巨大IT企業を規制の新法 参院本会議で可決・成立

スマートフォンの分野で優越的な地位にある巨大IT企業を規制するための新たな法律が12日の参議院本会議で可決・成立しました。
法律では競争の妨げとなる禁止行為をあらかじめ示し、違反した場合には売り上げの20%を課徴金として支払わせます。
専門家は「競争が導入されれば手数料とかアプリの値段にも反映されていくと考えられ、消費者にとってプラスの面があるのではないかと思う」と話しています。

アプリ事業者は「アプリストア」手数料の減額などを期待

スマートフォンの分野で圧倒的な影響力を持つ巨大IT企業のアップルとグーグル。

大きな収入源の1つが「アプリストア」です。

スマホの利用者は、アップルやグーグルの「アプリストア」を通してアプリをインストールします。

利用者が有料アプリをインストールしたり、アプリの中で課金をしたりした際に支払った料金は、まず、アップルやグーグルの元に入り、その後、手数料として最大30%を差し引いた額がアプリ事業者に振り込まれます。

匿名を条件に取材に応じた都内のアプリ事業者によると、かつて主流だったいわゆる「ガラケー」向けのアプリで、携帯電話会社に支払う手数料が10数%だったのと比べると事業者側の負担は大きいということです。

この事業者は、NHKの取材に対し「30%の負担はかなり大きい。手数料が下がれば、新たなサービスの開発費にも回すことができる。巨大ITのプラットフォームがあるから自分たちのアプリが多くの人たちに届くという側面があるのも事実だが、今回の法律によってアプリストアに適切な競争が生まれ、手数料の減額や商品をめぐる価値観の多様化につながってほしい」と話していました。

「スマホソフトウエア競争促進法」のねらい

「スマホソフトウエア競争促進法」は、スマートフォンで優越的な地位にあるアップルやグーグルといった巨大IT企業を規制するための法律で、スマートフォンの基本ソフトやアプリストア、ブラウザー、検索エンジンの分野で、競合他社のサービスの利用を妨げることや、利用条件や取り引きで不当に差別的な取り扱いをすることなどをあらかじめ禁止行為として示しています。

この法律は、12日の参議院本会議で採決が行われ、賛成多数で可決・成立しました。

「スマホソフトウエア競争促進法」は、デジタルサービスの分野で優越的な地位にある巨大IT企業を規制し、市場の競争を促すねらいがあります。

これまでの独占禁止法では、違反が疑われる事例があっても個別のケースごとに違反の事実を立証しなければならず、時間も長くかかるという課題がありました。

このため、今回の新法は競争を妨げる禁止行為をあらかじめ定めることで、違反行為の是正を迅速にできるようにしたことが大きな特徴です。

禁止する行為として、▽他社のアプリストアや課金システムの利用を妨げること、▽検索の際に自社のサービスを正当な理由がないのに競合他社のサービスより優先的に取り扱うこと、さらに▽取得したデータを他社と競合するサービスを提供するために使用すること、などを定めています。

公正取引委員会は今後、規制対象となる事業者を指定し、毎年度、規制の順守状況をまとめた報告書を提出させることにしています。

そのうえで、違反があった場合には再発防止などを求める排除措置命令を出したり、課徴金の納付を命じたりするとしています。

このうち課徴金は、違反した企業の日本国内の売り上げの20%を支払わせるとしていて、いまの独占禁止法で同じような違反をした場合に比べて、課徴金の水準は3倍以上となります。

さらに、10年以内に違反を繰り返した場合、課徴金の水準は30%に引き上げられます。

一方で、他社のアプリストアなどの利用に対しては、セキュリティーの確保やプライバシーの保護などで懸念の声も出ていることから、規制対象の企業が必要な措置を講じることを認めています。

政府は、来年末までに新たな規制の本格運用を始めることにしていて、競争環境を整備することで新規参入の促進や技術革新の活性化などにつなげたいとしています。

アプリ事業者の団体「時代の大きな変革点」

アプリ事業者でつくる「モバイル・コンテンツ・フォーラム」の岸原孝昌専務理事は「スマートフォンのように社会に不可欠になった機能の場合、多様なプレイヤーが参入し、さまざまな選択肢を与えられるようにならないと弊害が生じる。さまざまな価値観があってこそ社会の進歩や個人の尊重も実現するが、これまでのアプリストアは思想や基準が1つしかなく、それ以外が認められない状況だった」と指摘します。

今回の法律が「時代の大きな変革点になる」としたうえで「競争が生まれ、これまで利用できなかった新たなサービスや、低価格のサービスが生まれることにつながるのではないか。よりよい競争環境を生み出すためには、規制当局と巨大IT企業のようなプラットフォーム事業者が継続的な対話や協議をしていくことも必要だ」と話しています。

専門家「競争を期待 消費者にとってプラスに」

競争法に詳しい慶應義塾大学の渕川和彦准教授は「現在、アップルとグーグルの寡占状態にあるが、競争が導入されることで、新たな技術を消費者が利用可能になり、選択肢が増えてくる。アップルなどが事業者に求める手数料はかなり高いと言われているので、競争が導入されれば手数料とかアプリの値段にも反映されていくと考えられ、消費者にとってプラスの面があるのではないかと思う」と話しています。

そのうえで「今ある巨大IT企業の間の競争も期待したいし、国内で高いIT技術を持つ会社は複数あるので、そのような事業者が新規参入できるような形で競争が行われることを期待している」と述べ、スマートフォンの分野で国内企業も含めて新規参入が進むことへの期待感を示しました。

一方で、今後の課題については「スマートフォンのソフトウエアの競争促進は、足がかりとしては重要な一歩だと思うが、巨大IT企業の問題となる行為はスマートフォンの分野に限られるわけではないので、規制の領域をどの分野まで及ぼすべきかは、海外の事例も横にらみに見ていくべきではないかと思っている」と指摘しています。

巨大IT企業 日米欧の規制当局が監視強化

デジタルサービスの分野で圧倒的な存在感を示すアップルやアマゾンなどの巨大IT企業に対しては、独占的な地位を利用して競争を妨げているという批判も高まっていて、日米欧の規制当局が監視を強めています。

このうち、EU=ヨーロッパ連合では、ことし3月から巨大IT企業を規制する「デジタル市場法」の本格運用が始まっています。

日本の法律では規制の対象となっていないネット通販やSNSなどの分野も含まれ、巨大IT企業が自社サイトで自社の製品やサービスを優先的に表示したり、アプリストアで自社の決済システムなどを使うよう求めたりすることなどを禁止しています。

違反した場合、世界での年間売り上げの最大10%を罰金として科すことができるとしています。

ことしの3月下旬には、EUの執行機関「ヨーロッパ委員会」がグーグルの親会社のアルファベットとアップル、それにフェイスブックなどを運営するメタの3社に対し、デジタル市場法に違反している疑いがあるとして調査を開始したと発表しました。

また、日本でも巨大IT企業を規制する今回の法律に加えて、ことしの4月下旬には、公正取引委員会がグーグルに対して「検索連動型」と呼ばれるインターネット広告の配信事業で競合する企業の事業を不当に制限したとして、独占禁止法に基づく初めての行政処分を出しました。

さらに、アメリカでも司法省などの規制当局がGAFAと呼ばれる巨大IT企業4社に対し、日本の独占禁止法にあたる反トラスト法違反で相次いで訴えを起こしています。

このうち、アップルに対しては、司法省がことし3月、「iPhone」をめぐり、他社の製品との間でアプリの機能を制限することなどで市場での独占的な地位を違法に維持しているとして提訴しました。

また、アマゾンに対しては、サイトに出店している小規模事業者に多額の手数料を請求し不法に独占的な地位を維持しているなどとして、FTC=連邦取引委員会などが去年9月に訴えを起こしたほか、グーグルに対しても、反競争的な買収を通じてインターネット広告市場の競争を妨げているなどとして、去年1月、司法省などが提訴しました。

旧フェイスブックのメタについても競合の可能性がある「インスタグラム」などの企業を買収し、公正な競争を妨げたとしてFTCが2021年の8月に再び訴えを起こしています。

革新的なサービスが消費者に受け入れられ、巨大IT企業は人々の生活に欠かせないプラットフォーマーとしての地位を築いてきましたが、近年は自由な競争を妨げかねないとして各国の規制当局が警戒を強めていて、日本政府は欧米をはじめ各国政府と連携しながら規制の実効性を高めたいとしています。

グーグルとアップルは

グーグルの日本法人は「これまで政府に積極的に協力し、変化が早く競争の激しいこの業界における弊社の事業運営について説明して参りました。今後も政府および業界関係者と建設的な議論を深めてまいります」とコメントしています。

アップルは「日本政府はこれまでにユーザーのプライバシーとデータのセキュリティー、イノベーション、そして私たちの知的財産の保護に資するべく法案においてさまざまな改善をしました。私たちは、日本の消費者のみなさんがiPhoneに期待するセキュリティーやプライバシーの確保に対して、この法律が実際に与える影響について懸念を持ち続けながら、法律の施行に向けて、引き続き日本の公正取引委員会と密に連携してまいります」とコメントしています。

官房長官「公正で自由な競争が促進されることを期待」

林官房長官は午後の記者会見で「法律はスマートフォンが国民生活や経済活動の基盤となる中、特定ソフトウエアのセキュリティーを確保しつつイノベーションを活性化し、消費者の選択肢の拡大を実現するため、競争環境を整備するものだ」と述べました。

そのうえで「今後、高度なデジタル専門人材の登用を進め、公正取引委員会の体制を質と量の両面で抜本的に強化するなど、法律を実効的に運用していくことで、公正で自由な競争が促進されることを期待する」と述べました。