“おもてなし”の価格は? インバウンドで価格設定に変化

“おもてなし”の価格は? インバウンドで価格設定に変化
外国人観光客向けのサービスや商品の「価格設定」に変化が起きています。

「外国人の要望に応えるために人件費がかかる」
「地元の客を大切にしたい」

歴史的な円安で外国人観光客と日本人で価格に対する捉え方が異なる中、日本の文化と言われる“おもてなし”はどうあるべきか?

物価高騰で価格をあげると日本人客が離れていくという心配も抱え、どの客にも納得してもらう価格をさぐる経営者の苦悩が見えてきました。
(京都放送局・機動展開プロジェクト・社会部)

日本でどのくらい使ってる?

観光客で人気の東京タワーで、日本でどのくらい消費しているのか聞いてみると…。

(※取材日2024年6月24日※ 円・米ドル換算1ドル159円、円・ユーロ換算1ユーロ171円、円・オーストラリアドル換算1豪ドル106円)
アメリカ人観光客
「Q.どれぐらい使ったの?
 A.いっぱい。きのうで500ドル使った(約8万円)」

スペイン人観光客
「1万2000ユーロで(約205万円)京都・大阪・箱根・富士山にも行く」

オーストラリア人観光客
「2週間で5000(オーストラリア)ドル使う(約53万円)」
日本の商品やサービスの価格について聞いてみると…。
アメリカからの観光客
「本当にとっても安いわ。洋服も買ったし。入場料も手ごろだわ」

シンガポールからの観光客
「シンガポールドルやオーストラリアドルと比べて日本円は安い。友達の多くも日本へ来ている。お得だからね」

「宿坊」の高価格スイートルームに人気

記録的な円安が続く中、外国人観光客の人気を集める場所があります。

世界遺産登録からことしで20年となる和歌山県の高野山。寺院に宿泊できる「宿坊」に変化が起きています。
コロナ禍に、ヘリコプターを使ってでも訪れたいという富裕層の外国人観光客から要望を受けたことなどをきっかけに、2年前に大規模な改修を行いました。

一般的な宿坊ではトイレや風呂は共用となっていますが、個室にトイレや風呂を備え付け。さらに畳に布団を敷くのではなく、ベッドルームが設けられています。

一般の参拝者向けの部屋はおよそ1万8000円ですが、異例の1人あたり1泊およそ10万円の「スイートルーム」。この部屋の人気を受けて、ことし4月には新たに「ジュニアスイート」を2部屋設けました。1人あたり1泊およそ8万円で、屋根付きの露天風呂もあります。

高価格ですが、スイートルームの予約は外国人観光客が多く、ことし秋ごろまで埋まっているといいます。
食事にも配慮しています。

宿坊の食事と言えば、肉や魚を使わない精進料理。5年ほど前からアレルギーを心配する人に配慮した新たなメニュー「グルテンフリー精進料理」を用意し、希望する宿泊者に提供しています。

小麦粉を使わない「グルテンフリー精進料理」では、例えば、野菜の天ぷらは素揚げに変更したり、小麦粉を使っていないしょうゆを使用したりして、外国人観光客のニーズに対応できるようにしているということです。
さらに、ほとんどのスタッフが部屋の案内などを英語でできるよう研修。

留学経験があるなど、英語が話せる僧侶も3人いるため、毎朝本堂で行われる「勤行」や、燃えさかる炎を前にした「護摩祈とう」など、伝統的な儀式の流れや祈とうのしかたを僧侶が英語で説明しています。
ニュージーランドから訪れスイートルームに宿泊した夫婦
「宿泊施設の質が非常に高く、驚いていますし、食事もとても素晴らしく、良い経験になりました。高価ですが、それだけの価値があったと思っています。ここでの宿泊が旅のハイライトになりました」
恵光院 近藤説秀住職
「通常の小さな部屋から大きな部屋までありますので、一般の参拝客の方はもちろん、いろんな方々に泊まっていただければというふうに思っています。何十年も続いてきた宿坊の価格を値上げをするときは、最初は少し抵抗がありましたが、持続可能な日本の文化を残していくには、しっかりとお金を頂くことも大切かと思います。お寺を綺麗に直したりとか、後世に残せるように使っていけたらと思っています」

お箸サービスで3000円“極上ラーメン”

地元の名物料理に付加価値を持たせることで、外国人観光客を地方に呼び込もうとする試みも始まっています。

ラーメンで有名な福島県喜多方市は、市が旗振り役となり、一杯3000円の“極上”ラーメンを市内の店舗と連携して開発しました。
外国人観光客に喜多方ラーメンの“凄さ”を伝えようと、商品名は「SUGOI」。

チャーシューは喜多方の希少なブランド牛の会津牛、海苔は地元の染め物などで使われる特殊な型を使用し、伝統の柄をつけたこだわりのラーメンです。
食器に地元の職人が作る伝統の漆器を使用し、漆塗りの特製ラーメン箸のプレゼントを付けています。

喜多方市に多く来訪する台湾人をターゲットに、地元インフルエンサーとも協力しながら、SNSも活用して情報発信していきたいとしています。

京都の老舗料亭は選べるコースに差

地元の客も大切にしたいと価格設定に差をつけた飲食店もあります。
世界的なレストランガイド「ミシュランガイド」で15年連続で3つ星を獲得するなど、京都を代表するこちらの料亭。

外国人観光客が増加したことを受け、去年から、外国人と日本人とで選べるコースに差をつけています。

最も手ごろな1万4300円のコース料理の提供を日本人客に限定。

外国人客が注文できるコースは3000円以上高い1万7600円からに設定しました。
その理由について尋ねると、外国人観光客向けに英語で料理を説明する接客担当を雇用していることや、食材へのリクエストに応じて特別な献立を提供しているケースも多く、日本人客に比べてコストがかかるためだとしています。
「菊乃井」主人 村田吉弘さん
「多くの外国人観光客に来てもらい、食を通じて日本文化を理解してもらうことは歓迎したいけれども、外国人観光客にかかるサービスコストを日本人客に負担してもらう訳にはいきません。これからも地元のお客さんに慶事などの特別な機会に利用してもらえるような価格を維持するためにも、価格の別設定は必要です」

外国人に人気 でも“二重価格”導入は断念

外国人観光客から人気を集める一方で、日本人客が離れていくことへの懸念から高価格帯に踏み出せない店もあります。
京都・祇園でうどんなどを提供しているこちらの飲食店は、築100年以上の古民家を改装して6年前にオープン。

昆布やかつお節などからとった「だし」に世界各国のスパイスやハーブを組み合わせた創作うどんが人気で、客の大半が外国人という時間帯もあるほどです。
オープン以来3度の値上げを行い、現在はいずれのメニューも1500円前後で提供していますが、原材料費や光熱費、それに人件費の高騰で、さらなる値上げは避けられない状況です。

これ以上の値上げは日本人客が離れてしまうおそれがあり、簡単には踏み切れません。
新型コロナウイルスによる自粛要請などを経験し、地元の客を大切にしなければとの思いが強いという店主。円安の恩恵を受ける外国人観光客への影響はそれほど予想されないことから、日本人より外国人の価格を高く設定する「二重価格」の導入を検討しました。

しかし、なぜ値段に差をつけるのかと理由を尋ねられたときの説明の難しさや、国籍を確認する際の煩雑さなどから断念しました。

その代わりに導入を検討しているのが「リピーター割」。全体を値上げした上で、再来店した客を対象に国籍を問わず割り引きする仕組みです。

これであれば、日本人客が離れることを防ぎ、価格差も「常連客へのサービス」という理由で説明できるのではないかと考えています。
「ウドン メーン」店主 深田周平さん
「コロナ禍では開店休業状態だったので、外国人観光客が安定して訪れている今は安心しています。しかし、再びあのような非常事態が起きてインバウンドがゼロになると経営が厳しくなる。値段をどう設定していくかは難しい問題です」

“二重価格” 賛否は?

価格に差をつける“二重価格”について、東京タワーを訪れていた外国人観光客に「賛成か反対か」聞いてみると…。
ハワイからの観光客
「二重価格のようなものはある。ハワイだと在住者向けの価格と旅行者向けの価格がある」

オーストラリア人観光客
「値上げしたら地元の人が困るだろうから、二重価格はいいアイデアだ」

スペイン人観光客
「今は安いので、それが気に入っている」

アメリカ人観光客
「観光客用に価格を上げたら来る気がなくなる。不公平だと感じる人もいると思う」
この日東京タワーを訪れていた外国人観光客30人に聞いた結果は、賛成が14人、反対が15人でした。

説明できる価格設定を

複数の専門家に取材すると、同じものを外国人と日本人で差をつける単純な“二重価格”については、慎重な声が聞かれました。
第一生命経済研究所 熊野英生首席エコノミスト
「より高い品質のものをより高い価格で提供することで利益を出し、それを従業員にも還元していくことが、好循環を支える柱になると期待される一方で、同じ品質のモノに2つの価格設定をして、外国人は高いほうしか買えないというのは、差別的な扱いになってしまう。売り手は買い手に対して説明責任があり、なぜそうなっているのか、公平に、わかりやすい形にすることが非常に重要だ」
観光政策に詳しい 城西国際大学 佐滝剛弘教授
「途上国などでは国籍だけで価格設定を変えている二重価格の事例はある。民間の店は外国人と日本人で価格設定を変えても客が納得していればよいが、公共施設で実施した場合は、国としての姿勢と受け止められかねない。日本が政府として外国人観光客を誘致する一方で、いざ来てみたら外国人観光客だけ高いとなると、世界にどのようなメッセージとして伝わるか考える必要がある。価格設定を変える場合、誰が聞いても分かりやすい理由が必要だ」
観光政策や税制に詳しい大東文化大学 塚本正文教授
「民間企業は利潤を最大化するために動く。民法にも契約の自由があり、買い手と売り手が納得していれば価格設定はいくらでも問題ない。一方、自治体による公共施設は本来、営利目的ではないため、外国人だから高くするということは理由がつかないのではないか」

取材後記

取材した専門家からはこんな声もあがっていました。

「オーバーツーリズムの弊害ばかりに注目が集まり、外国人観光客が“お客様”ではなく“迷惑客”とみる論調も一部で見られるようになっている」

「日本より物価水準の低いところから訪れる外国人観光客、決して裕福ではない学生もいることを忘れてはならない」

京都の老舗料亭の主人に、外国人の富裕層向けに特化して全体を値上げする意向があるかを尋ねると、「店や店の文化を継続させていくことが大事であり、今だけ儲けられればいいとする考えはウチにはない」ときっぱり答えました。

従来の地元客を大事にしながら、消費意欲の高い外国人観光客にも喜んでもらうにはどのようなサービスや値段設定が望ましいのか。こうした問いに直面していると感じました。

(6月24日「ニュースウオッチ9」で放送)
京都放送局記者
松田尚人
1994年入局
初任地は大津局
主に文化芸術宗教を取材
機動展開プロジェクト記者
能州さやか
2011年入局
秋田局、新潟局、社会部を経て現所属
社会部記者
間野まりえ
2011年入局
京都局・甲府局を経て現所属
社会保障や環境問題を取材
社会部記者
後藤駿介
2016年入局
福島局・松山局を経て現所属
厚生労働省の労働分野を担当