障害者を支えるAI ~より豊かで安全な暮らしのために~

障害者を支えるAI ~より豊かで安全な暮らしのために~
AIが「目」や「声」の代わりを果たす、、、

障害のある人たちの生活を支えるAIの技術が、いま注目されています。

いったい、どのような取り組みなのか。

活用の現場を取材しました。

(科学文化部 島田尚朗)

AIが目の代わりに 危険を事前に察知

福岡市早良区の吉住寛之さん(50)。

11歳の時、病気の治療のために使っていた薬の副作用で失明しました。

現在、平日は専門学校やカルチャースクールで点字や理学療法を教えたり、鍼灸師として自宅で施術したりしています。

自宅での生活で困ることは、あまり無いといい、取材中も、鍼灸に使っている針を何の迷いもなく戸棚から見つけ出し、袋を開けて私たちに見せてくれました。
吉住さん
「見えていない方が当たり前の生活を送ってきたので、どこに何が置いていあるというのは自分で決めておけば問題ないですね」
大学時代は合気道をたしなむなど、アクティブな吉住さん。

楽しみの1つが外出ですが、その外出には常に危険がつきまとうと、吉住さんは話しました。
吉住さん
「走行中の自転車や歩きスマホにぶつかったりとか、危険と言えばいくらでもありますね。自宅から1歩出たら、死を覚悟しないといけない」
この日は、徒歩20分の商店街にある喫茶店に向かおうとしましたが、車や自転車、人通りも多く、「白杖」だけでは人や物にぶつかってしまうおそれがあります。

そんな吉住さんが、去年から使い始めたのが、「歩行支援アプリ」です。
このアプリを使うと、スマートフォンのカメラ機能が、吉住さんの「目」のような役割を担ってくれるのだといいます。

実際に使っているところを見せてもらうと…。
AI
『点字ブロック、自転車、自転車…』
AIが、「自転車」や目の前の「点字ブロック」といった、障害物や歩行支援に必要な目標物を、事前に検知して音声で知らせてくれます。

多くの人が行き交う場所では…。
AI
『人、人、人…』
さらに、横断歩道を渡るときには…。
AI
『信号が青です』
アプリの画面を見てみると、近づいてくる人や自転車、点字ブロックを次々とAIが識別している様子が分かります。

吉住さんは、「白杖からの感触」や「自身の聴覚」といった、従来の情報に、AIからの情報を加えることで、初めて行く場所や交通量や人通りが多い場所でも、より安心して歩けるようになったということです。

AIのサポートを得たことで、行動範囲も広がりました。
吉住さん
「歩行ナビがあると精神的な負担が、いくぶん軽くなるというか、自分の感覚以外でもテクノロジーからの情報で、安心して歩ける幅が広がってきたと感じます。視覚障害者が散歩というのは夢物語だったのが、少しずつできるというのは非常にうれしく思いますね」
この歩行支援アプリを開発したのは、北九州市にあるIT企業。

どのような仕組みでAIは人や物を検知しているのでしょうか。

プロジェクトマネージャーを務める高田将平さんによると、ポイントとなるのは、AIに学習させるデータ作りだといいます。
例えば、交差点の「歩行者信号」のデータは、パソコン上で信号機の写真を線で囲み、「信号機ー赤」のタグに紐付けていきます。
高田さん
「データの元になる画像内の、人や横断歩道、街路樹、車、点字ブロックなどを人間側で指定して、それぞれ「タグ付け」を行っていきます。タグ付け、つまりAIに「この指定した部分は何か」ということを学習させて『物体検知』の精度を上げる作業を行っています」
同じように、車なら「car」、点字ブロックなら「braille block」などと、安全に歩行するために必要な「物体」を、それぞれタグで紐付けていきます。

この作業は「アノテーション」と呼ばれ、このようにして1つ1つ集めていった「タグ付けされたデータ」を、繰り返し学習させることで、AIはカメラに写る物体をリアルタイムで検知できるようになっていくということです。
現在、歩行支援のために優先順位の高い20種類の目標物を検知することができ、今後、さらに検知できる対象を増やしていく予定です。
この企業では、さらに、横断歩道の「どこ」を歩いているかをAIが認識し知らせてくれることで、なるべく安全な「真ん中」を「まっすぐ」歩けるようガイドしてくれるといった、より安全な歩行に向けた研究・開発も進めています。
高田さん
「町歩きを楽しんでもらいたいという目的もあるので、視覚に障害をお持ちの方が白じょうや盲導犬と組み合わせて利用して頂くことで、より安心安全な歩行につながるようにと考えています」

AIで失った声を再現 楽しく生きるツールに

AIの技術は、声を失った人のサポートにも使われています。

東京・世田谷区に住む酒井道子さん(69)。
AI音声
『こんにちは。酒井道子です。本日はよろしくお願いいたします』
スマートフォンからから聞こえてきたのは、私たちへの「あいさつ」でした。

酒井さんは、カウンセリングなどの仕事をしてきたが、3年前に気管がんが見つかり、「声帯」を切除しました。

その後、人工的に発声が可能になる手術を行い、今は話せるようになったが、その声は変わってしまいました。
酒井さん
「声を失ったら、家族とも筆談などで必要最低限のコミュニケーションしかできないのではないか。それはとても寂しいし、孤独なのではないかと危惧していました。仕事の面でもクライアントが私(の声)に違和感があると思われるのは、仕事に差し支えるとも考えました」
「自分の本来の声」が出なくなった酒井さん。

そんな酒井さんが使っているのが「AIで声を再現する」アプリです。

実は酒井さん、声帯を切除する手術の前に、AIに自分の声を学習させていました。

声を学習させたAIアプリを起動し、酒井さんがスマホに文章を入力すると…。
AI音声
『これはもとの私の声を収録してAIにしてもらった声です』
AIが再現した酒井さんの声で読み上げてくれました。

AIはどのようにして音声を再現しているのか。

利用者は、インターネットを通じてアプリのサイトで「特定の文章」を読み上げるだけで、AIがイントネーションなど個人の声の「特徴」を学習します。

酒井さんの場合は、当時、およそ1時間かけて文章を読み上げ、学習させていました。
今では5分から10分ほどの声を学習させるだけで、高い再現度を実現できるようになったということです。

このアプリの開発元の企業によると、もともとは障害者の支援のために作ったものではなかったといいます。
早川尚吾 代表
「もともとは、文字の“フォント”を選ぶように、声についても、プロの声優やアナウンサーの声など、いろいろと選べたら面白いと考えて作った技術でした。でも、酒井さんの件で“自分の声も使いたい”というニーズもあることに気付きました。今では利用者の方々から感謝の手紙が届くことがあって、我々の作ったものが役に立っているんだなと、エンジニアも含めて感激しています」
現在、酒井さんは、人工的に発声が可能になる手術を行い、声は変わってしまったものの、発声することができるようになりました。

そのため、このAIは、「あらかじめ話す内容が決まっている時」などに使っています。

そんな中、このアプリで、酒井さんの元の声が再び聞けたことに、夫の正彦さんは、大きな喜びを感じたといいます。
正彦さん
「違和感がない。まったく道子の声そのもののように感じました。(AIの技術は)すごいもんだなと驚いています」
酒井さんのAI音声
『AIの音声は、障害があっても、それを補って楽しく生きることができるツールだと思います。もし何年も声を出さなかったら、もとの自分の声を忘れてしまったかもしれないなどと思うことがあります。だから自分の声を残せて良かったなと思います。私は声も含めて、こういう人だったということを残せるので良かったです』

AIは補助 障害者への理解も不可欠

今回取材した障害者の生活を支えるAIは、ほんの一部に過ぎません。

大手企業からスタートアップなど、様々な企業や研究機関が、視覚や聴覚以外の障害についても、AIの力を使ってサポートするための研究や技術開発を進めています。

その一方で、AIにも限界もあることを知っておく必要があります。

例えば、歩行支援アプリも、夕暮れ時には検知の精度が落ちたり、塗装がはげてしまった道路などでは誤検知をしてしまうおそれがあります。

開発した企業も「AIはあくまで補助的なツールとして使ってほしい」とした上で、「今後も改善に力を入れていきたい」としています。
技術の進歩はめざましく、いずれこうした課題も克服されると思います。

ただ、忘れてはならないのは、こうした技術の発達に加えて、社会全体で障害のある人たちへの理解を深めることが欠かせないことです。

視覚障害のある吉住さんも、最後は通りすがりの親切な女性に声をかけられたことで、目的地の喫茶店の入り口に到着することができました。

このとき吉住さんが女性に直接伝えた「ありがとうございます」という言葉の重み。

お互いを理解し、思いやる「人の心」という原点と、「高度なテクノロジー」が融合することで、はじめて私たちは理想的な社会の実現へと向かうことができるのだと思います。

(5月14日「おはよう日本」で放送)
科学文化部 記者
島田尚朗
2010年入局
広島・静岡・福岡局を経て現所属
現在はIT班でAIなどのデジタル分野を担当