座ってレジ打ち 座って警備も!? いす導入が立ち仕事を変える

座ってレジ打ち 座って警備も!? いす導入が立ち仕事を変える
「足がむくんでぱんぱん…」
「腰が痛い…」

スーパーのレジや飲食業、警備など、いつからか立って働くのが当たり前と思っていませんか?

いま、職場にいすを導入し、“長時間立ちっぱなし”を改善しようという動きが広がっています。人材確保が社会問題になる中、変わりゆく“立ち仕事“の現場を取材しました。

(おはよう日本ディレクター 太田爽 東勇哉)

“ちょっと腰かけて” レジ打ちが楽に

神奈川県平塚市にある大手ディスカウントストアです。
ことし(2024年)4月から、従業員の負担を軽減しようと“いす”がレジに設置されました。
設置したのは、対面で接客する通常のレジや、セルフレジのサポートを行う場所など。合わせて4脚導入しました。使うタイミングや頻度はそれぞれの従業員に任されています。買い物客が途切れたときに座ったり、座ったまま接客したりするなど、使い方はさまざまです。

導入したいすは、大手就職情報会社が、いすメーカーと共同で開発。スペースの狭い日本のレジに設置しやすいサイズや形になっています。
また、「座っているとお客さんの目が気になる」という声も考慮して、背筋を伸ばした姿勢で座れるよう、座面を斜めにしたり、高さ調節機能をつけたりするなど工夫しました。
レジ担当者
「私ちょっと年齢が高いので、いすがあるとすごく楽です。今は足のむくみがなくなりました。次の日、もしどなたかお休みで代わりに来てって言われても、大丈夫ですよって言える。そのくらい違います」

賛同の声は買い物客からも

当初は、客の目を気にして座ることに抵抗感を覚える従業員もいましたが、買い物客からは好意的な声が多く聞かれました。
買い物客
「ずっと立ちっぱなしだからね。私がちょっと分からないことがあると皆さんすぐ来てくれるけど、座っていてもよく見てくれているから、安心だよね。座って失礼とかそういうのはない。全然問題ない。違和感もない」
買い物客
「私も接客業をしているので、あのようないすがあると膝に負担がなくて、仕事の負担が減るのかなと感じます。従業員さんの負担が減らせるなら、とてもいいことだなって思います」
この日、NHKの取材に答えた買い物客は10人。全員が、いすの導入に好意的な反応を示していました。

この店舗では、「いすに座れるのであれば、さらに1時間働ける」という従業員が増えており、身体的疲労の軽減がシフトの安定化にもつながると感じています。現在16店舗でいすを導入しており、今後さらに増やしていくことを検討しているということです。(2024年7月18日現在)

企業の担当者は、今後の人材確保という面からもいすの導入に期待を寄せています。
ディスカウントストア 運営会社 広報 窪田稚子さん
「今いる従業員のES(従業員満足度)をどれだけ向上できるか、そして新しい人材をどれだけ確保できるかというところが重要だと思っています。人材不足がどの企業でも発生している中、働く人に選ばれる会社になっていかなきゃいけない。世の中や働きたい人に、会社が少しずつ合わせていくべきなのかなと思っています」

広がる“いす導入” 国も小売業界の実態調査へ

冒頭で紹介した、レジ専用のいすを導入する企業は小売業を中心に増えています。

スーパーのレジや食パン専門店など、現在9社で導入されており、今後90社が導入を予定しているといいます。(2024年7月9日現在)

こうしたなか、厚生労働省も長時間の立ち作業を解消することは重要だとしていて、ことし7月には、小売業界に対していすの使用状況も含めた負担軽減策のヒアリング調査を始めました。今後の結果しだいでは、取り組みの事例集の作成なども検討していく方針です。

“座って警備”で人材流出を防げ

さらに、立ち仕事の職場に“いす”を導入する動きは、警備業にも広がっています。
山形県酒田市にある警備会社では、2年前からいすを導入しました。
従業員とも話し合い、持ち運びに適した折りたたみ式のいすを購入。現在、いすの導入数は20脚余に上ります。

背景には、体力的な負担による退職を食い止めたいという思いがあります。

過去10年間の退職者リストを見てみると、4人に1人が体力的・健康的な理由から退職。中には、健康的な理由から40代で辞めた人や、腰痛を理由に辞める人もいました。
警備会社 常務 阿部学さん
「ずっと立っていると、疲労がたまったり足がむくんだり、そういったことが続くと、この仕事続けられるのかなという不安がよぎるんだと思います。当社は長く続けていただきたい気持ちが強かったので、体力的な理由で従業員が去っていくのは、寂しい気持ちもありました」
さらに、この会社ではサンバイザー付きヘルメットを特注で作ったり、水やラムネなどが入った熱中症対策キットを配ったりするなど、従業員の健康を守る取り組みを進めてきました。

働く環境を整えて肉体的負担を減らすことによって、長く働きたいという従業員が増えたといいます。
警備会社 従業員
「これまでは、1日8時間立ちっぱなしで警備を行っていました。今は30分に一度、5分ほど座って足を休めています。少しでも座ることで、足や腰の疲労は抜けますし、1日を通してそんなに疲れません。年齢とともに体力は落ちますが、今後も長く続けられる仕事だと思いました」

警備での安全と“いす”をどう両立するか

一方で、警備にいすを取り入れる中で、最も注意したのが安全面です。工事現場と警備会社の責任者同士で話し合い、いすを使って問題のない場所を慎重に選んでいます。
警備会社 常務 阿部学さん
「座ることを優先して、現場の安全に支障が出たり、身に危険が及んだりするようでは本末転倒ですので、やはり現場の安全・皆さんの安全を第一に考えています」
たとえば、交通量が多い道路や、車の誘導が多い道路では、安全面を考慮していすを使用していません(画像左)。

いすを使用するのは、工事車両以外に出入りがほとんどない通行止めの現場などに限るようにしています(画像右)。

“なんで今までなかったの?” 広がる理解

警備の現場にいすを導入して2年。“座って働く”ことへの理解は、取引先企業にも広がってきています。
受注元の建設会社 現場責任者
「なんで今までなかったのかなって思います。だって立っているのって絶対つらいですよ。私たちみたいにずっと歩き回っている方がまだ楽です。目玉焼き焼けるぐらい暑い中で立ってもらっているので、うちとしては(いすの導入は)別に問題ないかな」
警備にあたる従業員からも、「腰痛が緩和された」「疲労感が減った」といった声が聞かれるようになり、警備会社としても手応えを感じ始めています。
警備会社 常務 阿部学さん
「昔と比べると離職率も減ってきていて、地道にではありますが1つずつ結びついているんじゃないかなと思います。色んな警備会社が取り入れていってもらえると、業界全体の働き方の定義が変わっていくのかなと。警備の新しいスタイルを各社が模索して、業界として長く働ける環境を整えていけたらいいなと感じています」

仕事の質も向上し 多様な人が働ける職場へ

立ち仕事の現場に“いす”が広がることで、これまで身体的理由から働けなかった人にも機会を広げ、多様な働き方を生み出すことにもつながると、労働問題の専門家は語ります。
和光大学 竹信三恵子名誉教授
「いすの設置は、高齢者や障害のある人など、もっと働きたいと思っている人たちのニーズに応えることにつながります。健康・元気に働ける環境を整備することは、従業員の仕事の質の向上にもつながり、客側にとってもメリットがあります。“客が嫌がるかもしれない”と、いすの導入に慎重な企業もありますが、客からの印象を重視するのであれば、アンケートを行うなど、客の意見をきちんと聞いてみることが重要です。多様な働き方が求められているという認識は社会に広がってきているので、今がいすの導入を進めていくチャンスの時かもしれません」

“当たり前”を見直して働きやすい職場に

今回“いす”の取材をする中で印象に残ったのは、山形の工事現場に置いてあった“パラソル”です。
このパラソル、警備会社が置いたのではなく、受注元の建設会社が率先して置いたものでした。高齢の警備担当者も増えるなか、建設業界では、炎天下で働く人のために設置するところが増えているそうです。

今回は立ち仕事にいすを導入する企業の動きを取材しましたが、他にも、さまざまな人が働きやすい環境のために、見直せる慣習が多くあるかもしれません。

みなさんの周りにある「当たり前にがまんしている」こと、見直してみませんか?

(6月24日「おはよう日本」で放送)
おはよう日本ディレクター
太田爽
令和6年入局
最近好みのソファーを見つけたが、玄関の幅がせまくて運べず断念
おはよう日本ディレクター
東勇哉
平成28年入局
仙台局、政経・国際番組部を経て現所属
キャンプ用のいすの座り心地が好き