空港の“地上業務”に密着 航空機の運航支える職人技

空港の“地上業務”に密着 航空機の運航支える職人技
航空機が空港に到着してシートベルトランプが消えると、乗客は荷物棚を開けて降りる準備を始めます。

荷物を航空会社に預けた人は、早く受け取りたいと考えることも多いと思います。

その裏側で、「グランドハンドリング」、通称「グラハン」と呼ばれる、空港の地上業務につく人たちの戦いが始まります。

安全でダイヤ通りの運航を支える「グラハン」職人たちの驚くべき技と、離職が続く厳しい現状についてお伝えします。

(大阪放送局 関西空港支局 記者 高橋広行)

鍛え抜かれた動き

この日、関西空港に到着したのは台湾からの航空機。

それを「グランドハンドリング」と呼ばれる業務につく人たちが待ち構えています。

1チームは5人~8人で構成。
○機首の先にいるのは、両手に持った赤色灯でパイロットに合図を送り、停止位置に導く「マーシャラー」

○主翼の下には、ほかの機体や障害物に当たらないよう監視する「ウォッチマン」

○搭乗橋を操作してドアに近づける「ブリッジマン」

○機体に配線をつないで、パイロットとやり取りをするのは「インターホンマン」と呼ばれています。
搭乗橋が取り付けられると、ベルトコンベヤーやリフトがついた特殊な車や小回りのきく牽引車(タグ車)が、機体を取り囲むように集まってきました。

スタッフたちは手際よく機体の貨物室に入り、スーツケースやコンテナを降ろしていきます。

すべて降ろしたところで、ちょっと休憩…する訳にはいきません。

目の前の航空機はすぐに次の目的地に出発しなければならないからです。
新たな荷物やコンテナを載せ終わると、50トンもある車を運転して、航空機を出発に向けて押し出すのが「トーイングマン」です。

こうした一連の作業は、50分から1時間程度で終わらせなければなりません。

1つのチームで、これを1日に5回、多い時には8回もこなします。

さらに、特殊な車はすべて性能や操作方法が異なるうえ、航空機も種類によってさまざまな特徴があることから、1人で30以上の資格を持っている人もいます。

空の仕事に憧れて・・・

関西空港を拠点にするグランドハンドリング会社で働く山口寛人さん(30)。

子どものころから専門誌を読みあさるほど、大の「航空ファン」だった山口さんですが、地元の大学を卒業をしたあと、航空会社への就職はかなわず、いったん大阪空港近くの自動車販売店で働き始めます。

ところが、「空」が気になって仕方ありません。

午前10時半になると、山口さんが好きな「ボーイング777-300型機」が店先からよく見えたからです。

空を見つめる山口さんの姿を見たお客さんから「そんなに好きなら空港関係の仕事に就いたら?」と言われたのがきっかけで、この業界に入りました。

「この仕事に就いて、はじめは体力的にきつくて、先輩たちについていくのがやっとでした」と振り返る山口さん。

仕事の魅力について聞くと…
Kグランドサービス 山口寛人さん
「お客さんやパイロットに手を振って航空機を見送るのも好きですが、機種ごとに全く違うエンジン音を誰よりも近くで聞けるのが快感なんです。エンジンのパワーが上がるのは、自分たちの役割が終わってちゃんとバトンタッチができたぞという証でもあります。ほかにも、1時間遅れで到着した航空機を45分で送り出せた。それが全国の空港で積み重なって、夜にオンタイムで到着できた時は、全国のグラハンとつながれたことを感じられて、『いいなあ』と思いますね」

職人技の数々

グランドハンドリングの現場をじっくり観察していると、数え切れないほどの職人技を見ることができます。
例えば、貨物を載せる台車どうしを連結させるとき。

貨物が乗った台車を、バックで別の台車に近づけていき、台車の先にある小さな穴を重ね合わせます。

しかし、台車の上には貨物が載っているので、どちらの穴も運転席からは見えていないのです。
山口さんは経験と勘を頼りに2つの穴をピタリと合わせました。

コツを聞くと、胸の部分を指さしながら、こう答えました。

「いやいや、あれって、ちゃんと見えてるんですよ。ここで」
旅や出張に欠かせないスーツケースの積み方にも技が光ります。

比較的小さい機体では、貨物室にコンテナが入らないため、荷物は手作業で運び込まれます。

大きさや形がバラバラな荷物を隙間なく積み上げることで、飛行中に崩れないように固定していくのです。

積み上げていく様子は、パズルゲームそのものです。
私は航空取材に関わって6年目になりますが、「グラハン」について、初めて知った仕事もありました。

その名は「ブレーキマン」

ちょっと不思議な名前ですが、職場は普段、パイロットが座る航空機の操縦室です。

航空機は次のフライトまでに時間がある場合、トーイングカーでターミナルから離れた場所に移動させます。

移動中、トーイングカーと航空機の連結が外れてしまうという、万にひとつの事態に備えるのが「ブレーキマン」の仕事です。

走行中、機体に異常がないか、計器類をチェックしたり、管制官の指示が飛び交う航空無線にも耳をすませたりするため、山口さんの会社では、特別な資格を持ったベテラン社員だけがこの役割をこなすことができるのです。

新たな技の習得も

中堅社員として期待されている山口さんは5月から新たな技の習得に取り組み始めています。

航空機をけん引したり、出発に向け押し出したりする「トーイング」です。

かねてから山口さんが希望していた業務で、研修は、航空機に見立てた5メートル余りの鉄骨とトーイングカーをつないで、ひたすら押したり引いたりすることから始まりました。

やる気をもって車に乗り込んだ山口さんでしたが、とたんに頭を抱えました。

簡単に見える、「まっすぐ押す」だけの作業が思うようにいかないのです。

トーイングカーは、直接、航空機につなげられないため、鉄の棒で連結させます。このため、支点(軸)が2つになります。

トレーラーに例えれば、コンテナが2つながれているようなもので、通常の牽引車とはまったく異なる操作感覚を身につけなければなりません。
特訓を経て、2週間後、山口さんは、いよいよ本物の航空機を押すことに。

ただし、3日間の実機の訓練は、どの日も午後6時から始まりました。

運航を終えたあとの航空機を航空会社から借りるため、訓練は夜間に行わざるを得ないのです。

訓練が終わるのは夜10時すぎ。

それでも、一連の研修によってモチベーションが高まったといいます。
山口寛人さん
「トーイングの仕事は“重み”が違います。飛行機自体の重さも感じますが、仲間が載せた貨物、何よりお客様の命を押しているので、とにかく重いし、感じるプレッシャーも大きいです。でも、会社が限られた研修枠を割りふってくれたことを思うと、やる気は2倍3倍です。少しでも上を目指そうと思います」
山口さんは、貨物の積み降ろしなど、通常の業務にもあたりながら、少なくとも3か月かけて「トーイングマン」としても独り立ちを目指すことになります。

コロナ禍で離職が加速 中核人材までも…

日々の運航を支える「グランドハンドリング」。

しかし、いま大きな問題を抱えています。

それが人手不足です。

中でも経験豊富なベテラン社員の離職が続いているのです。
山口さんの会社では、2019年に関西空港でおよそ300人の社員が働いていましたが、いまは240人に。

このうち、現場リーダーを務められる社内資格(ロードマスター)を持つ人も81人から67人に減ってしまいました。

この会社が取り扱っている便数はまだピーク時の7割程度までしか回復していません。

本来なら体制に余裕があるはずですが、中核の人材が去ったこともあって、業務の兼任や残業で何とか対応しているのが実情です。

海外の航空会社が増便や新規就航する際は、人員が薄くなる時間を割けて運航してもらうよう相談するケースもあるといいます。
背景の1つとされているのが、待遇面です。

国土交通省が全国のグラハン会社から聞き取った、2022年の社員の平均給与は326万円でした。

建設業やトラック運送事業(大型トラック)の平均と比べても120万円ほど下回る水準です。
これには業界ならではの事情があります。

グラハン会社の主な売り上げは、国内外の航空会社から支払われる「受託料」です。

ただ、2010年に日本航空が経営破綻し、事業を大幅に縮小したことをきっかけに、グラハンの外注化が進みました。

さらに新規参入が相次いだことで、激しい価格競争が発生。

長年、受託料が抑えられ、賃上げがしにくい構造となってきました。

こうした事情から、もともと離職率が高い職場であったものの、「空港で働きたい」という若者も多かったため、業界では、毎年まとまった数の新規採用ができていました。

ところが、新型コロナの感染拡大によって便数が激減。

グラハン会社の社員の残業代も減りました。

業界の先行きへの不透明感もあり、若手だけでなく、多くの資格を持つ熟練の社員たちも会社を離れてしまったのです。

専門学校などからの就職希望者も減り、募集をしても人が集まりにくくなったといいます。

待遇改善の動きも…

より切実となった待遇の改善。

山口さんの会社では、この4月、いまの会社としては過去最大となる賃上げに踏み切ったほか、初めて一時金も支給しました。

ただ、会社は、人材をつなぎとめるためには、継続的な待遇改善が必要だと考えています。
グランドハンドリング会社 関西支店 世古益宏 支店長
「待遇面の改善は図っていますが、まだまだだと思っています。さらなる底上げを図って、それ自体も魅力につなげていかないといけない。それと同時に、中核人材の離職を受けて、幅広い業務ができる、マルチな人材育成も強化していかないといけない。将来のことを考えれば、コロナ禍よりもいまが一番の踏ん張り時です」

グラハン業界に変化も

過度な競争によって厳しい環境に置かれてきたグラハン業界ですが、変化も起き始めていると業界関係者は明かします。

海外の航空会社は日本人気や円安を背景に、増便や新規就航を進めたい一方、グラハン側の受け入れ能力は限界に達しているのです。

これによって、グラハン側が「この価格では仕事は受けられません」と言える立場となり、その結果、航空会社から支払われる受託料が上がってきているといいます。

受託料が上がれば、待遇改善のための原資がより生まれていきます。

こうしたパワーバランスの変化によって、継続的な待遇改善につながるのかが業界の人手不足の現状を左右することになりそうです。

国の検討会 “やりがいの搾取”の改善を

国土交通省もグラハン業界を取り巻く環境を改善しようと動き始めています。

グラハン業界の持続可能性を検討する有識者の検討会を去年、設置。

検討会では「“やりがいの搾取”を続けているような現況は一刻も早く改善していかなければならない」と厳しい指摘をした上で、特定技能をはじめとする外国人人材のさらなる活用をはじめ、「メリットを享受している空港会社や自治体などと需要変動のリスクを分散する仕組みづくりが必要だ」などとする提言をまとめています。

さらに、ことし4月から「グランドハンドリング戦略企画調整官」というグラハンに特化した担当者を新たに配置しました。

旧運輸省も含めた国土交通省の歴史の中で「グラハン」の名を冠した役職ができるのは初めてだといいます。

国の「本気度」も問われることになっています。

取材後記

一連の取材で、誰もが口をそろえていた言葉があります。

「この仕事について、世の中の人たちに知ってもらいたい」。

私たちが利用する航空機の窓から見ることはできますが、その実像はあまり知られてきませんでした。

今は当たり前のように受けられているサービスが、このままでは当たり前ではなくなってしまう可能性を、私たちも考える必要があると感じました。
(6月27日「ほっと関西」で放送 ↓↓7/4(木) 午後6:59 まで配信中↓↓)
大阪放送局 関西空港支局 記者
高橋広行
2006年入局
羽田空港、成田空港担当などを経て2023年から関西空港支局