【詳しく】フィリピン大統領 南シナ海情勢で中国に警告 背景は

シンガポールで31日開幕した「アジア安全保障会議」で、フィリピンのマルコス大統領が南シナ海の情勢などをテーマに講演し、中国による妨害行為でフィリピン側に死者が出るような事態になれば、同盟国アメリカとともに、軍事的な対応をとる可能性を示唆し、中国側に警告しました。

フィリピンでは国民の間で中国への強い反発が広がっていて、専門家は「マルコス政権は、中国と国内世論の両方に対応するという難しい課題に直面している」と分析しています。

各国の防衛担当の閣僚らが参加する「アジア安全保障会議」は31日、シンガポールで開幕し、フィリピンのマルコス大統領が南シナ海の情勢などについて基調講演を行いました。

南シナ海では、中国海警局の船がフィリピンの船に放水銃を発射してけが人が出るなど領有権を争う両国の間で対立が深まっていて、マルコス大統領は中国を念頭に「違法で威圧的、攻撃的な行動が、私たちの主権を侵害し続けている」と非難しました。

その後の質疑応答で、マルコス大統領は中国側による妨害行為でフィリピン側に死者が出た場合の対応を問われると、「ほぼ間違いなくそれがレッドライン=越えてはならない一線だ」と述べ、相互防衛条約を結ぶアメリカとともに軍事的な対応をとる可能性を示唆して、中国側に警告しました。

広がる強い反発「私たちは中国がしてきたことに怒っている」

南シナ海で威圧的な行動を続ける中国に対して、フィリピンでは各地で抗議活動が行われるなど国民の間で中国への強い反発が広がっています。

先月15日には、2012年から中国が実効支配する南シナ海のスカボロー礁に近いルソン島西部の港に、中国に抗議する団体のメンバーらが乗ったおよそ100隻の船が集まり、海上で大規模な抗議活動を行いました。

活動には、中国当局によって周辺の豊かな漁場から追い出された地元の漁師たちも加わり、船団を組んで南シナ海を航行し、中国への抗議を示しました。

首都マニラでも先月、市民およそ300人が南シナ海におけるフィリピンの主権を訴えながら、市街地の通りを練り歩きました。

参加者が通り沿いの住宅を訪ね、国旗を掲揚してともに抗議の意思を示すよう呼びかけると、多くの住民が家の軒先などに国旗を掲げていました。

参加した76歳の男性は、「私たちは、中国がしてきたことに怒っている。フィリピンのために闘おう」と話していました。

教育現場で中国の威圧的な行動を解説する講演も

フィリピンの教育現場では、中国の威圧的な行動について知ってもらおうという取り組みも行われています。

マニラの公立高校では、中国に対する抗議活動を行っている団体が、南シナ海の問題に関する講演会を開きました。

団体のメンバーは、中国当局の船がフィリピンの船に対して放水銃を使用してけが人も出ていることや、中国の船によって貴重なサンゴ礁が破壊されている実態などを写真や資料を交えて解説しました。

また、中国がSNSなどを通じて偽の情報を拡散し、フィリピン国内の世論の分断を図ろうとしているという指摘もあることを紹介し、生徒たちに注意を呼びかけていました。

生徒の1人は、「中国がこんなことをしているとは知りませんでした。私たちは勇敢になるべきだし、中国の抑圧を許してはいけません」と話していました。

団体によりますと、講演の依頼は国内各地の学校から寄せられているということです。

中国への反発が急速に拡大 背景に政権の情報公開

中国に反発する動きが急速に広がっている背景には、マルコス政権が南シナ海での中国の威圧的な行動を積極的に公開するようになったことがあります。

フィリピンでは、前のドゥテルテ政権が中国との経済的な関係を重視する一方、南シナ海での中国船の活動はほとんど公表しませんでした。

おととし(2022年)就任したマルコス大統領も当初は抑制的に対応していましたが、去年、フィリピンの巡視船が中国海警局の船からレーザー光線の照射を受けたことをきっかけに、方針を大きく転換。

照射を否定する中国側に反論するため、現場で撮影したとする映像を公開するとともに、国内外のメディアに沿岸警備隊の巡視船などへの同行取材を認め、威圧的な行動を繰り返す中国船の実態を積極的に公開するようになりました。

その結果、民間の世論調査会社がことし3月に実施した調査では、フィリピンの主権を守るため南シナ海で軍のパトロールなどを増やすべきだと回答した人が7割以上を占めるようになりました。

世論の高まりを追い風に、マルコス政権は同盟国アメリカとの軍事協力を加速する一方、先月、日本やイギリスなど14か国をアメリカとの合同軍事演習にオブザーバーとして招き、中国に対抗する「同志国」の輪も広げようとしています。

演習では、フィリピン海軍の艦船が初めて対艦ミサイルの実弾を発射。敵艦に見立てた廃船を撃沈する映像を公開するなど、中国へのけん制を強めています。

激しさを増す中国の威圧的な行動

一方で中国の威圧的な行動は逆に激しさを増し、事態はエスカレートしつつあります。

ことし3月、南シナ海のセカンド・トーマス礁の近くで中国海警局の船がフィリピン軍の拠点に物資を運んでいた運搬船に対して放水銃を使用し、乗り組んでいたフィリピン軍の兵士3人がけがをしました。

この3人の兵士がNHKの取材に応じ、当時の状況を説明しました。

このうち頭などにけがをした兵士は、「中国海警局は明らかに自分を標的にしていた。隠れる場所を探したが胸に放水が直撃し、吹き飛ばれた」と話し、中国側が執ように兵士たちを狙っていたと証言しました。

別の兵士は、「これまでも放水銃による威嚇はあったが、最近のものは本当にひどい。私も同僚もみな不安を感じている」と話し、放水銃の威力が増しているという見方を示しました。

フィリピン政府は、現場は自国の排他的経済水域だとして対応を非難しましたが、中国海警局は、「フィリピンの船は、再三の警告や制止にもかかわらず、海域に強引に侵入した」とし、「フィリピン側が南シナ海の平和と安定を故意に損なおうとしている」と反発しました。

中国の威圧的な行動はその後も続き、ことし4月には南シナ海のスカボロー礁の周辺海域を航行していたフィリピン沿岸警備隊の巡視船に対して海警局の船が放水銃を使用し、デッキの手すりや通信機器の一部が損傷する被害も出ています。

専門家「アメリカ抜きの新たな枠組みの構築も求められる」

アジア地域の安全保障に詳しいフィリピン大学アジアセンターのアーロン・ジェド・ラベナ上級講師は、「中国の攻撃的な姿勢を見てフィリピン国民の意識は変化しており、中国に対してより強硬に対応するよう政府に圧力をかけている。マルコス政権は、中国と国内世論の両方に対応するという難しい課題に直面している」と分析しています。

そのうえで、マルコス政権が世論に引っ張られて中国に対するけん制を強め続ければ事態はエスカレートすると懸念を示し、「緊張を緩和するには中国との意思疎通の窓口を常に開いておくことが重要だ」と述べました。

一方、マルコス政権は、同時に同盟国アメリカの動向も注視する必要に迫られていると指摘します。

ラベナ上級講師は、ことし11月のアメリカ大統領選挙でトランプ氏が大統領に返り咲いた場合、アメリカが南シナ海問題への関与を弱める可能性があるとしたうえで「フィリピンは、アメリカが孤立主義や取り引きに走るリスクを分散する必要がある。ほかの同志国との関係強化や、アメリカ抜きの新たな枠組みの構築も求められる」と話しています。

日米比の海保機関トップら会談 中国の行動に協力強化を確認

アジア安全保障会議にあわせて1日は、日本の海上保安庁、それにアメリカとフィリピン、それぞれの沿岸警備隊のトップらが会談しました。

会談では、南シナ海で中国海警局の船が威圧的な行動を強める中、ことし4月に行われた3か国の首脳会談の合意を踏まえ、合同訓練を行うなど、協力を強化していくことを確認しました。

会談のあと、フィリピン沿岸警備隊のガバン長官は記者団に対し、合同訓練は来年、日本で行われ、フィリピンからは、日本が供与した大型巡視船が参加する予定だと明らかにしました。

そのうえで、「アメリカと日本は、どのような支援をすれば、私たちが役割をよりよく果たせるかを協議してくれている」と述べました。

会議では、このあと海上保安機関の協力についてのセッションが開かれ、この場でも、各国の連携などについて話し合われます。

木原防衛相「国際秩序の維持や強化をリードする覚悟」

木原防衛大臣は「アジア安全保障会議」で演説し、海洋進出を強める中国を念頭に、日本が法の支配に基づく国際秩序の維持や強化をリードしていく考えを示しました。

この中で木原大臣は、海洋進出を強める中国を念頭に「東シナ海・南シナ海では力や威圧による一方的な現状変更やその試みが続いており、台湾海峡の平和と安定も重要だ」と述べました。

そのうえで「インド太平洋地域の平和と安定の維持は国際社会全体に関わる共通の利益だ。日本は各国とのネットワークを生かし、法の支配に基づく国際秩序の維持や強化をリードする覚悟だ」と述べました。

また木原大臣は、日本が「反撃能力」の保有を進めていることを紹介したうえで「わが国が行う防衛力の強化や同盟国・同志国との連携強化は、地域の緊張を高めるものではなく、力による一方的な現状変更を抑止し、望ましい安全保障環境をつくるものだ」と述べ、理解を求めました。