雲などができにくくなり強い日ざしが直接照りつけたことで大気と海水がさらに熱せられたということです。

仙台市では去年の夏に霧が観測されたのはわずか1日で、1931年の統計開始以降最少でした。

また、海水が蒸発することで大気中の水蒸気の量が増え熱がこもる「温室効果」を強めたり、海水の熱が直接大気を暖めたりしたとしています。

研究チームのメンバーで、東京大学先端科学技術研究センターの中村尚教授は「今も『海洋熱波』は最強レベルで続いていて、去年の夏と同様、北日本の気温を高くすることは間違いない」と話しています。

専門家 “気温上昇に加え 災害や産業への影響懸念”

「海洋熱波」について、専門家は気温の上昇に加えて、災害や産業への影響が懸念されると指摘しています。

東京大学先端科学技術研究センター 中村尚教授

東京大学先端科学技術研究センターの中村尚教授は、北日本の東側の海面水温が特に高い状態が続いているとしたうえで、台風が通った場合、勢力が衰えにくくなるだけでなく水蒸気を多く含んだ東風が陸地に吹きつけるため、東向きの斜面では極端に雨の量が増えるおそれがあるとしています。

また、「海洋熱波」の要因となっている黒潮の極端な北上によって、漁業への影響も懸念され、対策が必要だとしています。

中村教授は、「海洋熱波」がいつまで続くか予測が難しいとしたうえで「北日本でも熱中症に十分注意するとともに雨の降り方が極端になるリスクも考えられるため、土砂災害や台風に伴う高潮、強風にも十分注意する必要がある」と呼びかけています。

カツオは大きく、イカは小さく

鮮魚店では近年、魚の産地や季節がこれまでと変わったり、取り扱う量が大幅に変わるなど、変化が起きています。

東京・世田谷区の前田富雄さんの鮮魚店では、以前は山口県や三重県産のブリを中心に仕入れていましたが、ここ2、3年は水揚げ量が急増した北海道産のブリが多くなったと感じています。

また、以前は秋の「戻りがつお」が今は夏にとれ、すでにこの時期に店頭に並んでいます。

魚の大きさにも変化が起きているといい、前田さんによりますとカツオは以前、1尾3キロ程だったものが5キロまで大きくなっているということです。

また、以前は280グラムほどあったスルメイカは170グラムほどにまで小さくなり、仕入れ値は2倍以上に上がっているといいます。

前田さんは「仕入れる魚の旬が変わって驚いている。そのとき手に入る魚の中でおいしいものを届けられるように頑張りたい」と話しています。

ホヤが成長しない “存続の危機”

独特の苦みと甘みのある味わいで人気の東北の珍味、「ホヤ」は毎年、6月から8月にかけて旬を迎えます。

しかし、宮城県石巻市寄磯浜で長年、ホヤやホタテの養殖や加工を手がける遠藤仁志さん(61)はことしはホヤの成長が進まず、過去に経験したことがないと驚きを隠しません。

遠藤さんは毎朝、午前5時半ごろに沖合にある養殖場からホヤを水揚げし、近くの加工場で8人の従業員が水揚げしたばかりのホヤの身をむいて海水に浸しています。

遠藤さんによりますと去年のこの時期の養殖場の水温は16度前後でしたが、去年8月ごろから高い状態が続き、今月は22度ほどにまで上昇しているということです。

この影響で通常、水揚げの際には15センチほどのホヤがことしは10センチほどと3分の2程度の大きさにしか成長せず、中には死んでしまった個体もありました。

遠藤さんによりますと、水温の急激な上昇の影響でえさとなるプランクトンが死滅し、ホヤが栄養を取り込めず成長できなくなっているということです。

また、遠藤さんはホヤの表面に付着した海藻や小さな貝などの活動が活発になり、酸素やプランクトンなどをうまく取り込めなかったことも成長を妨げている要因ではないかと考えています。

ホヤの成長が見込めないことなどから、例年8月まで行っていた水揚げを今年は今月いっぱいまでと決めています。

遠藤さんの会社では去年、80トンあまりあったホヤのむき身の生産がことしは6%の5トンほどで、売り上げも1割以下にとどまっているということです。

遠藤さんは「ホヤは成長には4年ほどかかるが、来年以降に水揚げを予定しているホヤも死んでしまって、ほぼゼロに近い状態で、漁業者や仲買人は存続の危機に立たされている。今後も影響が続くとホヤに関わる仕事が無くなってしまう」と話していました。

サバ 記録的な不漁

海面水温の上昇による影響は東北にとどまらず、全国各地の漁業の現場に現れています。

農林水産省のまとめによりますと全国屈指のサバの漁獲量を誇る茨城県では、ここ数年、漁場となっている茨城県沖などで水温が上昇し、記録的な不漁が続いています。

2021年までの10年間での漁獲量は平均で年間およそ10万トンでしたが、おととしは3万4000トンほどになり、去年は速報値でおよそ1万6000トンにまで落ち込みました。

サーモン養殖も打撃

また、「海洋熱波」により海面水温が記録的な高温となった北海道の太平洋に面する釧路市では、サーモンの養殖に大きな影響が出ています。

釧路市では海面水温が年間20度以下という冷涼な土地柄を生かして地域の漁業振興につなげようと、市などで作る協議会と商社が2023年、トラウトサーモンの養殖の実証実験を始めました。

ところが、去年の夏には養殖場付近の海面水温が平年より6度高い過去最高の23度を記録するなど20度を超える日が続き、当初育てていた5600匹の6割以上にあたる3500匹あまりが死ぬ事態となりました。

市などによりますと実証実験2年目のことしは養殖場に入れる幼魚のサイズを去年の倍ほどに大きくして、水温が高くなる時期より前にも出荷できるよう対策をとっているということです。

釧路市水産港湾空港部の小林裕司水産統括監は「20度を超えない海域だということもあり始まった実証実験なので、『まさか』というのが正直なところだ。ことしは何とか成果をあげ、来年以降の事業化につなげていきたい」と話していました。

「海が暖かくなる傾向 これからも続く」

JAMSTEC 美山透主任研究員

日本周辺の海の環境に詳しいJAMSTEC=海洋研究開発機構の美山透主任研究員は「東北の太平洋側は南からは暖かい黒潮が、北からは冷たい親潮が流れてくる世界数有の漁場だ。ここ何年かは黒潮の勢力が強く親潮が弱い状況が続き、特に去年ぐらいからは黒潮が流れるはずがなかったところまで到達している。その影響で北から来るサンマは不漁が続き逆に南からのブリやフグ、タチウオなどの量が非常に増えている」と指摘します。

そのうえで「最近は徐々に黒潮が北上する傾向があり、地球温暖化も確実に進んでいて海が暖かくなる傾向はこれからも続くと考えられる。今後はそうした傾向への対応をとりつつ、海の資源を大切にしてくことが必要だ」と話しています。