トランプ氏のお株奪う?バイデン大統領なぜ異例の対応?

トランプ氏のお株奪う?バイデン大統領なぜ異例の対応?
「私は史上もっとも労働組合を大切にする大統領だ」

こう訴え、 労働者を守るためならと、トランプ氏のお株を奪うような保護主義的な政策すらも打ち出すバイデン大統領。

ストライキの現場も訪れるなど、現職の大統領としては異例の行動で、労働者に寄り添う姿勢を鮮明にしています。

背景に何があるのか。過去2回の大統領選挙でいずれも大接戦となり、今回も最も注目される州の1つ、東部・ペンシルベニア州で取材しました。

(ワシントン支局・小田島拓也)

得票率の差、わずか1ポイント未満の激戦州

ペンシルベニア州は、もともと製造業が盛んで、労働組合の影響力が強い州です。

1992年以降の大統領選挙では、組合からの支持を得て、民主党の候補者が勝利してきました。
しかし、前々回、2016年は、トランプ氏が得票率わずか0.7ポイントという差でヒラリー・クリントン氏を制しました。

その原動力となったのは、トランプ氏の「雇用を取り戻す」という訴えでした。

鉄鋼業で栄えるも中国の台頭で衰退

州の主要都市ピッツバーグは、全米の鉄鋼業の中心地です。

しかし、アメリカの鉄鋼産業は、中国などの安い製品の流入によって国際競争力を失い、次第に衰退。労働者の間で雇用や先行きへの不安が高まっています。

「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ氏は、大統領在任中の2018年には、中国製の鉄鋼やアルミニウムに関税を課す措置を導入しました。

バイデン氏 トランプ氏のお株を奪う保護主義でアピール

「中国製の鉄鋼とアルミニウムの関税を3倍に引き上げるよう指示した」
ことし4月、バイデン大統領は、ペンシルベニア州にある鉄鋼業界の労働組合の本部を訪れ、中国製の鉄鋼とアルミニウムに課している関税をいまの3倍の水準に引き上げる意向を表明。

自らを“タリフマン”(=“関税男”)と称したトランプ氏のお株を奪う政策を打ち出したのです。

中国政府の補助金政策などによって過剰に生産された製品が輸入され、アメリカ国内の産業に打撃を与えているという理由からでした。

USスチール買収めぐる異例の表明も

鉄鋼産業をめぐっては、日本製鉄によるUSスチールの買収計画も大きな波紋を呼んでいます。

USスチールは、ペンシルベニア州に本社や生産拠点を置き、1世紀以上の歴史を持つ、アメリカ製造業の象徴的な存在です。
計画の発表後、トランプ氏はすぐさま「ひどい話だ。私なら即座に阻止する。絶対にだ」と述べ、大統領に再び就任した場合には、買収を認めない考えを明らかにしました。

このおよそ1か月半後、今度は、バイデン大統領が「USスチールは国内で所有、運営されるアメリカ企業であり続けることが不可欠だ」とする声明を出し、日本製鉄による買収に否定的な考えを示しました。

外国企業による買収は、安全保障や日本の独占禁止法にあたる観点から審査が行われていますが、この審査結果が出る前に現職の大統領が態度を表明するのは、異例中の異例です。

市民や労働者の受け止めは

トランプ氏と同様の発言や政策を相次いで打ち出し、労働者へのアピールするバイデン氏。

市民や労働者からは、その判断を支持する声が多く聞かれます。
ピッツバーグ市民
「USスチールはピッツバーグの街の基礎であり会社とともに街は成長してきた。買収を阻止するバイデン大統領に100%賛成する」
全米鉄鋼労働組合員
「バイデン大統領がサポートしてくれることは我々にとって大きな意味がある」
USスチールの社員約1万1000人が加入し、全米で120万人のメンバーを抱える全米鉄鋼労働組合もバイデン大統領を正式に支持することを明らかにしています。

激戦州ペンシルベニアを舞台に、なりふり構わぬ姿勢を見せるバイデン氏の戦略は、いまのところ功を奏していると言えそうです。

トランプ氏はエネルギーで攻勢

一方、トランプ氏は、ペンシルベニア州のもう1つの基幹産業、天然ガス・石油産業に攻勢をかけています。
「ペンシルベニア州は石油とガスの一大産地だが、バイデンはペンシルベニアの雇用や生活を危険にさらしてなんとも思っていない。彼の関心はグリーン政策だけだからだ」
トランプ氏がやり玉にあげるのは、気候変動対策を最優先課題と位置づけ、再生可能エネルギーの推進などを積極的に進めてきたバイデン政権のエネルギー政策です。

バイデン政権が打ち出している原油パイプライン建設の認可取り消しなど、一連の対策についてペンシルベニア州の産業や雇用に打撃を与えていると批判しています。

特に焦点となっているのが、ことし1月に発表したLNGを新たに輸出する際の許可の一時凍結です。環境への影響について調べるためとしていますが、業界からは強い反発の声が上がっています。
ペンシルベニア州のエネルギー産業は、かつては石炭が中心でしたが、環境問題への関心の高まりから、比較的環境負荷の小さい天然ガスの生産が急増。いまでは、関連産業を含め、42万人余りが従事していると試算されています。

天然ガス生産量 全米最大の企業は

ペンシルベニア州に本社を構える「EQT」は天然ガスの生産量が全米最大の企業。世界で天然ガスの需要が高まる中、LNGの輸出拡大を検討しています。

NHKの単独インタビューに応じたジョーダン副社長は、バイデン政権への批判を隠しません。
ウィリアム・ジョーダン副社長
「LNGの一時凍結は、環境保護を重視する支持層からバイデン大統領が支持を集めるためのものだ。非常に悪い政策で、直ちに撤回すべきだ。
世界は、ロシアによるウクライナ侵攻で、エネルギーを安定的に供給する重要性を学んだはず。気候変動対策は進めるべきだが、世界がアメリカの天然ガスを求めているだけでなく、ペンシルベニア州にとっても極めて重要だ。
州西部ではほとんどの人にエネルギー産業で働く知り合いがいる。重要だからこそ、市民はエネルギー産業を支持しているのだ」

インフレもトランプ氏には“追い風”に

さらに、トランプ氏にとって“追い風”とも言えるのが、高止まりするエネルギー価格です。

インフレは記録的水準からは落ち着いているものの、いまだ根強く、ガソリン価格や電気代のコストが市民生活を圧迫しています。

ペンシルベニア州の共和党の地元組織も、「天然ガスや石油産業を支援して、エネルギー価格を引き下げる」というトランプ氏の主張を前面に打ち出して、無党派層や民主党支持層の切り崩しを図っています。
サム・デマルコ代表
「世論調査をみても、有権者の関心は経済と雇用だ。インフレは大きな不安を引き起こしている。主な要因はエネルギーコストだ。トランプ氏なら短期間で国民の生活を変えられるだろう」

”眠っている票”を掘り起こせ!

こうした状況に危機感を募らせているのが、バイデン氏の支持者たちです。

バイデン大統領の支援を表明している環境団体で、ペンシルベニア支部の代表を務めるベアタン・デュセアさん。バイデン大統領が敗北すれば、気候変動対策は大きく後退すると考えています。
この日は、選挙情勢の分析を行う団体を招いてオンライン会議を開き、今後の戦略を話し合いました。

報告されたのは、有権者への意識調査によって浮かび上がった、“眠っている票”の存在です。

関心のあるテーマや過去の投票歴を聞く有権者への意識調査を行った結果、ペンシルベニア州では、環境保護を最も重視しながら、投票に行く可能性が低い人は、24万5000人以上に上ることが分かったと言います。
ペンシルベニア州では、前々回の大統領選挙で、トランプ氏が約4万4000票の差で勝利し、前回はバイデン氏が8万票の差で勝利しています。

今回も接戦が見込まれる中、眠った票を掘り起こすことができれば、バイデン氏を勝利に導くことができると分析しています。
選挙分析を行う団体の担当者
「重要なことは、有権者に意見を変えてもらう必要がないことだ。意見を変えさせるのは、政治と選挙の世界で最も難しい、我々は、彼らが選挙当日に投票にいく手助けさえすればよいのだ」
票の掘り起こしは、10万人のボランティアを擁する環境団体が全米の支部をあげて行っています。
このうち、民主党の支持者が多く、バイデン氏の勝利が見込まれる東部バーモント州の支部は、メンバーが定期的に集まって、ペンシルベニア州などの激戦州の有権者に手書きの手紙を送り、投票を呼びかけています。

気候変動対策を前に進めるためにも投票日前日まで活動を続けていく方針です。
エドワード・クリモさん
「トランプ氏はバイデン氏の環境政策のほとんどをひっくり返すだろう。彼が大統領になれば大惨事だ。
私たちは今度の選挙をかなり懸念しているし、自分たちの望むような方向に選挙を進めるために懸命に働いている」

取材を終えて

「史上最も労働組合を大切にする大統領だ」

バイデン大統領は、この3年半、何度もこの台詞を繰り返してきました。

実際、2023年9月には、激戦州のミシガン州で行われていた、自動車産業の労働組合のストライキの現場を、2024年4月には鉄鋼産業の労働組合の本部を訪れ、労働者に寄り添う姿勢を鮮明にしました。

現職の大統領としては異例の行動ですが、選挙で大きな影響力を持つ、労働者票を強く意識しているものと見られます。しかし、気候変動を政権の最重要課題に掲げてきただけに、天然ガス・石油産業の労働者に寄り添うことは難しく、そのことがペンシルベニア州での選挙戦を複雑にしています。

一方、石油・天然ガス産業の支援を受けるトランプ氏の立場は、明快。アメリカの強みである産業を全面的に支援し、エネルギー価格の引き下げることを公約に掲げます。

ことし5月には、石油産業の経営トップなどを集めて、LNGの輸出許可の一時凍結を即解除するなど、バイデン政権のエネルギー政策を破棄すると明言し、10億ドルの献金を求めた、とワシントン・ポストが報じました。

環境重視か。産業重視か。

主張がはっきりと分かれる「エネルギーと環境分野」は、大統領選挙の最大の焦点の1つ。投票日直前まで丹念に動きを追っていきたいと思います。
ワシントン支局記者
小田島 拓也
2003年入局
甲府局 経済部 富山局などを経て現所属
(6月27日 おはよう日本で放送)
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配信期限 :7/4(木) 午前7:45 まで