捜査段階の精神鑑定 面接せず鑑定書作成 裁判所「信用性低い」

裁判員制度開始を機に急増した捜査段階の精神鑑定についてNHKが調べたところ、5年前に判決が言い渡された長野県内の窃盗事件の裁判で証拠として提出された精神鑑定書が一度も面接せずに作成されていました。

この鑑定書は判決で「信用性は低い」と指摘されていて、鑑定した医師は「鑑定の依頼が1.5倍ほどに増える中で起きた業務過多などに伴うミスだ」と話しています。

精神鑑定書 “診察せず記録のみで判断”

この裁判は、窃盗の前科が複数ある被告が7年前の平成29年に長野県内の店で商品を万引きした罪に問われたもので、万引き行為をやめたくても自分の意思ではやめられない依存症が影響を及ぼしたかが争点になりました。

検察は精神障害の有無や事件当時の刑事責任能力などを調べるため、精神科医に依頼して簡易の精神鑑定を行ったうえで起訴し、鑑定書を裁判の証拠として提出しました。

これに対し弁護側は「何らの精神疾患にもり患していない」としたこの鑑定書には、医師が鑑定面接を行わず検察から提供された事件記録だけで判断したと書かれていて、自ら診察せずに診断書などを交付してはならないとする医師法に違反しているなどと主張しました。

令和元年の判決で、飯田簡易裁判所は、この鑑定書は「実際に診察することなく記録のみで判断した意見を記載したものであるから、信用性は低い」と指摘したうえで、弁護側が行った「面接あり」の鑑定をもとに、事件当時、病気の影響を受けていたことを考慮し、保護観察と執行猶予付きの有罪を言い渡しました。

無診察で診断書交付は医師法違反のおそれも

医師法を所管する厚生労働省は、個別の事案についてはコメントできないとしたうえで、「一般論として、病気のあるなしや病名などの医師の診断内容を証明する文書は、診断書に該当しうるものであり、医師が無診察のうえで交付した場合は、医師法違反になるおそれがある」としています。

鑑定した医師「自転車操業的な状況」

簡易鑑定を担当した精神科医はNHKの取材に対し、「鑑定書の作成には面接が必要という常識的なことは理解しているが、そこから漏れたケースも残念ながらあった。私の不注意であり、注意や配慮が足りなかったと反省している」と話しました。

そのうえで「裁判員制度が始まってから精神鑑定の依頼が1.5倍ほどに増え、簡易鑑定を含めておよそ年間50件、月3件から4件のペースで鑑定を行っている。言い訳にすぎないが、鑑定業務の煩雑さや業務過多によって集中力が散漫になったことによるミスであり、自転車操業的な状況が要因であることは否めない」と話していました。

裁判員制度により鑑定数が増加

事件当時の刑事責任能力の有無などを調べるため、捜査段階で行われる精神鑑定には、裁判所の嘱託を受けた医師が数か月程度かけて面接や心理検査などを行って判断する「起訴前本鑑定」と、検察の嘱託を受けた医師が提供された事件記録を読み、通常1回、面接して判断する「簡易鑑定」があります。

法務省によりますと、いずれも件数の統計はありませんが、起訴前本鑑定については、最高裁判所が公表している精神鑑定を行うための「鑑定留置」という手続きの統計から、2009年の裁判員制度開始を機に急増し、この15年で2倍余りになっていることがわかります。

精神鑑定に携わっている複数の医師によりますと、簡易鑑定も裁判員制度開始を機に増えているということです。

専門家「精神科医数は地域によって偏り かける時間少なく」

日本司法精神医学会の理事長を務める千葉大学社会精神保健教育研究センターの五十嵐禎人教授は「裁判員裁判が始まってから、それまで鑑定しなかった事例でも念のため鑑定する傾向があり、件数がとても増えている。精神科医の数には地域によって偏りがあり、地方では鑑定を引き受けられる人が少ないため、特に簡易鑑定では特定の医師が多くの鑑定を引き受けている地域もある」と話しました。

そのうえで「面接は精神科診断の基本の基本だ。頼まれると断れないということで安易に引き受けてしまうと、一つ一つの鑑定にかける時間が少なくなったり、本来やらなければならないことをやらないまま鑑定意見を出してしまったりということが起こりがちだ」と話しています。