広がる“ポルノ依存” 「リスク」と「防ぐために大切なこと」

広がる“ポルノ依存” 「リスク」と「防ぐために大切なこと」
動画配信技術の進歩で、急速に発展する「オンラインポルノ」。インターネット上のポルノ動画や画像の総称です。いま、このオンラインポルノを見過ぎることで、視聴がやめられなくなり、個人の生活にも支障をきたしてしまう、“ポルノ依存”と呼ばれる状態になる危険性が世界中で指摘され始めています。

体験者のエピソードと研究者の知見から、その「問題点」と「抜け出すためのヒント」をご紹介します。
(NHKスペシャル「ヒューマンエイジ 人間の時代」第4集 性の欲望 取材班)

“ポルノ依存”の実態 ~ノア・チャーチさんの体験談~

“ポルノ依存”とは一体どんなものなのか。

今回、“ポルノ依存”を体験したアメリカで暮らすノア・チャーチさんが取材に応じてくれました。
ノアさんがオンラインポルノに出会ったのは、10歳の時です。

最初のきっかけは、小さな好奇心でした。
ノアさん
「“ネットに女性の写真があるはずだ”と思って検索してみた。そしたら思ってもみないものがたくさん見つかったんだ。10歳の僕の脳には、見ているものを理解する能力はなかったけれど、何度も繰り返し見るには十分な刺激だったんだ」
見れば見るほど、過激な動画を求めていったノアさん。自分の部屋を持ち、パソコンを持つようになると、動画の視聴時間はさらに増え、1日に6時間も見る日がありました。

しかし、長時間の視聴は身体をひそかにむしばんでいました。

ノアさんが異変を感じたのは、18歳の時です。
ノアさん
「僕が初めて勃起不全だと気付いたのは高校時代の最初の恋人とのことだった。一瞬は興奮するけど、実際にセックスするほど長く続かなかったんだ。何が起きているのか分からなかった。彼女にとても魅力を感じていたから。2人ともずっと楽しみにしていたのに」
ノアさんは、過激な映像に慣れすぎて、生身の女性に対して身体が反応しなくなっていたのです。「勃起不全」は、“ポルノ依存”に陥った人の多くが苦しむことのひとつです。

世界で進む “ポルノ依存”研究

“ポルノ依存”に苦しむ人たちの体に、何が起きているのか?

ドイツ・ハンブルク大学病院の精神医学者ユルゲン・ガリナット博士は2014年、オンラインポルノを視聴する男性の脳をMRIで解析しました。
注目したのは、大脳の奥深くにある尾状核(びじょうかく)。行動の抑制に関係する、重要な場所です。

解析の結果、オンラインポルノの視聴時間が長い人ほど、尾状核が小さいことがわかりました。委縮(いしゅく)している可能性があるといいます。
脳の萎縮は、アルコール依存や薬物依存など多くの依存症にも見られる異常です。

さらに、被験者にポルノを見せて、脳の興奮度を比較。すると、尾状核が小さい人ほど快感に鈍くなり、より強い刺激を必要とすることも明らかになりました。

ノアさんが“ポルノ依存”をきっかけに勃起不全となり、恋人と性行為ができなかったのも、このことが原因となっていた可能性があります。
ユルゲン・ガリナット博士
「オンラインポルノの視聴では、好きなときに好きなだけ、好きな刺激を最大限の形で手に入れることができます。しかし、それは自然界ではあり得ないことです」
“ポルノ依存”の研究は、アルコールや薬物など他の依存と比べると、まだ歴史が浅く、“依存症”として認められているわけではありません。

しかし、世界中でその危険性について、研究が進められています。
【“ポルノ依存”の人はどれぐらいいる?】
オーストラリアの研究チームが2017年に発表した論文では、16歳~69歳の男女2万94人を対象に“ポルノ依存”のリスクを調査したところ、男性の4%、女性の1%が“ポルノ依存”である可能性が判明した。


出典:A Profile of Pornography Users in Australia: Findings From the Second Australian Study of Health and Relationships J Sex Res. 2017 Feb;54(2):227-240.

“ポルノ依存”から脱却するためのヒント

過激なポルノを視聴し過ぎたことで勃起不全となり、性行為ができないことに悩んでいたノアさん。

24歳の時、解決のヒントに出会います。それが、イギリスの病理学の専門家、ゲーリー・ウィルソンさん(1956-2021年)が書いた本やホームページです。
ゲーリーさんは、オンラインポルノに依存する人の多くが、自分の体の異常とポルノの関係に気付いていないことを指摘。勃起不全などにオンラインポルノが与える影響を発信するとともに、当事者に向けては、依存から抜け出すためのヒントを示していました。

そのひとつが「認知行動療法」

ポルノを見過ぎてしまう動機や状況を繰り返し見つめ直すことで、ポルノにばかり気持ちが向かないように、少しずつ行動を変えていく治療法です。

ノアさんは、いままでの習慣を変えるために、認知行動療法のひとつといわれている「日記」をつけ始めました。
ノアさんの日記の一部です。

日記を見返すようになって気付いたのは「ストレスがたまったときに、ポルノが見たくなる」ということ。それが習慣となっていました。

また、「孤独感」もポルノの視聴につながりやすいと気づいたといいます。
ノアさん
「孤独を感じていてそれを晴らすためにポルノを見たとしても、誰ともつながっていないので、その直後は気分が悪くなるだけだった。それは偽りのつながりと満足感だったよ」
日記で、自分の気持ちに気付いたノアさん。その後、ストレス発散のはけ口がポルノだけに向かわないよう、新たな趣味を取り入れるなどして生活習慣を変えていきました。

取材に行った日も、ホワイトボードには「音楽」「語学」「運動」の文字がありました。
ノアさん
「これは僕の生活を整えるためのもの。自分にとってよくない習慣から離れて、新しい習慣でエネルギーを発散することはとても役に立つよ」
さらに、ノアさんがもうひとつ実践したのが「同じ症状で悩む人と語り合うこと」。

匿名のオンラインサポート・コミュニティーに日々の思いや日記を投稿したりして、他人と情報を共有したり励まし合ったりしました。
その後、ノアさんは3年かけてポルノとの適切な距離感を見つけ、勃起不全も回復に向かいました。そして、“ポルノ依存”について理解してくれる恋人もできました。

つらい時期を乗り越えたいま、ノアさんは「子どもの頃、自分の“ポルノ依存”について周囲の大人にもっと理解してほしかった」と語ります。

ノアさんは一度、親にパソコンの検索履歴を見られて、ポルノの視聴を知られてしまったことがありました。ノアさんは恥ずかしさから、それについて触れようとしませんでしたが、親もそのことをじっくり話し合おうとはしなかったといいます。

しかし、いま思うと、親や周囲の大人たちにポルノの視聴についての注意点を教わっていれば、あれほど過剰にポルノに依存する生活には陥らなかったのではないかと感じています。
ノアさん
「私はインターネットが好きだしテクノロジーも好き。しかし、どんな新しい技術にも言えることだけど、利点がある一方で、私の両親が理解していなかったような、これまでにはない新たな危険も伴う。ポルノを見るときの潜在的な危険性についての教育は、学校での性教育の一部である必要があると思います」

医師のアドバイス ~泌尿器科医・今井伸さん~

今回、番組にスタジオゲストとして出演した聖隷浜松病院の泌尿器科医・今井伸さんは、長年、勃起不全や男性不妊の治療に携わっています。
いま臨床の現場でどんなことが起きているのか?また、当事者にどのようなアドバイスをしているのか、聞きました。
今井伸さん
「最近、本来は性機能が高い年代である20~30代で、勃起不全に悩んで私の病院に診察を受けに来る人が数多くいます。そうした方々には、まずマスターベーションをしているかを聞きます。すると、結構な頻度でしていて、毎回オンラインポルノを視聴しながらという方も多いです。そこで、試しに1か月間やめてみてください、と提案してみると、それだけで勃起不全が回復することがあります。なので、もしオンラインポルノを長時間視聴していて、勃起不全に悩まれている方がいたら、まずは1か月間ほどポルノ視聴をやめてみることをおすすめします」
また、今井さんはこの“ポルノ依存”による勃起不全を克服するためには、当事者だけでなく周りの理解も大切だといいます。
今井さん
「診察にいらっしゃる方の中には、カップルで来る方々も数多くいます。ポルノ視聴による勃起不全は男性だけの問題ではなく、不妊や性生活の充実といった側面でも重要なことなので、男女共通の課題として認識していく必要があると思っています」
まだまだ社会的な認知も研究も途上にある、“ポルノ依存”。

まずはこうした問題が起こりうるということを多くの人が認識することが重要です。

(プロジェクトセンター ディレクター 福田紗友里/松舟由祐)

この記事は下記の番組の取材をもとに作成しました。