“クラフトビール”市場が活況 その背景は?

“クラフトビール”市場が活況 その背景は?
色合いや風味などが個性的な「クラフトビール」。全国各地の小規模な醸造所などが、こだわり抜いて造っている。

国税庁の最新のまとめでは、2023年に醸造所の数が700か所を超えたとみられ、過去最多になった。

なぜいまクラフトビールに注目が集まっているのか。小規模醸造所、大手メーカー、それぞれのビジネス戦略とは?
(さいたま放送局記者 江田剛章)

活況 クラフトビール市場

「クラフトビール」と聞いて「地ビール」を思い浮かべる人もいるだろう。

その定義は、はっきり定まっていないが「地ビール」のご当地要素のみならず、味や香りに独自性を際立たせたビールや発泡酒を総称して、こう呼ばれている。

ことし5月、さいたま市で国内最大級のクラフトビールイベントが開かれた。
国内の47メーカーが出店。長野県の特産のりんごを使ったものから北海道・網走の流氷をイメージした青いものまで、さまざまな商品が並んだ。

主催者によると、5日間の期間中、およそ10万人が来場したという。

いわゆる“ビール離れ”が叫ばれて久しいが、取材したのは平日の夕方にも関わらず会場には多くの人が訪れていて、クラフトビールへの関心の高さがうかがえた。

訪れた人からは「地域ごとに特色が異なるクラフトビールを味わえて楽しい」(20代男性)、「果物の風味を感じ、飲みやすくとてもおいしい」(30代女性)といった声が聞かれた。

スーパーでも品ぞろえ強化

関心の高まりは小売店にも波及している。
東京 板橋区のスーパーでは、特に20代から30代を中心に、クラフトビールの売り上げが伸びているという。

夫に頼まれて買いに来たという20代の女性は「『地域ごとにいろいろなメーカーがあって飲み比べができて楽しい』と聞いています。苦みの強い製品が好きとのことなので、そういう特徴のものを買うようにしています」と話していた。
このスーパーでは、売り場にクラフトビール関連の商品の棚を大幅に増設。国内外の20種類以上の商品をそろえているという。
後藤寿史 店長
「クラフトビールは、ビールカテゴリーの売り上げ構成比の2桁を占めるまでになっています。いろいろな味が選べるので、その日の気分次第で飲み比べようという方や、特定の製品を指名買いする方も見受けられます。今後も売り場を拡大しながら、販売計画を組んでいきたいと思っています」

クラフトビール人気 なぜ?

国税庁の最新のまとめによると、クラフトビールを造る地域ごとの小規模な醸造所の数は、去年、700か所を超えたとみられ、統計を取り始めてから最も多くなった。

そもそもクラフトビールの多くは、大手メーカーが販売するビールと比べ、価格は割高だ。

それにも関わらず、なぜ関心が高まっているのか。

専門家は、全体的に品質が向上していることに加え、物価高騰などを背景に消費者の商品の選び方にも変化が生じているのではないかと分析する。
小池理人 主任研究員
「国際大会で入賞するような品質の高いクラフトビールが多く出てきています。また物価高騰が続き、デフレからインフレへと経済の局面が転換しつつある中、消費動向が『安いもの』から『多少高くても品質がよいもの』に徐々に移っている。クラフトビールは『少し値段は高くてもおいしい』と認識されるようになってきているのではないでしょうか」

小規模醸造所 打ち出すのは

活況を呈するクラフトビール市場。その中で、小規模な醸造所はどのように生産に取り組んでいるのか。

ことし新たに、埼玉県越谷市に誕生した醸造所が導き出した戦略は“地元密着”だ。
この醸造所を立ち上げたのは、もともと歯科医師として働いていた佐野明彦さん。

さまざまな味わいがあるクラフトビールに魅了され、地元・越谷発の商品を造りたいと一念発起した。
価格は1杯680円から。原料のホップにこだわったクラフトビールは、基本的に店頭での飲食を前提に販売している。

「越谷市初のブルワリー」を前面に出し、街頭で配布する手作りのチラシやSNSで店の情報を発信。地道な活動を続けている。
徐々にリピーターが増え始め、今では地元のプロバスケットボールチーム・「越谷アルファーズ」のファンたちが集う場にもなりつつある。

地元の人たちとのつながりを最大の武器に「地域密着型のビール造り」を目指す。
佐野明彦さん
「越谷という街で造っているので、ここでしか飲めないものや、地域のいろいろな人たちとコラボレーションしたものを造ることにこだわりたいです。マイクロブルワリー(小規模な醸造所)らしく個性を出して地域を盛り上げていきたいです」

大手メーカーも熱視線

クラフトビールには、大手ビールメーカーも熱い視線を注いでいる。

キリンビールは2015年、東京 代官山にレストラン併設型のクラフトビールの醸造所をオープン。

2021年には、家庭向けに初めて缶入りの商品を発売した。そして去年、社内にクラフトビールの企画や販売の戦略を専門に担う部署を新設。
さらにことし5月には、従来からあった代官山の醸造所を大規模にリニューアルした。

洗練された空間でクラフトビールを楽しんでもらうことで、ビールの持つ多様な価値や魅力の発信に力を入れたいと意気込んでいる。
主力商品を中心に、大量生産するイメージが強い大手メーカーがクラフトビールを造るのはなぜなのか。

そこには大手ならではの思惑があった。

国内のビール市場は、人口の減少や消費者の好みの多様化などを背景に縮小していて、いわゆる“ビール離れ”も指摘されている。
一方、クラフトビールは、風味や色合いに変化をつけやすく、ビールになじみがない若者や女性でも自分の好みにあったものを選べることから、新たな客層の取り込みにつながると考えているという。

現時点の売り上げで言えば、クラフトビールはビール系飲料全体の2%に満たないというが、その分、伸びしろは大きいと期待を寄せている。
牧原達郎 主査
「『ギンギンに冷えたジョッキで乾杯』というのもビールの魅力ですが、価値観の多様化に寄り添って別の新たな魅力を発信していく必要もあると考えています。ある意味“ビールのイメージを変えること”を目指しているので、多くの種類があり、いろいろな楽しみ方を提供できるクラフトビールが持つポテンシャルは、非常に大きいと感じています」

「競争」と「共創」がカギ

今後のクラフトビール市場について、専門家は、ビール系飲料の市場全体を押し広げていくような存在にまで成長していくのか、注視している。
SOMPOインスティチュート・プラス 小池理人 主任研究員
「ビール市場自体が縮小傾向にある一方、クラフトビール市場は拡大傾向にあり、若年層にも人気で高価格帯の商品だということからも、これまでの閉塞したビール市場を打ち破るような期待がかかっていると言えます。業界全体でクラフトビールを成長・発展させていくことができるかが、今後のカギではないでしょうか」
取材を進める中で、意外にも、製造方法などのノウハウを大手・中小問わず業界内で共有し合っていることもわかってきた。

クラフトビールの間口を広げて、その魅力を発信したいという思いは規模の大小に関わらず、どのメーカーも同じだ。

多くの醸造所がひしめく中で、それぞれが「競争」しつつ、業界全体で「共創」していくことができるのか。

今後の動向も注目したい。

(6月7日「おはよう日本」で放送)
さいたま放送局記者
江田剛章
2013年入局
徳島局、名古屋局、社会部を経て去年8月からさいたま局