“戦禍”の放送局に残されたニュース映像 日本でよみがえる

“戦禍”の放送局に残されたニュース映像 日本でよみがえる
ロシアがウクライナへの軍事侵攻を始めてから2年余り。

危機にさらされているのは、人々の命だけではありません。

いま、国の歴史を伝える貴重な映像資料が失われかねない事態になっています。
(国際放送局 World News部 記者 白河真梨奈)
おはよう日本 7月6日(土)「ウクライナ よみがえる貴重映像」
NHKプラス 配信期限 :7/13(土) 午前7:30 まで

日本で復元 映像資料

ことし2月、ウクライナ公共放送の幹部たちがNHKを訪れました。

フィルムに残された過去のニュース映像をデジタル化するためです。
ウクライナ公共放送は、国営テレビや地域の放送局などを統合し7年前に設立されました。

ロシアによる軍事侵攻が始まった直後には、首都キーウにあるテレビ塔がロシア軍に攻撃されたため、一時的に拠点を移し放送を続けました。

放送局には過去の歴史を伝える映像資料が保管されていますが、長らく手付かずの状態になっていました。

今回、JICA=国際協力機構のプロジェクトの一環で、NHK財団が支援し、フィルムに残された映像の復元に取り組むことになったのです。
ウクライナ公共放送 アンドリー・タラノフ理事
「フィルムはウクライナの文化遺産の一部です。私たちの手元にはまだ大量の素材があります」
手始めに持ち込まれた3つのフィルム缶。

そこにはウクライナが独立した1991年までの人々の様子が記録されていました。
傷がないかなどネガを一つ一つチェックしたあと、デジタルでの復元に成功しました。

映し出されたのは…
1940年代のウクライナ西部の都市リビウです。

人々が街なかを自転車で行き交う様子や街角で売られている花を選ぶ女性たちの姿が記録されていました。
80年代、主食の1つであるじゃがいもを収穫する様子や、スポーツイベントを楽しむ市民の姿など、当時のニュース映像も確認することができました。

復元映像 “プロパガンダ”も

一方、復元された映像の中には不自然なものもありました。
ランプを製造する工場で働く女性たちは作業服ではなく正装で、真珠のネックレスを身に着けていました。

ソビエト製の車を点検する様子を記録したニュース映像では、記者が警察官にインタビューし、車両の性能のよさをアピールしていました。
ウクライナ公共放送のプロデューサー、オレクサンドル・ジンチェンコ氏は、こうした映像はソビエトによる過大な宣伝、プロパガンダだと指摘しています。
ウクライナ公共放送 プロデューサー オレクサンドル・ジンチェンコ氏
「この映像は、当時のソビエト政権が不都合な真実を隠して魅力的なうわべだけを見せようとしていたという事実を表しています。なぜなら、ソビエト製の車はとても質が悪く、いつも壊れていたからです」

映像とは違う“個性が奪われた”

復元された映像は、ウクライナ公共放送のホームページで公開されました。
それを目にしたひとり。

イリナ・チュマックさん(38)です。

11歳の息子と母親と一緒に日本で避難生活を続けています。

イリナさんが暮らしていたのは首都キーウ近郊のブチャ。

軍事侵攻が始まった当初ロシア軍に一時占拠され、多くの市民が犠牲になった場所です。
ソビエト時代のウクライナで幼少期を過ごしたイリナさん。

映像とは異なり、自由が制限された生活だったと話します。

物資も不足し、周りの人と同じ地味な色の服しか手に入らなかったといいます。
イリナ・チュマックさん
「きれいな服を着るのはダメでした。国が与えてくれたものに満足するべきでした。『個性』というものが奪われたのです。洋服、食器、家具はすべて同じものと決められていました」

“プロパガンダ”も伝えたい

ウクライナでは教師をしていたイリナさん。

今は毎週日曜日、日本に避難している子どもたちなどに歴史を教えています。

イリナさんは、プロパガンダが行われた事実も含め、ウクライナがたどってきた歴史を伝えたいと考えています。
イリナさん
「残念ながら、多くの大人たちが本当の歴史を知りません。もともとロシアと仲がよかったのに、今はなぜ仲よくできないのかと聞かれます。ロシアによる軍事侵攻が続く今、長年にわたって都合の悪い部分が隠され、改ざんされてきた歴史を調べたり、真実を教えたりすることに特にやりがいを感じています」
ウクライナの公共放送に保管されているフィルム。

その数は、1万を超えます。
ウクライナでは、ユネスコの調査によるとことし6月時点で美術館や図書館といった歴史や文化を伝える施設400か所が被害を受けていて、放送局も例外ではありません。

ウクライナ公共放送のアーカイブ担当者は「今回のような古いフィルムを調査していくと、この記録が、私たちの今の独立を守ることや言論の自由がいかに大切なのかを示していることがわかる」と話し、貴重な映像資料が失われてしまう前に復元し、歴史の検証を進めたいとしています。

ウクライナの歴史に詳しい専門家は、軍事侵攻後、ロシアがウクライナの歴史を否定するような動きも出ていると指摘しています。
神戸学院大学 岡部芳彦教授
「資料館や図書館、占領されたウクライナの領土でロシア当局がウクライナ語の本を廃棄したり焼いたりしているという事例がある。人の命がもちろん一番大事だが文化財や、過去の記録が失われる危機にも目を向けていかないといけない」

“自国の映像を残し 後世に伝える” 感じた情熱

今も、ウクライナから逃れた2000人余りの人たちが、日本で避難生活を続けています。

プロパガンダを見て育った世代の大人たちが「今、なぜロシアの侵攻が続いているのかわからない。真実を教えてほしい」とイリナさんに尋ねるという話を聞いた時、ロシアに翻弄され続けてきたウクライナの複雑な歴史をかいま見たような気がしました。

岡部教授によりますと、ウクライナでは過去の歴史を記した映像に一般の人たちが触れる機会がまだまだ少ないということで、映像の復元が大きな意味を持つと感じます。

ウクライナ公共放送の担当者たちに話を聞くと、たとえプロパガンダ映像であっても自分たちの国で何が行われていたのかを伝えるために、残していきたい。そして侵攻が続く今だからこそ、ゆがめたり、隠したりすることのない歴史を後世に伝えたいという情熱を感じました。

残る1万本のフィルムが何を語るのか、取材を続けます。

(7月6日「おはよう日本」で放送)
国際放送局 World News部 記者
白河 真梨奈
2010年入局
千葉局、社会部を経て現所属
国内外の人権問題を中心に取材