医師がやってくる?医療版ワーケーション、その魅力と効果は…

常勤医が足りません

各地の医療機関から聞こえてくる切実な声。

けれど、補助金を出しても、思うように医師が来ないというのです。

でしたら、まずは「ワーケーション」からどうでしょう?

今、そんな取り組みが広がり始めています。

“医師が集まらない”

「どの病院も苦労しているところです」

こう話すのは、和歌山県白浜町にある「白浜はまゆう病院」の辻本登志英院長です。

白浜町は和歌山県南部、紀南地方に位置し、美しい白浜や温泉地などで有名な観光地でもあります。

白浜はまゆう病院

この病院は、地域密着型の病院としての理念を掲げて30年、救急医療をはじめとする地域医療を担ってきました。

ただ、医師の確保には課題があるといいます。

白浜はまゆう病院 辻本登志英院長
「紀南地方は、医師の数が少ない中で、病院どうし連携して、足りないところは、病院どうしが補完・融通し合ってやっていますが、全体の医師の数というのは確保が非常に困難です。限られた医師数の中で、夜間の当直勤務などもしなければならず、その負担というのはやはり少ないものではないと思っています」

県全体では多くても…

和歌山県によりますと、県内の人口当たりの医師数は全国平均を上回っています。

しかし、和歌山市周辺に人口が集中しているため県の北部と南部で地域差が大きく、また、診療所で働く医師が多いのに比べて、病院での勤務医が特に不足する傾向にあるということです。

これまでに、南部の病院での常勤医の確保に力を入れてきましたが、なかなか思うような成果が上がらなかったといいます。

担当者はこう話します。

和歌山県医務課 蔵光良主任
「これまでに県外の大学に赴いたり、補助金の支援も入れながらお声がけしたりして、常勤医を確保しようといろいろな取り組みをしてきましたが、なかなか来てもらうことにはつながらず、進展が得られませんでした。ですから、もっとお手軽に、試しに来ていただけるような機会をご用意し、まずはその病院や地域を知ってもらいたいと思いまして」

宿泊費、交通費、レンタカー代も

そこで、新たな一手として取り組んだのが「医療版ワーケーション」です。

ワーケーションとは、「Work」と「Vacation」を組み合わせた造語で、旅行先や帰省先などで余暇を楽しみながら、仕事もするという働き方です。

折しも、コロナ禍に白浜町でワーケーションを行う企業が続出。

白浜町の南紀白浜空港と東京・羽田空港は、直行便で約1時間で移動できるという点も強みがあり、ワーケーションの土壌はあったといいます。

白浜町はリゾート地としても知られる

和歌山県は東京・渋谷区に本社がある医療情報サービス企業「MRT」と協力して「医療版ワーケーション」を始めることになりました。

東京など県外の都市部で働く医師が、この企業に申し込むと、和歌山県南部での余暇を楽しむ観光商品と、病院で非常勤で働く仕事がセットで紹介され、実際に行くことになれば、医師本人の宿泊費と交通費、それにレンタカー代を県が補助する仕組みです。

<補助額>
・宿泊費(部屋代+駐車料金等) 2万円/1日
・交通費 5万2000円/1回
・レンタカー代 7000円/1日

白浜はまゆう病院を含む、県南部の2つの病院が受け入れ先として手を上げました。

家族と過ごして、仕事も

取り組みを始めると、さっそく応募がありました。

試みとしてすごく面白そうだったので

広島県内の病院で救急医を務める眞鍋憲正医師(36)。

眞鍋医師は今月4日、ワーケーションのため妻と娘と一緒に白浜町を訪れました。

向かったのは、テーマパークの「アドベンチャーワールド」。

その日は、イルカのショーを見たり、動物にえさやりをしたりして余暇を楽しみました。

その翌日も、日中はホテルでのんびりした時間を過ごしたといいます。

その後、「白浜はまゆう病院」で打ち合わせや引き継ぎを行い、午後6時から当直勤務に入りました。

翌朝8時半まで病院に泊まり込み、救急患者や入院患者の対応などにあたりました。

これにより、本来当直に入る予定だった常勤医を1人、休ませることができたといいます。

眞鍋医師
「きのうは家族とすごく有意義な時間を過ごせました。十分に遊んだので、あとは地域にちょっとでも貢献できればいいかなと。こうやって単発でも医師が来て、観光も仕事もすると、地域を知るきっかけになると思います。興味を持つ医師は多いと思います」

せめて連休だけでも休みを…

仲介した企業によると、和歌山県では、7月前半までにすでに30人の応募があり、眞鍋医師のほかに2人の勤務が決まっているということです。

企業の事業責任者は、長年、医療人材の紹介を手がけてきた経験から、ワーケーションの取り組みが医師偏在の実情を変えるきっかけになると考えたといいます。

MRT株式会社 加藤修孝取締役
「医師と医療機関のマッチングをする中では、いきなり常勤医で来てもらうのは難しいものの、一度勤務してもらえれば、医師やスタッフとのコミュニケーションも取れて、心理的ハードルも下がり、その後も定期的に来てもらえるようになったケースもありました」

そして、ワーケーションに来る医師には、まずは人手の確保が難しい時期にスポットでシフトに入ってもらうよう、調整しているということです。

「医師が不足しがちな地域の常勤医たちは連休も休めないような状況でしたので、まずは盆や正月、大型連休などにしぼって都市部の医師たちに来てもらえば、負担軽減につなげることができると考えました」

勤務は1日3.5時間で

ワーケーションが定着し始めた自治体もありました。

広島県福山市では、2022年からワーケーションの一環として、小児の診療所で夜間の数時間に限って勤務してもらえる小児科医師の募集を始めました。

実際に2泊3日で滞在した医師のスケジュールです。

【1日目】
18:00 福山駅到着
18:30~22:00すぎ 勤務
23:00~ 福山市街で飲食

【2日目】
9:00~15:00 大三島、大島(愛媛県今治市)で観光
16:00~18:00 鞆の浦で観光
19:00~23:00 勤務
23:00~ 福山市街で飲食

【3日目】
8:00~ 福山城観光、神勝寺 禅と庭ミュージアム
12:00~ 福山発

福山城(滞在した医師が撮影したもの)

滞在した医師の感想
「鯛飯や地元の酒蔵の日本酒がおいしく、診療所でのスタッフも非常に親切でした。北海道、東北地方、九州などの行く機会が少ない遠い場所での募集があればぜひ応募したい」

福山市の取り組みでは、2年間で県外の約20人の小児科医が勤務し、中には一度ワーケーションで入った後、再び応募した医師もいるということです。

福山市の担当者は「医師確保が難しい時期にピンポイントで来てもらえるのは実効性があり、お互いにとってメリットのある制度だと思います」と話していました。

“地域に目を向けてもらうきっかけに”

ワーケーションは、医師偏在の打開へ向けた一手となるのか。

地域医療の問題や医療政策に詳しい自治医科大学の小池創一教授に聞きました。

自治医科大学 小池創一教授
「地域の魅力を医師や家族に知ってもらえるのは有意義ですし、医師確保や偏在の是正につながっていくとすれば、大変興味深い取り組みです。ふだん行き慣れていない医療機関での勤務となると、電子カルテの使い方がどうか、患者さんや看護師さんとのコミュニケーションをどう取るのかといった課題は出てくるでしょうが、そのことで地域や医療機関を知る、よいきっかけになると思います」

そして、根本的な医師偏在を是正していくには、様々な対策を組み合わせていくことが大切だと指摘します。

「一つの方策をとればすぐに解決をするという単純な問題ではありません。できること、効果のありそうな、ありとあらゆることをやっていくことが重要です。これからの医療は、知識や技術だけでなく、ますます地域全体を見ていくことが必要になるので、ワーケーションを通じて、地域の特性や魅力を知って頂くことも、そのひとつだと思います」