通園バス 置き去り防ぐ安全装置 設置後に降ろし忘れが なぜ?

「車内点検を行ってください」

通園バスに繰り返し流れる警報音は、車両の後部にあるボタンを押すまで鳴り続けます。

子どもが置き去りにされ、熱中症などで死亡する事故を防ぐため、幼稚園などの送迎バスへの設置が義務化された安全装置。これまでに設置率は100%に達したと見込まれています。

しかし、安全装置を設置した園でも、バスから子どもを降ろし忘れたケースが起きています。いったいなぜなのか、本格的な夏を前に、背景と対策の現状をまとめました。

安全装置を設置した安心感が…

去年7月の朝、埼玉県所沢市の認定こども園にはいつもと変わらず、園児たちを乗せた送迎バスが到着しました。

次々にバスを降りていく園児たち。ただ、後ろから2番目の席の窓際に座っていた4歳の男の子は、前の席に隠れる形で眠っていて、まだ降りていませんでした。

添乗の職員は前方から園児が残っていないかを目視で確認しましたが、その位置からは男の子は死角になっていました。

降車時にチェック表で人数の確認も十分に行われなかったため、降ろし忘れていることに気が付くことができませんでした。

運転手や添乗の職員は別の送迎ルートに出発し、15分ほどたってから園児を降ろし忘れていたことに気がつきました。車内は冷房がかかっていたため園児の体調などに問題はなかったということです。

バスには置き去りを防ぐための「安全装置」も設置されていました。

安全装置は、おととし、静岡県牧之原市の認定こども園で、3歳の女の子が通園バスの車内に置き去りにされ、重度の熱中症で死亡した事件を受けて設置が義務化されたもので、この園では前の月に設置したばかりでした。

ただ、エンジンを切らないと警報音は鳴らない仕組みだったため、この日、安全装置は作動しませんでした。

当時の状況を説明する園長

認定こども園 阿部泰己 園長
「車内に安全装置を設置したという安心感で、確認を怠ってしまった部分があったと思います。ヒューマンエラーが起きてしまった時の対策として、二重、三重のチェック体制が足りなかったと感じています」

見直した運用方法は

降ろし忘れが起きたことを受けて、この園では改めて対策を見直しました。

送迎コースごとのチェック表に降ろし忘れがないか確認する項目を新たに作ったほか、園にバスが到着した際には、安全装置が正確に作動するよう、必ず1度、エンジンを切るように変更しました。

その上で、車内から園児全員が降りたことを、運転手と添乗の職員、さらに園で迎える職員の複数で確認するように徹底しています。

登園状況の確認システム

また、所在確認を強化するため、園児の登園状況を保護者と共有できる新たなシステムも導入しました。

システムでは、保護者が欠席や早退の連絡について入力することもでき、登園していないのに、欠席連絡がない場合には午前9時半までに園から保護者に必ず連絡するということです。

《園が強化した主な対策》
▽バス到着時に必ずエンジンを切り、安全装置作動させ確認
▽チェック表に降ろし忘れがないかどうかの項目
▽複数で車内確認
▽保護者と登園状況を共有するシステム導入
▽バス勤務前の研修を必須化

阿部泰己 園長
「一人ですべてをやろうとすれば漏れやミスが起こってしまいます。二重、三重のチェックの仕組みと、職員間のコミュニケーションが大事だと感じています。保育の現場で安心・安全は絶対に怠ってはならず、信頼を失ってしまった部分について、保護者の意見も踏まえながらこれからも取り組みを進めていきたいです」

繰り返される置き去り事故

送迎バスや車の中に子どもが置き去りにされる事故は、これまで繰り返し起きています。とくに真夏の場合、直射日光があたる状況で窓を閉めきった車内では、短時間でも熱中症などで死亡するおそれが高くなります。

2007年には北九州市で、保育園の車に2歳の男の子が4時間近く取り残され、熱中症の症状で死亡しました。

2021年には福岡県中間市の保育園で5歳の男の子が送迎バスの車内におよそ9時間取り残され、熱中症で死亡しました。

その後も、死亡などの重篤な状況には至っていないものの、おととし、滋賀県野洲市の幼稚園の送迎バスで降ろし忘れが起きたほか、去年、広島県東広島市の小学校の通学バスで子どもの置き去りなどが起きています。

このほかにも、保護者の車で保育施設へ向かうときの置き去り事故も発生していて、おととし、大阪府で2歳の女の子が父親の車に取り残されたほか、去年、岡山県で2歳の男の子が祖母の車に取り残され、いずれも熱中症で死亡しました。

どちらのケースも、保育園側は子どもたちが登園していないことを認識していましたが、ルールで決められていた保護者への出欠を確認する連絡はできていなかったということです。

安全装置 設置率は100%見込みに

相次ぐ置き去り事故を防ぐにはどうすればいいのか。

国は静岡県での事件を受け、去年4月から幼稚園などの送迎バスに「安全装置」を設置することを義務づけています。安全装置には下記の2種類があり、規定された要件に適合した装置のリストの公表も行っています。

▼「降車時確認式」
エンジン停止後に警報音を鳴らし運転手に車内の確認を促す
確認し、車両後部の装置を操作すると、警報音は止まるが、確認が行われない場合には、車外向けに警報音が鳴る

▼「自動検知式」
置き去りにされた子どもをセンサーによって検知する
検知した場合、車外向けに警報音が鳴る

義務化の対象は全国の保育所や幼稚園などの送迎バス、5万4000台余りで、1年間の経過措置の期限が終わる、ことし3月末までに完了するよう自治体を通じて呼びかけてきました。こども家庭庁によると、安全装置の設置状況は、ことし3月末までに、100%に達した見込みだということです。

また、装置の設置とともに、子どもがバスに残っていないかどうかなど「所在確認」についても義務化されています。安全装置を設置しないなど違反した施設は、業務停止命令などの対象になる可能性もあるということです。

専門家 “小さなミス隠さず 対策考えられる職場づくりを”

保育施設などでの事故の問題について詳しい専門家は、事故を受けた対策の現状について、安全装置はあくまでもヒューマンエラーを補うものにすぎず、人間の目で何重にも確認をする仕組みをつくることが重要だと指摘します。

甲南大学 前田正子教授
「保育現場では同じような事故が繰り返し起きているが、理由の1つは、保育現場のスタッフも、自治体の安全管理を担当する職員も、子どもを預ける保護者も年月がたって入れかわってしまうからです。人がかわるのにあわせて繰り返し注意喚起や研修などを行った上で、小さなミスが起きたときに隠さずにどうすれば防げたのかが考えられる職場づくりを進めることが、過ちを犯さない保育環境の整備につながっていくと思います」

子どもにとって、本当に危険な“車内熱中症”。

置き去りにされた子どもが、熱中症で亡くなる事故を二度と起こさないためにも、幼稚園や学校などと保護者が協力して、対策を進めていくことが求められています。