“脱マッチョ労働” 子どもも仕事も諦めない社会とは

“脱マッチョ労働” 子どもも仕事も諦めない社会とは
平日の朝7時、夫はすでに出社している。

きょうも朝食は2歳の息子と私の2人。自分の仕事が始まるまでに保育園に送れるだろうか。

夫が帰ってくるのはいつも私が子どもを寝かしつけたあとだ。

ワンオペ育児に追われる毎日が続く。2人目の子どもなんて、もうとっくに諦めた...。

夫は残業・会食・出張・ゴルフ...

私は夫と2歳の息子と3人で暮らす40代の母親。IT関連の会社で正社員として働き、コロナ以降、自宅でリモート中心の勤務を続けている。
どこにでもいる夫婦共働きの家庭だが、育児は主に私が担っている。

4年前に出会った夫は、建設関係の商社勤務、入社以来、営業職として働いている。連日の残業に出張は当たり前、取り引き先との会食も多く、平日に家族そろって食事をすることはほとんどない。
これが夫の4月のある1週間の予定表。連日の残業に、3日間の出張。夜の会食もあって、土曜日も取り引き先との接待ゴルフ。

私も平日は仕事と育児で息つく間もなく過ごし、やっとたどりついた週末に夫はゴルフ。

「飲み会とゴルフで何が変わるの」と夫に尋ねたこともある。しかし、取り引き先との関係が大切な営業の仕事では欠かせないのだという。

私の体が限界を迎えて、倒れたことも1回や2回ではない。体調が回復しないまま元気な子どもに向き合い、ずっと体調が悪い状態が続く悪循環。
子どもは大好きで、本当にかわいい。でも、今の夫の働き方で仕事と子育てを続ける自信がない。

私だって大学も卒業したし、海外留学だって経験した。今の仕事は楽しいし、やりがいも感じている。

私が仕事を辞めたとしても、夫の収入だけで息子の教育費や老後の資金が本当に足りるのか。

国が少子化対策で児童手当を引き上げてくれるのはうれしい。でも、本当はそこじゃないなって思ってしまう。

“マッチョ労働”が少子化に?

取材にこう話してくれたのは、関東地方に暮らす中井麻希さん。

中井さんのような夫婦共働きの世帯はいま、全国で1200万世帯あまり。64歳以下で夫婦のいる世帯のおよそ6割にのぼります。
一方で、高度経済成長期に定着した「長時間労働」「休日出勤」「男は仕事」といった働き方はいまも根強く残っています。

専門家は、こうした働き方を“マッチョ労働”と呼び、少子化の要因の1つになっていると指摘しています。
「家事育児の分担を阻む、男性の長時間労働を中心とした“マッチョ労働”が国内の職場に残り続けています。男性は育児に参加したいと考えても仕事で時間がなく、女性は出産すれば家事育児の負担が自分に偏り、キャリアを諦めなくてはいけない状況となっています。もし夫婦で1人目は産んだとしても、『2人目以降はとても考えられない』と多くの人が思っています。その姿を見て、いまは子どもがいない女性も『自分には仕事と育児の両立は無理だ』と子どもを諦めてしまう社会構造が広がっています。ここにメスを入れなければ、少子化は改善していきません」
柴田教授がその根拠の1つとして示したのが、こちらのグラフ。
国別の出生率と男性の労働時間の関係を示しています。

OECD各国の中で国民1人あたりのGDPから、平均的な国民の生活水準や経済状況が、日本と同等か、それ以上の国を抽出し、柴田教授が作成しました。

このグラフをみると、労働時間を国際的に比較する際の指標とされる週に49時間以上働く男性の割合が、少ない欧米諸国は出生率が高い傾向にあることがわかります。

一方で、長時間労働をする男性の割合が多い日本や韓国で出生率が低い傾向にあります。

今月、公表された日本の去年の合計特殊出生率は1.20。過去最低を更新しました。

柴田教授は、男性の長時間労働が多い状態、つまり“マッチョ労働”といえる男性の働き方を変えなければ、出生率が下がる傾向は変わらないのではないかと指摘しました。

男性も仕事と育児で過労状態

「イクメン」が、もてはやされたのは過去の話。男性の育児参加が当たり前になる中で、男性自身も“マッチョ労働”に苦しんでいます。

大手人材派遣会社で働いていた堀切脩平さん(31)です。妻と共働きで3歳の息子を育てています。

子どもが生まれる前は、毎日10時間以上働き、帰宅後も仕事の電話やメールにも対応していました。管理職を目指すには、長時間労働は当然だと思っていました。
しかし、妻が育休を終え、仕事に復帰したことをきっかけに事態は大きく変わりました。

息子の保育園の迎えは堀切さんの役割になり、退勤は毎日午後6時に。帰宅後、作り置きの晩ごはんを子どもに食べさせたり、風呂に入れたり、育児に多くの時間を割くようになったのです。

しかし、その間にも部下やスタッフからこれまでどおり、電話やメールがやってきます。緊急で対応を迫られるものも少なくなく、深夜まで自宅での仕事が続くこともありました。残った仕事を早朝に起きて処理することもあって、いつしかストレスで眠れなくなったといいます。

結局、堀切さんは、この会社で管理職になる目標は諦め、ことし2月に在宅勤務が中心の別の仕事に転職しました。以前のような働き方では、会社で昇進はできても、2人目の子どもを考えることはとてもできなかったといいます。
「正直、1人目が生まれて手いっぱいで、もう1人というのは考える余地はありませんでした。子育てと仕事の両立は想像以上に大変で、子どもの病気で急きょ退勤しなければならない時に『奥さんが対応しないの?』と悪気なく疑問を投げかけられたこともあります。いまだに日本は長時間労働できる人材が求められる社会だと思います」
中井さんや堀切さんのような家庭は決して少なくありません。
都内の公園で子育て世代に話を聞くと、仕事と子育ての両立の難しさを訴える声が相次ぎました。
35歳の女性(共働き・6歳と3歳の子どもを育てる)
「夫は在宅勤務で私も時短や休みも取りやすい職場ですが子どもをもう1人は難しいです。お金の心配もあるし毎日の時間がぎりぎりです。その日の都合で休みがとれたり在宅勤務ができたりといった柔軟な働き方が整えば考えると思います」
4歳の娘を育てる44歳の男性(製造業の会社で管理職)
「1人目が産まれた時、私の残業時間が多くて妻がワンオペ状態になってしまった反省があり、2人目を考える場合は働く時間を減らさなければと思います。子育てと仕事の両立はしようと思っていたが難しく、結局、妻が一度仕事をやめました。長時間働かなければならない雰囲気はまだ社会にあると思います」

父親は睡眠時間を削って育児に

こうした状況に危機感を抱き、取り組みを始めている自治体があります。東京・豊島区です。

出生率の低い東京の中でも特に出生率が低く、10年前には民間の研究グループによって、東京23区で唯一「消滅の可能性がある都市」にもあげられました。そんな豊島区が取り組んだのは、子育て世代の現状をきめ細かく把握し、特に男性への支援を強化することです。

ことし2月、豊島区が2歳未満の子どもがいる区内の1500人あまりの男性に行ったアンケートの結果です。
出産の前後で、仕事(通勤含む)に割く時間の変化を尋ねました。

子どもが生まれる前、仕事の時間が1日に12時間以上は4人に1人でした。生まれた後も、12時間以上が5人に1人と大きな変化はみられません。

一方で、顕著な変化があったのが睡眠時間です。
子どもが生まれる前、5時間未満は6%。生まれたあとは35%と5倍以上になりました。豊島区は、男性は子どもが生まれた後も仕事時間は減らせない分、睡眠時間を削って、育児にあてている可能性があると分析しています。

こうした状況の中、男性に対して、子どもが1歳までの間に「子育てが大変だ、つらい、やめたい」と感じたことがあるかも聞きました。
その結果「ときどきある」が29.7%、「たいていある」が10.1%、「いつもある」が5.4%と、あわせて45%あまり、実に半数近くの父親が子育てに負担を感じていました。

働き方の見直しを「父親講座」で

こうした中で豊島区が取り組んでいるのが父親への支援です。

その1つが父親講座。父親自身に働き方を見つめ直してもらおうというねらいです。
6月上旬に開かれた講座で話題にあがったのは、育児休業の取り方です。

上司の子育てへの理解度によって同じ会社でも育児休業が取れない人もいるなど悩みが共有されていました。

講師として参加した父親支援に取り組むNPOの代表は、育児休業が取れたとしても復帰後に再び長時間労働になり、子育てに参加できなければ夫婦関係の悪化にもつながると助言していました。

そこで紹介された労働時間短縮のアドバイスです。
●会議の前に資料を配付して読んでから参加することで、時間を短くする。
●メールの内容を1往復で終わるよう、回答がほしい内容を分かりやすく短く伝える
●思い切って部下に仕事を任せる
ほかにも企業にも働き方を見直してもらおうと、豊島区は小冊子「としまイクボスBook」を作成。区内66の企業や団体などの働き方改革の取り組みを掲載しました。

また、ワークライフバランスを推進している企業の認定制度を独自につくるなど、子育て世代が住みやすいまちづくりを進めていることをアピールしています。
「子育てに携わろうという男性の増加で悩む男性が増えている一面もあると思いますが、働く時間に家事や育児が加わり、睡眠の時間を確保するのが難しくなっている可能性があります。男性の働き方は区が直接的に変えることが難しい分野なのですぐに少子化の解消につなげることは難しいですが、区内の企業に働きかけたり、母親だけではなく父親の支援にも取り組んだりすることで、子どもを産みたい人が子育てしやすい社会になるための一助になればと考えています」

オフィスに子どもが!?

父親たちが働く企業の側も変化を始めています。

そのモデルとして注目されている企業があると聞き、岐阜市を訪ねました。住宅の開発から施工、販売までを手がける社員およそ70人の建設会社「三承工業」です。
会社を訪ねて、まず驚いたのがオフィスの中を元気に走り回る子どもたちの姿でした。

“カンガルー出勤制度”です」と社員が説明してくれました。

子育て中の社員は誰でも、子どもを会社に連れてきてもいいというこの制度。男性社員の子どもも利用でき、保育園や小学校が終わったあと放課後を会社の中で過ごすこともできます。

日中、子どもたちが過ごすキッズルームはなんと社長室の隣。社長や役員まで社員みんなで子どもたちを見守っていました。
これほど思い切った制度に踏み切ったのは訳があると、社長の西岡さんが教えてくれました。

実は以前、社員の働かせ方によって倒産寸前まで追い込まれていたというのです。

10年ほど前まではほとんどの社員は男性、長時間労働や休日出勤は当たり前で、女性社員が出産した場合には離職するのが当然でした。
「当時は私自身が『売り上げ上げろ!利益上げろ!上げられないやつは会社のお荷物や!』みたいなことばっかり言って、社員も朝5時とかから日付変わるくらいまで働き続けていました。だから、社員がみんなすぐ辞めて離職率50%以上。経営がどんどんまわらなくなって、本当に“マッチョ倒産”するんじゃないかという瀬戸際でした」
西岡さん自身も長時間労働がたたり、体を壊して入院することもありました。そうした中で西岡さんが助けを求めたのが、数少ない女性社員でした。

女性社員たちがまず取り組んだのは週1回の「ノー残業デー」の徹底です。当初は、残業なしでは仕事を終わらせることができないと男性社員からの反発が相次ぎました。

そこで女性社員たちは男性社員の妻に対する「電話作戦」に乗り出します。
女性社員(電話)
「きょう会社でノー残業デーを実施しているんですけど、旦那さんに早く帰って来るように催促の連絡してもらえませんか」
会社からも妻からも帰宅を促され、ノー残業デーは次第に浸透していったといいます。
さらに社員の求めに応じて社員全員が休みやすい環境を整えるためユニークな休暇も設けました。

例えば、社員や社員の妻の誕生日にも使える「誕生日休暇」。夫婦の大事な日を祝ってもらおうという「結婚記念日休暇」。さらに好きなアイドルのコンサートに参加する時に伝える「推し活休暇」まで。

意識が変わり業績もアップ

こうした取り組みを重ねることで社員の意識が変わってきました。次第に社内全体で仕事と子育てが両立できる環境が整っていったといいます。
かつて長時間労働をしていた男性社員
「長時間労働が当たり前ではなくて、定時で帰れるとか、残業があったとしてもそれほど多くの時間は残業しないという文化が作られてきました。私も家族との時間が増えました。こうした働き方が当たり前になる方が、人生にとっていいと思えるようになりました」
女性社員
「この会社で働く前、子どもは2人でしたが、子どもを連れて働けるので仕事と育児を両立していけると思えました。このバランスであれば、もう1人授かっても働けると思って、夫と相談して3人目を産むことができました」
ただ取材する中で気になったのは、会社に子どもがいたり、社員が休んだりして会社の業績や売り上げは落ちないのか。社員は幸せになっても会社が潰れるようなことがあれば、元も子もないのではないかということです。

「それは心配ありませんでした」

西岡さんは、にこやかに答えてくれました。西岡さんによると、限られた時間の中で成果を上げようと社員の意識が高まったことで、作業の能率があがり、生産性を高めることにつながったといいます。

さらに子育て中の社員たちが企画開発した子育て世帯向けの住宅がヒットし、業績アップにもつながりました。社員の意識改革によって生まれた商品で、売り上げはいまも伸び続けていて、社員の賃上げも実現できたといいます。
西岡社長
「女性社員が中心となって小さい歯車から会社を変えていってくれました。結果としてすべての社員が働きやすく、子どもを産んだからと仕事を諦めることがない働き方ができるようになってきました。自分自身も前より社員と社員の家族のことを考えて経営できるようになって、社員も会社のために頑張ってくれるという関係ができてきたと思っています」

“脱マッチョ労働”の意識改革を

西岡さんのような取り組みができる会社は、まだ決して多くありません。

それでも専門家は、一つ一つの会社が変わり、社会全体で働き方をもう一度見直すこと、そして、従来型の“マッチョ労働”からの脱却を目指すことが、少子化の問題を解決に導く第一歩になるのではないかと指摘します。
京都大学大学院 柴田悠 教授
「男性の長時間労働や休日出勤、男は仕事といった性別役割分担意識など国内に根づく“マッチョ労働”から脱却しなければ少子化に歯止めはかかりません。例えば、残業した時の賃金の割り増し率を引き上げて、会社が社員に残業をさせづらくしたり、あるいは退勤と出勤の間の勤務間インターバルの設置を義務化したりするなどして企業に強く求めていくといった長時間労働是正に向けた抜本的な改革が必要です」
今回の取材で、印象に残ったことばがあります。

「将来子どもは3人欲しい。3人産んでも仕事と育児を両立できると思う」

カンガルー出勤制度を導入したあの建設会社で働く独身の女性社員の言葉です。みずからの将来の姿を力強く語る女性の姿に、大きな可能性を感じました。

子どもが欲しいという希望がすべてがかなった場合の「希望出生率」は1.8。その一方で、実際の出生率は1.20。ここには大きな開きがあります。

次の世代にわたって、子どもも仕事も諦めない社会を残していくことができるのか。今の私たちが“脱マッチョ労働”を実現していけるかが、問われていると感じています。

(6月7日「おはよう日本」などで放送)
社会部記者
平山真希
2015年入局
仙台局から現所属 検察担当を経て厚生労働省担当
労働政策・少子化問題について幅広く取材
第2子出産に伴う育休からことし3月に復帰
“マッチョ労働”からの脱却がみずからの重要課題
社会部記者
勝又千重子
2010年入局
山口局、仙台局を経て、社会部で厚生労働省を担当
少子化や健康施策について取材
1児の母。今回の取材で自身の“マッチョ労働”を顧みました