富士山に登山者数上限が “オーバーツーリズム”解決なるか?

富士山に登山者数上限が “オーバーツーリズム”解決なるか?
7月1日、山開きを迎えた富士山。

しかし、ことしはちょっと風景が違います。5合目にゲートが設置され、登山者数の上限が設けられたのです。

オーバーツーリズムが各地で問題となる中、富士山のように「人数制限」を行う観光地は全国に、そして世界中にあります。解決の切り札となるのか、それとも?

富士山に“登山者数制限”

富士山の山梨県側は7月1日、山開きを迎えました。
ことしから始まったのが「登山者数の制限」です。

山梨県は5合目の登山口にゲートを設け、
▼1日の登山者数の上限を4000人、
▼1人2000円の通行料を徴収するほか、
▼午後4時から翌日午前3時までの間、登山道を閉鎖する規制を始めました。
5合目に到着すると、登山者は受付窓口で事前予約した際に発行されたQRコードを示し、リストバンドを受け取ります。ゲートでリストバンドを見せると通過できる仕組みです。

事前予約がなくても、少なくとも1000人分、当日、2000円の通行料を支払ってリストバンドを受け取ることも可能です。
5合目には次々と登山客が訪れ、リストバンドを受け取る手続きをしていました。
首都圏から来た男性
「ニュースを見て制度を知りました。世界遺産でもあり、保全するため必要なお金を徴収するのは妥当だと思う」
フランスから来た男性
「フランスのモンブランでも装備の適切さや夜間の滞在先を厳しくチェックする制度があります。富士山でもこうした制度がないと混雑しすぎるのでいいと思いますし、金額も適切だと思います」
一方、「規制元年」となることしは、一部で混乱も見られました。

取材に訪れたこの日も、制度のことを知らずに登山道に入ろうとして、ゲートの前で指導員に止められ、通行料を支払う窓口に案内される人も複数いました。
ゲートで止められていた地元の60代の男性
「年に数回、ゲートから2キロくらい入って散歩していましたが、この夏初めて来たら急に止められてびっくりしました。登山客だけでなく歩くだけでも2000円ということでびっくりです。きょうは、支払って入るのはやめようかと思っています」

深刻化する“弾丸登山”

今回の規制が導入された理由は、オーバーツーリズムの解消や環境保全、そして「弾丸登山」の防止です。

長年、富士山のガイドを務めてきた太田安彦さんは、弾丸登山は、命の危険が伴うと警鐘をならしています。
こちらの画像は、真っ暗な中、登山道で寝ている登山者。
太田安彦さん
「ほかの登山者が歩き始めていて、歩いている時に落石を落としてしまったらちょうど頭の箇所に斜面があるので非常に危険です」
山頂付近は、夏でも気温が1桁台まで下がる富士山。

体調を崩す登山者も多いといいます。

さらに、登山者の増加に伴って、マナーを守らず、ほかの登山者に危険や迷惑をおよぼすケースが多発しているといいます。
太田安彦さん
「寝袋やブルーシートを敷いて、山小屋の周辺を陣取っているだけでなく、暖を取るためにたき火をしているなど火災につながりかねない事案もありました。今回の規制は新たな取り組みなので問題は出てくると思いますが、ほかの登山者にとっても安全を担保できるという意味ではいいことだと思う」

“人数制限”各地でも

富士山のように、1日にエリア内に入れる人数が定められる規制は珍しいことではありません。

公益財団法人「日本交通公社」のまとめでは、人数制限や、ガイドの同行義務化など、一定の制限が設けられた観光地は、全国各地、そして世界にあるといいます。

主な観光地は以下の通りです。
《国内の例》

▼知床五湖
4月~10月は1日あたりエリアに入れる人数を3000人に制限。ヒグマ活動期には500人に絞られ、登録した引率者の同行が必須。

▼小笠原諸島・南島
1日あたりに島に入れる人数は100人、2時間の制限。ガイドの同行も義務づけ。

▼大台ヶ原西大台地区
入域・入山の事前予約が必要。1日あたりの利用者制限。ビジターセンターで事前レクチャーの受講が必須。

▼乗鞍岳のふもとにある五色ヶ原
入域・入山の事前予約が必要。1日あたりの利用者制限。ガイドの同行が必須。

▼白川郷
集落内の幹線道路に居住者以外の車両が進入しないよう制限。ライトアップイベントでは、駐車場が完全予約制になり、参加するには、白川郷での宿泊やバスツアーの事前予約などが必要。

▼上高地
マイカー・観光バス規制

▼尾瀬
マイカー規制、山小屋は完全予約制
《海外の例》

▼キナバル山(マレーシア)
弾丸登山対策として、登山時の宿泊を義務化。1日あたりの入山可能人数を定め、事前の予約が必要。

▼玉山(台湾)
弾丸登山対策として、登山時の宿泊を義務化。1日あたりの入山可能人数を定め、事前の予約が必要。

▼モンブラン(フランス)※ノーマルルート
弾丸登山対策として、登山時の宿泊を義務化。1日あたりの入山可能人数を定め、事前の予約が必要。

▼ハナウマ湾自然保護区(ハワイ)
環境の負担軽減のため、週1日を非公開に。駐車可能な台数を300台に制限。入場料や駐車料金の値上げも。

台湾最高峰「玉山」では

取材班は、徹底した入域制限を取ってきた、台湾の最高峰・玉山を訪れました。

標高は富士山よりも高い3952メートル。登山中に見える壮大な景色をひと目見ようと海外の登山者からも人気の山です。
富士山とは自然や文化面など様々な分野での交流や協力の推進を目指す「友好山」提携を結んでます。

玉山とその周辺を管理する玉山国家公園管理処によりますと、現在の入域制限は自然環境を守るために設けられ、1999年から実施されているということです。

玉山の山頂に登るためには希望日の1か月前までに事前申請が必要で、現在はWEBからの予約申請が主流です。
登山者の数は1日ごとに厳密に決められていて、玉山山頂を目指す日帰り登山は1日60人、2つある山小屋の定員はそれぞれ116人と24人、合計で200人程度に制限されています。

山小屋の宿泊者は宿泊費用の先払いは必須です。

山小屋宿泊 倍率は8倍も

取材班が玉山のふもとの管理処を訪れたこの日は、1か月後の山小屋の宿泊者を決める抽選が行われていました。
山小屋の定員は116人に対して、申請者は946人、その倍率はおよそ8倍。

また、玉山の登山口の手前では、登山者が警察に提出する入山証を投函する様子や、本人確認をする姿が見られ、徹底した規制が行われていました。

事前申請のない状態で入山した場合は、罰金として3000台湾元(日本円でおよそ1万4000円)の支払い、さらに1年間は域内への立ち入り禁止措置がとられるということです。
管理処の副処長 バンガン・ハイバアンさん
「昔はそれほど多くの動物はいませんでしたが今ではツキノワグマやシカ、鳥を見ることができます。人が多すぎると、目に見えない生態系、動物や環境への被害が生じる可能性があるので制限はあった方がよいと思います」
登山者からは規制のおかげでストレスなく山登りを楽しむことができるなどと歓迎する声も聞かれました。
登山者の女性(20)
「現在の制限は良いことだと思います。人が減るとゴミも減るので環境にとって良い。登山者の安全性も確保されています」
一方で、10月のハイシーズンには、山小屋の宿泊予約の倍率が20倍以上にもなります。

「厳しすぎる」と入域制限の緩和を求める声も出ているといいます。
登山者の男性(30)
「事前予約から登山日まで半年かかったうえに、キャンセル待ちでの当選だったのでいつ登れるかわからない状態で不安でした」
登山ガイドの男性(39)
「適切な管理は必要だと思いますが、登山者が増えれば、地域経済の収入も増えると思います」

観光と自然 どう両立?

自然保護と観光の両立をはかるための制限をきっかけに、行政と事業者の対立が生まれているケースもあります。
沖縄県竹富町の西表島。

世界自然遺産にも登録され、去年は25万人あまりの観光客が訪れました。
近年は自然と触れ合う体験型の観光へのニーズが高まり▼観光客の集中によるフィールドの混雑や自然環境の劣化、▼観光に使われる場所が拡大し続けるなどの現象が起こっているほか、▼ガイド事業者が急激に増加し、質の低いガイドが出てきているなどの課題があったということです。

取材班は、マングローブに囲まれ、沖縄県で最大の落差を誇る「ピナイサーラの滝」がある観光客に人気の「ヒナイ川」を訪れました。
すると、多くの人が通ることで滝に向かう登山道の岩が踏み固められて削れたり、木の枝が踏まれて破損したりしている場所があったほか、滝の周辺では、ゴミが散乱している様子も見られました。

西表を守れ!「ガイド数制限」導入

こうした状況を改善しようとおととし12月に国の認定を受けた「西表島エコツーリズム推進全体構想」では自然体験型のツアーに利用できる場所を限定、1人のガイドや事業者が1日に案内できる観光客数の上限をエリアごとに定めています。
また、条例でガイドを免許制にした上でこうした制限に違反した場合、事業者名の公表や免許停止などの行政処分を科すなどの対策をとっています。
西表島で10年以上ガイドをしている山口幹さん
「人数制限で本来来るはずだった観光客が来ないことで損失はありますが、自然が壊れれば仕事の糧も奪われてしまいます。秩序をもった運営は必要だと思いますし、いまよりも自然を壊さずに、少し仕事に使わせてもらうという感覚で、その素晴らしさを観光客に届けるという行為が続いていけばいいと思います」

“規制の手法疑問” 訴訟も

一方で、一部のガイド事業者からは反発も出ています。

西表島などでツアー業務を手がけるガイド業者が、「職業活動の自由に制限を加えられている」などとして制限の取り消しなどを求める訴訟を起こしたのです。
訴えによりますと、多い時で1つのエリアで1日200人を案内していたところ、規制によって、案内客数が大幅に減少し、事業や雇用の継続が不可能になるとしています。

また、1つの事業者が案内できる上限に達した場合、それ以上の参加希望者をほかの事業者に回しているだけで、結果的に、フィールドに行く観光客の数は変わらず、自然保護につながっているか疑問だと主張しています。
会社の藤原弘太専務
「重要な資源である自然を守っていくという流れには賛成ですし、そのためにも制限は必要ですが、一律での制限は各事業者の事業規模が一切考慮されず、営業努力を続けてきた事業者ほど損失が大きくなるので、公平性を感じません」
西表島では、来年から特に利用が多いエリアなどについて1日に入ることができる観光客数の制限も始まります。
竹富町 自然観光課 高橋優人主幹
「観光客の急激な変動を抑制して、現状の利用のレベル以下に抑えるという意味では必要な取り組みだと考えています。世界的にも宝だと登録された町の財産である自然を適切に守りつつ、持続的に使っていくためにも、フィールドの状況を見ながら、ルールの内容が妥当なのか見定め、場合によっては見直しをかけていくことも含めて適切に管理していくことが重要だと思います」

“納得感のある規制を”

「オーバーツーリズム」対策として、「人数制限」や「入域制限」が広がっていることについて専門家に聞きました。
観光分野に詳しい 日本総合研究所の高坂晶子主任研究員
「オーバーツーリズムに対応し、環境を保全し、好転させることが、観光産業の維持につながることを粘り強く説得していく必要がある。一朝一夕に反発や抵抗を解決するのは難しいと思うので、事業者の納得や合意が得られるように話し合いを進めたり、段階的に規制を導入したり、特定の場所では規制する代わりに、他の地域で事業を支援するような取り組みが求められてくる」

「人数が減っても、以前と同じような収益が上げられるよう、事業者は高い付加価値をつけた観光商品を開発していく努力が必要だ。また、そうしたコンテンツ作りに対して、行政が支援していくことも重要だと思う」

「ニッポン観光新時代」求められるのは?

政府は「観光立国」を掲げ、2030年に訪日観光客6000万人、消費額15兆円を目標にしています。

インバウンドが回復し、地域経済にとっては、メリットも大きい観光需要。

一方で、各地で起こるオーバーツーリズムや環境破壊、そして地元住民とのあつれきなど、課題も浮き彫りになっています。

新たな時代を迎えたニッポンの観光。

それぞれの地域で、行政、事業者そして住民が「わがこと」として観光と街の未来を考える時期に来ています。

(7月6日「サタデーウオッチ9」で放送)
台北支局 カメラマン
小柳一洋
2009年入局 
甲府局、大阪局、映像センター、上海支局などを経て現所属
機動展開プロジェクト記者
岡本潤
2010年入局
岐阜局、鳥取局などを経て去年8月から現所属
機動展開プロジェクト記者
能州さやか
2011年入局
秋田局、新潟局、社会部を経て現所属
機動展開プロジェクト記者
芋野達郎
2015年入局
ネットワーク報道部を経て8月から現所属
機動展開プロジェクト記者
柳澤 あゆみ
2008年入局
秋田局、石巻報道室、カイロ支局などを経て現所属