「骨太の方針」原案まとまる 賃上げ定着など経済財政基本方針

ことしの経済財政運営の基本方針「骨太の方針」の原案がまとまりました。デフレからの完全脱却に向けて賃上げを定着させるため、労働市場改革などを推進するとしています。一方、財政面では、来年度に基礎的財政収支を黒字化する目標は維持するとしています。

“デフレ完全脱却のチャンス” 経済財政諮問会議

11日の政府の経済財政諮問会議で示された原案では、日本経済は「デフレから完全に脱却する千載一遇のチャンスを迎えている」とした上で、33年ぶりの高い水準となっている賃上げの動きを定着させ、成長型の新たなステージに移行させていくとしています。

その上で、持続的な賃上げの実現への具体策として、
▽業務を省力化し、生産性を高めようとする企業に対する支援を進めるのに加え、
▽男女間の賃金格差の解消に向けた環境整備や
▽価格転嫁対策などに取り組むとしています。

また、労働市場改革を推進し、成長分野への人材の移動を促すため、
▽仕事の質や成果を重視する「ジョブ型」の人事の指針をこの夏に公表して企業に導入を促すとともに、
▽リスキリング=学び直しのさらなる支援を行うほか、
▽改革に向け、日本全体で意識を高めるため、国民会議の開催も検討するとしています。

さらに、人口減少が進む中、社会・経済を持続可能にするには、社会保障システムの確立が不可欠だとして、
▽医療のデジタル化に取り組むとともに、
▽能力に応じて全世代が支え合う「全世代型社会保障」の構築を目指すとしています。

一方、財政面では、「来年度の基礎的財政収支の黒字化を目指す」という今の財政健全化の目標は維持した上で、来年度から6年間の新たな経済・財政に関する計画の実行を通じて経済再生と財政健全化の両立を前進させるとしています。

岸田総理大臣は、「ことしの骨太の方針が、新たな経済ステージへの移行に向けたビジョンや戦路、その後の持続可能な経済社会の構築に向けた道筋を示すものとなるよう最終とりまとめの作業を進めていく」と述べました。

政府は、与党とも調整した上で、6月中に閣議決定することにしています。

成長型の新たな経済へ移行 名目GDP1000兆円程度も視野に

今回の原案では、日本経済の現状について「デフレから完全に脱却する千載一遇のチャンスを迎えている」とし、賃上げを起点とした所得と生産性の向上を通じて成長型の新たな経済に移行させるとしています。

中長期的には、人口減少が本格化する2030年代以降も経済・財政・社会保障の持続可能性を確保するため、実質の経済成長率が安定的に1%を上回る必要があると指摘しています。

そして、成長力を高めることで、2040年ごろに名目のGDP=国内総生産が1000兆円程度となることが視野に入るとしています。

賃上げ支援・全世代のリスキリングを推進

労働分野の政策としては、賃上げに向けた支援や、全世代のリスキリング=学び直しを推進することなどが盛り込まれました。

【最低賃金引き上げ】
賃上げに向けては、企業が労働者に最低限、支払わなければならない最低賃金を、2030年代半ばまでに全国加重平均で時給1500円とする目標をより早く達成することを目指すと明記されました。

【介護施設などの賃上げ】
また、物価高を上回る賃上げを定着させるとして、公定価格で運営する医療機関や介護施設、グループホームなどの障害福祉サービスの賃上げを着実に進めるとしています。

【リスキリング推進】
性別や年齢に関わらず意欲のある人が活躍できる社会を実現するため、全世代のリスキリング=学び直しを推進するとしています。
具体的には、
▽教育訓練の給付率を最大で現在の70%から80%に引き上げることや、
▽教育訓練のために休暇を取得した人の生活支援のために新たな給付金を創設するとしています。

【労働移動の円滑化】
また、雇用政策の方向性を、雇用の維持から成長分野への労働移動の円滑化へシフトしていくと明記した上で、労働市場の改革を進めるための国民会議の開催を検討するとしています。

【カスハラ対策】
客から迷惑行為を受けるなどの「カスタマーハラスメント」から働く人を守るために、職場でのパワハラの防止措置を定めた法令の改正も含めて対策を強化することも盛り込まれました。

物価上昇上回る賃上げの達成・定着への対策

物価上昇を上回る賃金上昇を達成し、定着させるため、価格転嫁対策やいわゆるリスキリング=学び直しの強化などに取り組むとしています。

具体的には、
▽賃上げに必要な原資の確保に向けて、サプライチェーン全体で適切な価格転嫁が行えるよう下請け法の改正を検討するほか、
▽最先端の知識などを身につけるリスキリングのプログラムを創設し、来年度中におよそ3000人が参加することを目指すなどとしています。

男女の賃金格差解消へ 行動計画を年内に策定

持続的な賃上げの実現には、男女の賃金格差の解消が不可欠だとして、格差が大きい業界に対して、解消に向けた行動計画を年内に策定し、できるだけ早期に公表するよう求めることが盛り込まれました。

具体的には、賃金格差が比較的大きい業界として、金融・保険業、食品製造業、小売業、電機・精密業、航空運輸業の5つを挙げ、仕事と育児が両立しやすい働き方の実現や人事改革など、格差解消に向けた具体策を盛り込んだ行動計画の策定を求めます。

そして、計画の実行を後押しするため、政府は
▽女性登用に関する相談支援や、
▽非正規雇用から正社員への転換、
▽同一労働・同一賃金の推進、
▽いわゆる「年収の壁」の支援策の活用を促していくなどとしています。

人手不足への対応 AIやロボットなど省力化を支援

地域経済をけん引し、雇用を支える中堅・中小企業の稼ぐ力を強化するため、人手不足への対応にも取り組むとしています。

AIやロボットの導入など省力化につながる投資に対し、国があらかじめ補助の対象となる設備や製品をまとめたカタログを用意して支援を行うとともに、導入が容易なロボットの開発も促進していくとしています。

物流業界の「2024年問題」への取り組みを強化

物流業界で人手不足の深刻化が懸念される、いわゆる「2024年問題」に対する取り組みを強化することも盛り込まれました。

具体的には、長距離トラックのドライバー不足に対応するため、高速道路などに無人のカートで荷物を運べる「自動物流道路」を整備し、10年後をめどに実現を目指すとしています。

東京ー大阪間を念頭に、具体的な想定ルートも含めた基本的な枠組みを夏頃にとりまとめる方針です。

また、自動運転のトラックや自動配送ロボットなどの実用化を進め、自動の運航船も2030年ごろの実現を目指すとしています。

さらに、荷主とトラック事業者などとの取り引きを適正化し、ドライバーの賃金の引き上げなど処遇改善を進めるとしています。

ライドシェアを全国で利用可能に

移動手段の不足を解消する道筋をつけるため、一般のドライバーが有料で人を運ぶライドシェアについて安全を前提に「全国で広く利用可能にする」としています。

このため、地域の自治体やNPOなどが運用している自家用車の活用事業や、ことし4月にスタートしたタクシー会社が運営主体となるいわゆる「日本版ライドシェア」について効果の検証を行い、並行してタクシー以外の事業者の参入を認めるかどうか新たな法整備を含めて議論を進める方針です。

AI・半導体 国内投資を継続的に拡大

社会課題の解決と持続的な経済成長の実現に向け、脱炭素やデジタルなどの分野では長期的な視点に立って戦略的な投資を速やかに実行していく方針を打ち出しました。

このうち、AIや半導体については、国内での投資を継続的に拡大していく必要があるとして、必要な財源を確保しながら、複数年度にわたって量産のための設備投資や研究開発への支援を大規模かつ計画的に行うとしています。

会社向けの融資に政府保証をつける方向で検討が進められている、先端半導体の国産化を目指す「ラピダス」を念頭に、「必要な法制上の措置」や、「支援手法の多様化」を検討することが盛り込まれています。

再生可能エネルギー拡大へ 革新的技術を支援

脱炭素やエネルギー安全保障をめぐっては、再生可能エネルギーの導入拡大をはかるため、薄くて軽く、折り曲げられる「ペロブスカイト太陽電池」や風車を海に浮かべる「浮体式」と呼ばれるタイプの洋上風力発電などの、革新的な技術の開発や実用化への支援を検討するとしています。

このほか、電力の安定供給に向けて、全国の送電網の整備や、蓄電池の導入に取り組むことも盛り込みました。

「全世代型社会保障」の構築

社会保障制度をめぐっては、少子高齢化が進む中、能力に応じて全世代が支え合う「全世代型社会保障」の構築を目指し、改革を進めていく方針が盛り込まれました。

具体的には、
▽去年取りまとめられた歳出改革の工程表に基づき、高齢者の医療費や介護費の自己負担について、3割負担とする対象範囲の見直しや、
▽保険料を自治体などが算定する際の金融所得の反映のあり方などが検討される見通しです。

年金制度 年末までに改正の道筋つける

年金制度については、夏に公表される財政検証の結果も踏まえ、年末までに制度改正についての道筋をつけるとしています。

この中では、
▽企業の規模によらず、パートなどの短時間労働者が厚生年金に加入できるようにすることや、
▽5人以上の従業員がいる飲食業や、理容・美容業などの個人事業所も厚生年金の適用対象とすることについて、結論を得るとしています。
さらに、
▽いわゆる「年収の壁」にとらわれない働き方ができるよう制度の見直しに取り組むことも盛り込んでいます。

医師の不足・偏在への対応

地域や診療科によって医師が不足する偏在の問題への対応として、
▽医師が少ない地域での勤務経験を病院長などの管理者になるための要件とする医療機関を大幅に増やすことが盛り込まれました。

▽地域や診療科によって診療報酬に差をつけるなどの経済的インセンティブも検討し、総合的な対策パッケージを年末までに策定するとしています。

医薬品の供給・開発など

医薬品の供給不足をめぐっては、
▽ジェネリック=後発医薬品の業界再編を視野に入れた改革を促すとともに、安定供給に向けた法的な枠組みを整備するとしています。

また、新薬の開発能力の強化に向け、
▽国内外から人材や資金を呼び込む「官民協議会」を設置するほか、
▽医薬品の費用対効果を見極めて価格を見直す制度の対象拡大や、
▽来年度の薬価改定のあり方など、薬価制度を見直していくことも盛り込まれました。

「経済・財政新生計画」基礎的財政収支 2025年度の黒字化目指す

骨太の方針の原案では、「財政健全化の旗を下ろさず、来年度・2025年度の国と地方の基礎的財政収支の黒字化を目指す」と明記し、これまでの財政健全化目標を維持する方針を示しました。

そのうえで、持続的な財政運営を目指すとして来年度から人口減少が本格化する2030年度までの6年間の新たな計画「経済・財政新生計画」を定めました。

計画では「金利のある世界」に移行することで国債の利払い費が増える懸念があるとして、財政に対する市場の信認を確保する必要性を指摘する一方、財政健全化の目標によって政策の選択肢を狭めることはあってはならず、「経済あっての財政だ」という姿勢も強調しています。

具体的には財政健全化に向けて、「GDP=国内総生産に対する債務残高の比率を安定的に引き下げることを目指す」とした目標を6年間維持するとしました。

一方、基礎的財政収支の黒字化については、「その取り組みの進捗(しんちょく)・成果を後戻りさせない」としたものの、計画期間中に黒字を続けるとは明記されていません。

また、来年度から3年間を経済や財政の改革を集中的に講じる期間と位置づけ、予算編成では、社会保障費の伸びを高齢化による増加分に抑えるなどとするこれまでの歳出改革の努力を継続するとしています。

ただ、改革の具体的な取り組みについては、「経済・物価動向などに配慮しながら、各年度の予算編成過程において検討する」と記すにとどめ今後の議論の余地を残す形となっています。

骨太方針の策定を前に自民党のいわゆる財政再建派と積極財政派はそれぞれ財政健全化目標の扱いについて岸田総理大臣に提言していて、今回の原案は、双方の意見に配慮した形となりました。

「女性版骨太の方針」もまとまる

女性活躍の推進に向けた政府のことしの重点方針「女性版骨太の方針」がまとまりました。

男女間の賃金格差の解消へ、学び直しの支援など人材育成を強化するとともに、いわゆる「年収の壁」にとらわれない働き方の実現に向け、制度の見直しに取り組むとしています。

11日の会議で決定した「女性版骨太の方針2024」では、男女の賃金格差を解消するため、
▽企業に非正規で働く人を正社員に登用するよう促すとともに、リスキリング=学び直しの支援などを通じて人材育成を強化するとしています。

また、
▽いわゆる「年収の壁」にとらわれない働き方ができるよう、制度を改めていくことも盛り込んでいます。

さらに、2030年までに最上位のプライム市場に上場している企業で役員に占める女性の比率を30%以上にする目標を達成するため、
▽企業ごとの行動計画の策定を促し、
▽積極的な企業には補助金などを拡充するとしています。

岸田総理大臣は、「すべての人が生きがいを感じられ、多様性が尊重される持続的な社会の実現のための取り組みを進める」と述べました。