沖縄戦79年 平和祈念祭 命を落とした生徒たちを追悼 那覇

今月23日は、太平洋戦争末期の沖縄戦から79年となる「慰霊の日」です。19日は学業の志半ばで戦場に動員されたり戦禍に巻き込まれたりして命を落とした生徒たちを追悼する「平和祈念祭」が那覇市で開かれました。

79年前の沖縄戦では、県内の21の学校に在籍していた生徒が学業の志半ばで学徒隊として戦場に動員されたり戦禍に巻き込まれたりして、半数近いおよそ2000人が命を落としました。

追悼の「平和祈念祭」は、去年まで糸満市摩文仁の平和祈念公園に設置された「全学徒隊の碑」の前で開かれていましたが、ことしは参加者の高齢化を踏まえ、旧制県立第一中学校の寮があった那覇市にある養秀会館に会場を移し、「全学徒隊の碑」の写真を飾って行われました。

19日の会では、県立農林学校の卒業間際に旧日本軍の部隊に動員された渡口彦信さん(97)が艦砲射撃や空爆を間近に見て圧倒されたことなどみずからの体験を語りました。

そして、沖縄戦当時、旧制県立第一中学校に通っていた宮城政三郎さんが作詞・作曲をした歌を県立首里高校の合唱部の生徒たちが披露しました。

19日の会には宮城さんも参加していて、歌を聞いたあとは手を合わせて感謝の気持ちを生徒たちに伝えていました。

また、県立第一中学校の4年生のときに鉄血勤皇隊として動員された與座章健さん(95)は「元学徒も余命いくばくか知る由もありませんが、いかなる戦争であれ、阻止しなければならない」と平和宣言を読み上げました。

「平和祈念祭」のあと、「元全学徒の会」の共同代表の瀬名波榮喜さん(95)は「きょうは自分の旧友たちに会うことができる日です。生きているかぎり慰霊祭は続けます。二度と沖縄戦が起きないように頑張らなければならない」と話していました。

元学徒の談話

「平和祈念祭」でみずからの体験を語った渡口彦信さん(97)は「悲しいというか、やりきれない思いで、亡くなった魂はやはり平和を願っているだろう。戦争で亡くなった学友や戦友を弔ってきた79年間だったが、それが生きている私の務めだと思う」と話していました。

昭和高等女学校から「梯梧学徒隊」として動員され、「全学徒隊の碑」の設置を同級生らと呼びかけた吉川初枝さん(96)は「皆さんと一緒なら活動をやっていけるが、1人ではできない。何もできないけど、慰霊祭にだけは出席しようとしてきた」と話していました。

沖縄戦当時、県立第一高等女学校に通っていて、身を寄せていたごうの上から攻撃を受けながら九死に一生を得た翁長安子さん(94)は「同世代の仲間の慰霊ということで、ほかの慰霊祭とは違う気持ちだ。希望を持って学校に入ったはずの皆さんが命を失ったかと思うとしのびない。79年がたち、彼女や彼らが生きていたらどんな生き方をしていたのだろうかと思う」と話していました。