“聖地”は自転車で走るだけ?行動分析で見えてきたのは

“聖地”は自転車で走るだけ?行動分析で見えてきたのは
瀬戸内海を縦断し愛媛県と広島県を結ぶ「しまなみ海道」。開通からことしで25年を迎えました。サイクリングを楽しむ人たちの間で、“聖地”と呼ばれるほど大勢のサイクリストたちでにぎわっています。

しかしいま、この“聖地”はある課題が指摘されていて、解決に向けた取り組みも始まっています。

(松山放送局今治支局記者 木村京)

サイクリスト どこから来て何を?

今や世界有数の「サイクリングロード」として、高い知名度を得た西瀬戸自動車道、通称「しまなみ海道」。
愛媛県と広島県の5つの島を結び、全長は70キロに及びます。

瀬戸内海に浮かぶ島々を結ぶ橋と、海が織りなす絶景を駆け抜けられると人気です。

サイクリングロードは年間30万人以上が利用。

外国人の利用者も増え、サイクリストたちの間で“聖地”とも呼ばれるようになりました。
しかし、この“聖地”、いまある課題が指摘されています。

しまなみ海道を駆け抜けていくサイクリストたちの行動が、詳しく把握できていないというのです。

周辺の道の駅などを取材し、聞こえてきたのは、客は増えているものの、休憩や買い物で立ち寄るだけのサイクリストたちが、どこから来て何をしてどこに行くのかわからない、という声でした。
これでは、せっかく世界中から多くの人が訪れても、どれだけの経済効果を地元に生み出しているか把握することができません。

行動の「見える化」を

そこで去年秋から始まったのが、サイクリストたちの行動を「見える化」しようという実証実験です。

進めるのは、愛媛と広島でレンタサイクル事業を運営する団体「しまなみジャパン」。

東京のIT大手やナビゲーションアプリの運営企業などと連携してアプリを独自開発しました。
自転車を貸し出す時にアプリをダウンロードしてもらい、年齢や性別に居住地、同行者などの情報を入力してもらいます。

アプリには、サイクリストの利便性につなげるため、ルート上の休憩スポットや観光地も紹介されているほか、思い出を写真で記録する機能などがついています。
スタートボタンを押すと、GPSを使って走行距離が積算されていきます。

利用者に同意を得た上で位置情報を提供してもらい、走行中、どこを通りどこで立ち止まっているかを把握できるようになっています。

なぜ?何もない場所に多くの人が

実験を始めておよそ半年。

アプリのダウンロード数は1万を超えました。

そのデータを分析することで、これまで謎に包まれていたサイクリストたちの行動の実態の一部が見え始めています。
地図上の丸印はサイクリストが5分以上立ち止まった場所を示しています。

取材した日、レンタサイクル運営団体の坂本大蔵さんと分析に訪れたIT大手の担当者が注目していたのは、島を走る道沿いにある、丸印が集中していた地点です。

この場所は、観光地でもなく、店や施設があるわけでもありません。

ではどんな人たちがなぜこの場所に集まっているのか。

実際に現場に行ってみました。
やはり現場には、目印や看板などは何もありません。

それでもデータが示す通り、次々にサイクリストたちがやってきます。

そこでやってきた人たちに話を聞いてみました。
オーストラリア人男性
「きれいだったので偶然立ち止まりました。ゆっくり景色を楽しみます」
フランス人男性
「地図で渦巻きのイラストを見たけれど、ここのことだったんだね」
この付近の海峡は潮が速く激しく波打っています。

その海の様子や、対岸の島が重なり合う景観を眺めたり、写真を撮ったりしていたようです。

ほとんどの人たちが偶然この場所を見つけたと話していました。

データ活用で魅力アップを

しかし多くのサイクリストたちは、写真を撮ってひと休みすると走り去ってしまいます。

そこで坂本さんは、岡山から訪れたというサイクリストにさっそく話しかけました。
坂本さん
「村上海賊の居城が向かいにある島にあったんですよ」
岡山から訪れた男性
「貴重なお話ですね。聞かなければ、潮の流れがすごいなと言って帰るだけだった」
対岸にある島には、戦国時代を中心に瀬戸内海一帯を治めた「村上海賊」と呼ばれる一族の居城跡があり、瀬戸内海の歴史を知る上で重要な場所の1つです。

近くには村上海賊をテーマにしたミュージアムもありますが、サイクリストたちからの知名度は、まだ低いのが現状です。

このため坂本さんは、歴史を伝える案内板などを設置し、ミュージアムなどへ誘導できればより満足度を高められるのではないかと考えています。
坂本さん
「私たちが気づいてないだけで、この景色を撮ってみたいという魅力的な場所には必ずサイクリストは寄ってくれる。そういった場所に案内版や施設を持っていきたいです」

販売戦略にも活用

坂本さんは、アプリで蓄積したデータ分析の内容を、周辺の飲食店などに提供することも検討しています。

しまなみ海道の周辺には、ここ最近、出店する飲食店などが増えています。

どのような人が、どう行動しているのかが見えてくれば、SNSなどで店を効果的にアピールしたり、ニーズを踏まえた商品をそろえたりして、売り上げにつなげられるのではないかと考えているのです。
島のベーグル店の店主 佐々木理佐さん
「お客さんにどうやってお店を知ってくれたかとかどこから来たかとか聞いてメモをとるようにはしていますが、どうしても自分でデータをとるというのはなかなかできません。今後、通販なども始めたいので(データを提供してもらえると)とてもありがたいです」

増えるサイクリストの安全対策にも

坂本さんは、データを安全対策にも活用できると考えています。

しまなみ海道には、愛媛県や広島県などが設定したメインのサイクリングルートがありますが、最近ではそれぞれの島を楽しもうと、ルートを外れて山道や細い道を通るサイクリストたちも増えてきました。

そうしたルートをデータで把握することで、通行量が多くリスクがありそうな場所に標識や看板を設置するなどの安全対策を行政などに提案していきたいと考えています。

観光のDX化のきっかけに

今回の実験で取得したデータの可視化などを担当するIT大手では、観光業のデジタルトランスフォーメーションの先進事例になるのではないかと期待しています。
NTTコミュニケーションズ ビジネスソリューション本部 多田大輔さん
「スマートフォンのユーザーが多くいる中で、データから『旅行者』だけを特定するのは難しかったが、今回は、サイクリストに特化したデータを抽出しています。さらに属性などで細分化して分析できるので、サイクリストを『資源』とする、この地域の方の役に立てられると思う」
実験には、レンタサイクルの予約システムの開発など一連のデジタル化事業としてあわせて8000万円余りがかかっていて、コストをどう回収するかなどまだ課題も多くあります。

それでも坂本さんは、今回の取り組みに大きな期待を寄せています。
坂本さん
「自転車が地域を潤すということが、観光の1つのパートを担い、それがしまなみ海道を25年間で変えてきたので、さらにもう一段階、あげていければと思う。魅力的なポイントがいっぱいあることを知ってもらえれば、おのずとサイクリストたちの滞在時間も延びてくると期待しているし、走るだけでなくしまなみ全体を楽しむテーマパークみたいになれるのではないかと思います」
サイクリストの“聖地”で始まったDX化の取り組み。

今後の動向に注目です。

(6月5日「おはよう日本」で放送予定)
松山放送局 今治支局記者
木村 京
2020年入局
2022年より今治支局勤務、海事産業やタオル業界など地域経済の取材を担当