「会話のキャッチボール?」野球で例えるの なんでなん?

「もっと打席に立とう」
「プレゼンのトップバッターを頼むよ」
「会話のキャッチボールが大事だよね」

こうしたことば、皆さんの職場で使われていないでしょうか?
好きな方ならばすでにお気づきと思いますが、これらはすべて野球に関することば。

しかし、野球にたとえるの、なんでなん!?

(大阪放送局 福井瑛子 ディレクター / 安留秀幸 記者)

“野球用語” 使ってませんか?

職場×野球の組み合わせ。

まずは皆さんがどういう場面で、どんな使い方をしているのか聞いてみました。

50代会社員
「(部下に対して)『我が社の四番でエース』って言ってやったよな前に」

20代会社員
「提案を考えるときに、もうちょっとひねってほしいって意味で、“変化球でいこうよ”みたいに言われたことはあります」

20代営業職
「商談の数をこなせって意味で『もっと打席に立て』とか、『トップバッター』だから絶対契約をとってこいとか。あとは達成ラインを超えるか、超えないかのときに『逆転ホームランを狙って』と言われますね」

結構、皆さん、使っているようです。

しかし、なぜ使っているかを聞いてみると…

阪神ファンの男性
「言っている自分も何かテンション上がる。普通のことばを使うよりも熱量があるというか」

ほかにもこうした声が…

「野球がポピュラーやからちゃうんすかね」

「意味はあんまり考えたことなかったです」

野球が持つ熱量や人気など、さまざまな理由を挙げてくれました。

“野球用語” 連発のインタビュー

実は今回のテーマ、ある人へのインタビューがきっかけでした。

吉本新喜劇の「スーパー座長」こと、内場勝則さんです。

5月に放送したインタビュー企画でのこと。

かつてスター座員だけに頼っていた新喜劇。

しかし、人気が低迷するようになり、内場さんは改革に取り組むことになりました。

そのときを振り返って次のように話していました。

全員野球をしよう

「おもしろいことを言うなら、ホームランを打ってくれと

ヒット打ってもいいし、塁を固めてくれたら、3番4番がバントするよっていう」

野球用語を使った「たとえ」を連発。

インタビューを聞いていたディレクターが気づき、調べてみることになったのです。

内場さんに、改めてどうして野球用語を使ったのかを聞いてみると…。

まず返ってきたのが「え、そんなに使ってた?」という答え。

どうやら無意識に使っていたようです。

続いて、「もう、おじさんなんですかね」と苦笑したあと、こう分析してくれました。

内場勝則さん
「野球って団体競技であり、ピッチャーとバッターの1対1もあって、その駆け引きもおもしろい。だからワクワクするし、ボール1球でも状況が変化するじゃないですか。小さいときは野球しかないですからね、難波の球場とか、よう行っていました」

野球の魅力を存分に語ってくれました。

内場さん、それほどまでに野球に思い入れが…と思いきや。

「まあ、中学からはサッカーをやり出したんですけどね」

さすが新喜劇の「スーパー座長」。

忙しい中でのインタビューでも、しっかりオチをつけてくれました。

企業の記者会見でも…

「なぜ」の答えを探し求める取材班。

さらに取材を進めていくと、職場だけでなく、対外的に情報を発信する企業の会見でも、こうした用語がよく使われていることが分かりました。

変化球ではない事業展開を目指す」

「未開拓の領域だが、打席に立ってみる」

過去の取材メモを見返してみると、次々に見つかりました。

職場や記者会見。

なぜ野球用語がビジネスの場へ浸透していったのでしょうか?そこで訪ねたのが社会とことばの関係に詳しい、大阪大学の榎本准教授。

ちなみに、小中学校時代は野球部でキャッチャーだったそうです。

榎本さんは、こうしたことばのルーツは、娯楽といえば野球だった高度経済成長期までさかのぼると考えているといいます。

大阪大学院人文学研究科 榎本剛士准教授
「テレビが一般家庭に広まり、野球放送が今よりも人気で、大きな割合を占めていた時代に、野球の実況のことばが社会に浸透した。それに加えて『巨人がああだった』『阪神がああだった』とか、会社や飲み屋さんで、“野球について語る場所”というのもあった。それによって野球が球場やテレビ中継だけにとどまらず、ビジネスの場で一定の人々に使われるようになったのではないか」

さらに、高度経済成長期、モーレツに働く会社員たちが少しでも多くの成果を上げるべく励む自らの姿を、チームの勝利に向けて奮闘する野球選手たちに重ねたのではないかと指摘します。

「企業で働く人たちが野球に自分たちをある種、投影しているわけです。そういう意味ではスポーツが独特に持っている『熱血さ』『勝ち負け』という要素を自分たちと重ね合わせて、自分たちのいる職場に持ってきていると思います」

“野球用語” 若い世代は…

しかし、今回、街ゆく人に聞き取りを続けると、こんなやりとりもありました。

「一本足打法」について聞いたところ。

就活中の20代学生
「一本…、なにこれ?」

就活中の20代学生
「えー、知らない」

かつては野球でたとえていた人も。

50代会社員
「最近使わないかもですね。若い世代に『エースで四番』とか言っても、たぶん、『なんの話ですか?』ってなるんで」

若者との共通言語がなく、コミュニケーションに気を遣うという人もいました。

50代会社員
「若手にどうやったら伝わるかっていうのはすごく考えます。要は伝われば何でもいいと思います」

こうした変化について、社会言語学などの専門家の多くが挙げたことばはやはり「多様性」でした。

ある専門家からは、昔は「四番=長嶋」だったが、大リーグ・ドジャースの大谷選手の打順は二番を打つことが多いことをあげた上で、世代によって「四番」そのものに対する見方も異なっているのではないかという指摘もありました。

数多くのビジネスマンと関わってきたというコンサルタントの金澤美冬さんは、このように分析しています。

ライフキャリアコンサルタント 金澤美冬さん
「50代60代は『モーレツ社員』というか、会社にいる時間がすごく長くて、会社の中でどれだけ楽しむかというところでやっていたので、こうしたことばを使っていたと思います。でも今は『この人はサッカーが好き』、『この人は野球が好き』。どれを選んだとしても、全員には伝わらない時代になってきているから、共通の用語ができにくい時代なのかなと思います」

大阪大学院人文学研究科 榎本剛士准教授
「例えば『全員野球で頑張ろう』ということばが伝わらなかった場合に『最近の若い者は…』とか『熱さが足りない』などと、人格の問題にされることがあるが、そうではないんですね。ことばは、自分がどういう人なのか、どういう場所を渡り歩いてきたのかを表すものです。今はいろいろな人がいろいろな形で情報やことばに触れられる時代であり、一人ひとりに響く別のことばが必ずあるんだと思います。共通のことばが生まれにくくなっているからこそ、他者への想像力がますます必要な時代といえるかもしれませんね」

取材後記

実はNHKでも、こうした野球用語をつかった「たとえ」は日常的に飛び交っています。

私(福井ディレクター)は、番組をもっと提案してみよう、という意味で、「打席に立ってみよう」などと言われたことがありますが、「なぜ野球?」と不思議に思っていました。

取材を終えると、やはり独特の熱さもあることに加え、直接、「もっと番組の提案をして」と言われるよりも、遠回しの表現のように思えて、使ってみてもいいかな、と思えるようになりました。