山間部に人気のサーキット なぜ?

山間部に人気のサーキット なぜ?
今、福島県二本松市にあるサーキットに、世界中から多くの人が訪れています。これまで世界のおよそ50の国や地域から観光客が訪れるほどです。

何が彼らを魅了しているのか。

サーキットを密着取材すると、海外から訪れる人にとって魅力的なサービスや、サーキットをここまで育ててきた立役者の存在などが分かってきました。

(福島放送局ディレクター 渡邉龍)

噂のサーキットに密着取材!

取材初日、向かったのは、JR二本松駅から車で15分。山間部にあるエビスサーキットです。

36年前にアマチュアレーサーの練習場として誕生し、入場料を払えば誰でもサーキットを走ることができるそうです。
サーキットには日本人客だけでなく、海外からのお客さんが多く訪れていました。
「アイルランドから来ました」
「カナダからきました」
サーキットの人によれば、これまで世界のおよそ50の国や地域からお客さんが来ているとのことです。

このサーキットの年間来場者は3万人で、その1割を海外の人が占めているといいます。
なぜ人々はこのサーキットにやってくるのか?どんな魅力があるのか?

さっそく調査を開始しました。

【調査1】○○が世界でもトップクラスのサーキット

まず話を聞いたのは、チリからやってきたというグループです。

サーキットの魅力を聞いてみました!
チリから来た男性(写真右から2番目)
「たくさんのコースを持つサーキットは少なく、ここは世界でも最高のサーキットだ」
男性が教えてくれたのはコースの数が多いということ。
起伏が少なく比較的運転がしやすい「スクールコース」や激しい起伏が特徴で高いレベルが求められる「峠コース」など、全部で11個のコース(バイクなどのコースも含む)があり、この数は世界トップクラス。

サーキットの営業を始めた当初はシンプルなコースだけでしたが、客の要望に合わせて数を増やしていったのだといいます。

初心者から上級者まで、自分のレベルに合ったコースを楽しめるのが魅力なのだそうです。

【調査2】海外の人を楽しませる○○なサービス

取材を進めていると、カナダから来たという男性が興味深いことを教えてくれました。
カナダから来た男性
「運転していたのはレンタカーで、走りも最高だ」
このサーキットには、海外の人向けに車をレンタルするサービスがあるとのこと。

遠くから車を運ぶのが難しい海外の人にとっては、とてもありがたいサービスなのだといいます。

そのレンタル会社がサーキットの中にあると聞きつけ、向かうことにしました。
話を聞かせてくれたのは社長の樽見幸男さん。元々このサーキットの常連だったそうです。

5年前に車のレンタルサービスを始めました。
レンタル会社社長 樽見幸男さん
「車を持っていない人もいれば海外から車を送るのも難しい。海外の人のためにレンタルサービスを始めました」
車が無いために、せっかくサーキットに来ても他人の運転を見ているだけで終わってしまう、そのようなお客さんを見たときに思いついたサービスなのだそうです。

しかし、サービスを始めた2ヶ月後に新型コロナウイルスが流行。苦労があったといいます。
レンタル会社社長 樽見幸男さん
「正直2年間でお客さんはゼロ、もう全くいなかったです」
サーキットの運営会社から言われた「辞めないでほしい」という言葉が支えとなり、中古車販売などでなんとか経営を維持してきたといいます。
そうした努力により、今では「レンタルができる」という情報がSNSなどで徐々に広がって、年間300人の利用客がいるそう。しかもその100%が海外からのお客さんなのだといいます。

さらに、運転ができない人でも楽しめるサービスも立ち上げました。プロドライバーでもある樽見さん自らが運転し、レース気分を助手席で楽しめるプランです。

レース用の車を運転できなくてもサーキットでの走りを体験できるとあって、こちらも年間80人ほどの利用客がいます。そのサービスを私も体験させてもらいました。
渡邉ディレクター
「本当にすごい迫力で、ジェットコースターのような爽快感がやみつきになりました」
レンタル会社社長 樽見幸男さん
「お客さんが絶対に死ぬまで忘れないとか、本当にありがとうとハグをしてくれる。みんなのためにもっと頑張りたいと思います」

【発見】ある“競技”は、このサーキットが先駆けに

さらに取材を進めると世界中の人からサーキットが愛されるようになった理由には、ある日本人の活躍があったということが分かりました。

5月初旬、サーキットで“ドリフト”の大会が開かれました。世界各国から集まった70人の選手がドリフトの技術や軌道の美しさを競います。
「ドリフトとは?」
車の後輪を横滑りさせ、カーブを曲がる際に小回りを利かし、素早くカーブを曲がることができる走行テクニックのこと。
今、このドリフト技術に点数をつけて競い合う、“競技化したドリフト”の大会が世界中で開かれるなど盛り上がりを見せています。

実は、その先駆けとなる地がこの二本松にあるサーキットだったのです。

この競技の生みの親でもある、サーキットの社長、熊久保信重さんに話を聞きました。
熊久保さんは、プロのレーシングドライバーとして世界レベルの大会で優勝をするなど、ドリフト界ではレジェンドとして知られています。

そんな熊久保さんがドリフトに出会ったのは、1980年代後半。
熊久保信重さん
「一時期社会問題にもなりましたが、暴走族がそこら中の峠道などでドリフトをするのがはやっていた」
当時、一般の公道でドリフト走行などの暴走行為を繰り返す人達が社会問題になっていました。
そのような状況を見ていた熊久保さんは、公道ではなくサーキットの中でドリフトを楽しんでもらえないかと考えました。

そこで、日本各地にある走り屋が集まる場所を訪ねて、「サーキットに来て下さい、一緒に走りましょう」とチラシを配り歩いたといいます。
熊久保信重さん
「一番最初にサーキットとして“ドリフト族”と呼ばれる人たちに開放したのがうちだったんです」
何年もの間、暴走行為を繰り返す人たちの元へ通い、説得を続けて来ました。

そうした努力を重ねて、ドリフトを一般公道の危険走行からサーキットで行うレジャーへと転換させていったのです。

日本発祥のドリフト競技を世界にまで広めた!

さらに熊久保さんは“ドリフト競技”の魅力を広めようと、世界進出を考えました。
熊久保信重さん
「始めはアメリカにアポ無しで車を持っていって、実演した様子を録画したビデオを見せて、こういうドリフトを広めたいと車関係の会社を回りました」
ドリフトの魅力を広めるために、熊久保さんは世界25か国ほどを周り、ドリフト走行を自ら実演。

そのテクニックにほれ込んだ人が増え、徐々に“ドリフト競技”を楽しむ人口は増えていきました。

今では世界中で大会やイベントが開かれるまでになっています。
こうして、二本松市のサーキットはドリフト発祥の“ドリフトの聖地”として、海外の人たちが多く集まるようになっていったのです。

海外からの集客 地元の活性化につながるか

山間部にあるサーキットが、世界中から多くの人が訪れるようになった背景には、世界でもトップクラスの多彩なコースのほか、コロナ禍も乗り越え外国人向けのサービスを維持してきた人たちがいました。

そしてこのサーキットには、“ドリフトの聖地”となるまで心血注いで育ててきた立役者の存在がありました。

サーキット周辺の飲食店や宿泊施設では、サーキットにやってくる海外の人に、どう足を運んでもらい活性化を図っていくか、模索する動きもあります。

サーキットの社長の熊久保さんも積極的に地元の人々と交流を図り、「とがった町作り」をしていきたいと話しています。

この夏にも世界規模の大会が予定されており、さらなるサーキットの賑わい、周辺施設の盛り上がりが楽しみです。

(5月24日、6月6日「はまなかあいづTODAY」で放送)
【福島局で制作した記事はこちら】
福島放送局 ディレクター
渡邉龍
2022年入局 仙台局を経て現所属。
実家は自動車修理工場 免許はAT限定。