「退屈」と言われるけれど 英労働党スターマー党首どんな人?

「退屈」と言われるけれど 英労働党スターマー党首どんな人?
14年ぶりの政権交代が現実味を帯びているイギリスの総選挙。

最大野党・労働党が議席を倍以上に増やし、単独過半数を獲得するという分析も出ていますが、その労働党の党首は誰か、ご存じですか?

みずからを「労働者階級」と称するキア・スターマー党首(61)。

「次の首相に最も近い男」はいったいどんな人物なのか。詳しく解説します。

(ロンドン支局長 大庭雄樹)

人権派弁護士から政界へ

4年余りにわたって労働党を率いるスターマー党首。

新型コロナ対策の規制下、首相官邸でのパーティーに参加していたジョンソン元首相や、経済の混乱を招いたトラス前首相の政策など、保守党政権の不祥事や失政を厳しく追及してきました。
その手腕を磨いたのは、法廷でした。

主に人権問題を扱う弁護士として国や大企業を相手取った訴訟で活躍したあと、2008年、検察局長に就任。

政治への信頼を揺るがした議会の不正経理問題で与野党の議員を起訴するなど、刑事司法への貢献が評価され、当時のチャールズ皇太子から爵位を授けられました。
政治家への転身は2015年。

労働党の候補者としてロンドン中心部の選挙区から立候補し初当選すると、当時のコービン党首のもと「影の内閣」※でEU離脱担当相などを務めました。
「影の内閣」
短期間での円滑な政権交代を可能にするため、最大野党の中に設けられる組織。党首が、財務、内務、外務など、そのときの内閣とほぼ同じ陣容で特定の政策分野を担当する議員を選び、「影の内閣の閣議」を毎週開いて政権の政策を検証したり、党としての政策を作成したりする。

「つまらない」リーダー?

弁護士時代に知り合った妻との間に2人の子どもがいるスターマー氏。趣味はサッカーで、イングランドプレミアリーグで冨安健洋選手が所属するアーセナルの熱烈なサポーターとしても知られています。

しかし規則に厳しく、派手なパフォーマンスは好まないため、イギリスのメディアから「政治家としておもしろみやカリスマ性がない」などと揶揄されることも。

今回の総選挙を前にイギリスの新聞が行った、2大政党の党首のイメージ調査では、「最も裕福な国会議員の1人」などと言われるスナク首相は「現実が分かっていない」という評価が最も多くなっています。

一方のスターマー党首は「つまらない」、次いで「決断力がない」という表現が当てはまると、多くの人が回答していました。
実際にロンドン中心部で、市民にスターマー党首の印象を聞いてみても「少しとっつきにくくて退屈なイメージ。魅力的な人には見えない」とか、「まるでロボットだ。毎朝誰かにプログラミングしてもらっているんじゃないか」などといった辛口な意見が聞かれました。

原点は「庶民の住宅」

スターマー氏の父親は工具職人、母親は看護師で、4人きょうだいの2番目。姉が1人、下に双子のきょうだいがいます。

両親は労働党の支持者で、名前の「キア」は、党の創設者の1人で初代党首を務めたキア・ハーディにちなんで付けられたとも報じられています。
その原点となっているのが、少年時代を過ごしたイギリス南部サリー州の家です。

訪ねてみると、一軒家を左右対象に中央で区切った、典型的な「庶民の住宅」でした。
家庭は裕福ではなく、支払いが滞って電話を止められたり、サッカーボールで割れた窓ガラスに板を打ちつけてふさいだりしたこともあったと言います。

そんな中、スターマー少年は毎朝6時前に起きて犬の散歩と楽器の練習を欠かさず、勉強とスポーツにも打ち込みました。隣家の男性は、その姿勢に感心したと言います。
隣家の男性
「子どもが4人いたから、結構騒がしかった。キア(スターマー氏)は朝早く、学校に行く前にフルートを練習していた。とにかく勉強熱心な子だった。努力したから、今のようになれたんだ」

人格を形成した家庭環境

スターマー氏の母親のジョーさんは、スティル病という難病を患っていました。

何度も命の危機に陥り、そのたびに父親が病院に緊急搬送しましたが、スターマー氏は「母の勇気と生きようとする強い意志に大きな影響を受けるとともに、NHS(イギリスの公的医療サービス)への感謝を抱くようになった」と振り返ります。
また、弟には学習障害がありましたが、スターマー氏が弟を周りの子どもたちのいじめから守る役目を果たしていました。

スターマー氏を25回インタビューし、ことし本を出版したジャーナリストは、こうした家庭環境がその性格、そして世の中の不平等や不公正を正さなければならないという使命感を培う土台になったと指摘します。
トム・ボールドウィン氏
「家の中でスターマー氏が感情を表に出すことはありませんでした。母親は病院に行ったまま帰ってくるか分からなかったし、父親は寡黙な人で、妻の看護を最優先に考えていました。
スターマー氏は自分のことについて話さず、友人を呼ぶこともなく、ずっと押し黙り、身構えていたんです」
それでも、勉学に励んだスターマー氏は一家で初めて大学に進学。リーズ大学、そしてオックスフォード大学の大学院で法律を学びました。
母親のジョーさんは、スターマー氏が議員に初当選する直前の2015年に亡くなりました。
ボールドウィン氏
「スターマー氏は両親のことを話している最中、涙を流していました。人に話すのは初めてだったんです。それは感情表現に慣れていない岩のような人間から、感情を掘り出すような作業でした。
彼が政治家として試練に直面したとき、脳裏をよぎるのは母親のことです。彼女があれほどの痛みを乗り越えられたんだから、自分も必ず立ち向かえると」

「万年野党」を変革

2020年、労働党の党首となったスターマー氏。

10年間で4回の総選挙に敗れ、政権から遠ざかる中、再び「政権を担える」党にするための変革に着手しました。
大学の無償化やエネルギー・水道の国有化といった党の伝統的政策を放棄するとともに、反ユダヤ主義とされたコービン前党首の党員資格を停止するなど、急進左派だった党のイメージを中道路線に回帰させたのです。

意識していると言われるのは、1997年の総選挙で保守党から政権を奪還したブレア元首相です。
ブレア元首相は、自由主義経済と福祉政策の両立を目指す「ニューレイバー(=新しい労働党)」を掲げ、幅広い有権者の支持を獲得しました。

今回の総選挙でも、スターマー党首は「経済成長」を公約の柱に据えています。

さらに、住宅不足の解消や公的医療サービス(NHS)の待ち時間削減など、多くの国民が抱える不安に向き合う姿勢を強調しています。
スターマー氏
「敗れた過去4回の総選挙について、徹底的に検証した。私たちは最も大事にしなければならない、働く人々からあまりにも遠く離れてしまっていた。
目指すべきは、働く人たちのための富の創出と経済成長だ。多くの人が『労働党政権は増税か歳出削減しかできない』と言うが、決してそんなことはない」

「積み木で家を建てる」首相に

「彼は積み木をコツコツ積み上げていくタイプの政治家です。人が積み木をいじっているのを見るのは退屈ですが、みんなが目を離している間に、彼は家を完成させるでしょう」
本を執筆したボールドウィン氏は、スターマー党首はこれまでの多くの政治家とはタイプが異なると指摘します。
ボールドウィン氏
「スターマー党首が持っているのは政治的イデオロギーではなく『人のために奉仕し、義務を果たし、敬う』という、イギリスの一般的な価値観だと思います。彼にとっては、とにかく物事を成し遂げることが大事なのです。
私たちの政治は近年、壮大な見せ物と化してきました。ただスターマー党首が追求しているのは、人々が普通に暮らしていけるような政治です。金切り声を上げ、感情的、劇的にならなくても、国を成功に導ける政治です」
巧みな演説やユーモアとは無縁のスターマー党首。

しかし、派手な演出や空約束ばかりの政治に裏切られてきたという国民の思いが、いまスターマー党首率いる労働党への追い風となっています。
(7月4日 国際報道2024で放送予定)
ロンドン支局長
大庭 雄樹
2000年入局 札幌局 スポーツ部 アメリカ総局などを経て2022年8月から現所属
幼少期をロンドンで過ごしイギリスの学校給食で味覚の幅を広げた