「私が死んだら息子は誰が…」在宅の障害者が増加 親は不安も

「私が死んだあと、息子はどういう環境に置かれるのだろう」

60代を超えて体力は衰えていく。重度の知的障害や自閉症がある30代の息子を入居させられる場所は見つからない。母親は将来に不安を感じています。

自宅などで暮らす「在宅」の知的障害者の人数が推計で初めて100万人を超えたことが厚生労働省の調査で分かりました。このうち6割以上が親と同居していて、介助を担う親の高齢化も進む中、安心して暮らせる環境の整備が課題となっています。

高齢化する親 募る不安

水上さゆりさんと息子の卓人さん

大阪 箕面市に住む水上さゆりさん(62)は70歳の夫と、重度の知的障害や自閉症がある息子の卓人さん(31)の3人で自宅で暮らしています。

卓人さんは未熟児で生まれ、大腸の病気やてんかんの発作で生後間もなくから入退院を繰り返す生活を続け、医師からは「障害が残る可能性がある」と告げられました。

幼少期の卓人さん

治療の結果、病気の症状や発作はなくなりましたが、現在も自分の気持ちを言葉でほとんど伝えられません。また、自分や周りの人を傷つけるなどの行動がみられる「強度行動障害」で、気持ちが不安定になると自分の手首をかんだり、パニックになったりすることもあったということです。

水上さんは、なるべく本人のペースや特性にあった生活をさせたいと、自宅で卓人さんの暮らしを支えることにしました。

自宅には、卓人さんが好きなハンモックを設置したほか、自閉症の特性でこだわりが強い卓人さんのために、300台近いミニカーを部屋に飾っています。安心できる環境を整えたことで、卓人さんは以前より落ち着いています。

一方で、水上さんは、夫が70歳になり、自分も60代を超えて体力が衰えていく中で、今の生活をずっと続けるのは難しいと感じています。卓人さんが自宅以外で安心して暮らせる住まいがないか探していますが、重度の障害者を受け入れられるグループホームにはほとんど空きがないということです。

自宅に近いグループホームを体験利用したこともありますが、気持ちの支えになっているミニカーを部屋に置けないなど卓人さんが落ち着く環境が作れないことから入居は断念せざるを得ず、今後安心した住まいを見つけられるか不安が募っているといいます。

水上さゆりさん
「親が死んだ後に息子がどういう環境に置かれるのか、ご飯はしっかり食べさせてもらえるのかなど、心配が多く、『一緒に死ねたらいいな』と考えたこともありました。自分があとどれくらい元気でいられるのかわからないので、5年ほどで息子が安心して暮らせる環境を見つけたいと思っていますが、自宅の近くにはまず無いので歯がゆい思いです」

在宅の障害者 過去最多 知的障害者は100万人超に

入所施設や病院以外の自宅やグループホームなどで暮らしている「在宅」の障害者について、厚生労働省は、おととしに6年ぶりに調査を行い、その結果を公表しました。

それによりますと、障害者手帳を保有している在宅の障害者の人数は、推計で610万人と前回より50万人余り増え、過去最多となりました。

【障害者手帳の保有者別】
▽身体障害者 415万人
▽知的障害者 114万人
▽精神障害者 120万人
身体障害者以外は増加し、知的障害者と精神障害者は初めて100万人を超えました。

知的障害者の人数は、障害への認知度が高まって手帳を取得する人が増えたことや、医療の進歩などで平均寿命が延びたことなどから増加しているとされていて、40歳以上の人数は42万人と2000年と比べて5倍以上になっています。

また、在宅の知的障害者の64%が親と同居しているということで、親の介助を受けて暮らしているケースが身体障害者や精神障害者より多い傾向がわかりました。同居している親の高齢化が進み、障害者が地域で安心して暮らせる環境をいかに整備するかが課題となっています。

グループホーム増加も“重度障害者が入居できる事業所は不足”

知的障害者の暮らしの場をめぐって、国は、障害者が身近な地域で尊厳をもって生活してもらうため一般の住宅やアパートなどで数人で共同生活を送るグループホームの整備を進めています。

厚生労働省によりますと、去年3月末時点で、グループホームの事業所数は1万2673か所と、5年前と比べて4879か所増加しています。利用者数は、去年3月末時点で17万1651人と、5年前と比べて5万6829人増えました。

ただ、グループホームを巡っては、重度の障害者が入居できる事業所は不足していると自治体や専門家から指摘されていて、障害が重くても親元以外で安心して暮らせる環境の整備が課題となっています。

入居依頼に応えたくても「人手不足でホーム増やせず」

名古屋市にある社会福祉法人「ゆたか福祉会」は愛知県内でグループホームを30か所余り運営していて重度の知的障害者などおよそ140人が暮らしています。

法人には、自宅で親と暮らしている障害者からの入居希望が多く寄せられていますが、定員はいっぱいで利用枠に空きが出ることはほとんどないということです。

法人の名古屋市緑区のホームではもともと定員が5人ですが、ことし2月に60代の利用者が病気で別の施設に移ったことから、2016年の開設以来初めて空きが出ました。

系列の作業所の利用者などを対象に入居希望を募ったところ、今月までに9人が応募してきていて、このうち6人は同居する親が60代以上だということです。

申請用紙には「本人は家で生活したいと言っているが、私自身が昨年から体力の衰えを感じていて入居の申し込みをしたい」とか「親も高齢になり、夫婦2人で息子をみている状態です。ぜひ、この機会に入居をお願いします」など、高齢の親の切実な思いが記載されていました。

こうした状況を受けて、法人ではニーズを満たせるだけのグループホームの数を増やしたい考えですが、職員の確保ができず人手が不足しているため、すぐに開設するのは困難だということです。

事業所で所長を務める石田誠樹さん
「親自身が認知症になったり両親のどちらかが寝たきりになったりと、緊急度の高い高齢の親からの相談が近年は増えている。希望する全員が入れるようにホームの数を増やしたいが、人手の不足や資金の問題でなかなか難しく、強く葛藤しています」

専門家「障害者が安心して暮らせる環境整備を」

佛教大学社会福祉学部 田中智子教授
「知的障害のある人が増加している背景には、様々な法律や制度が整えられて障害者手帳を取得する人が増えたことのほか、医療の進展などで障害のある人も長く生きられるようになり、人数のボリュームとしても増えてきていることがあると考えられる。障害のある人が長生きできるようになったこと自体は喜ばしいことだが、高齢の親と知的障害のある子どもが同居しているケースが近年増えている。親によるケアが難しくなったとき子どもがどこで暮らすのか見通しを持てないことが大きな問題になっている」

知的障害者の暮らしの場の現状については。

「都市部では、グループホームが量的に足りてきていると認識されているが、実際には、特に重い障害のある人たちを支えられる状況にはなかなかなっていない。親にとっては、誰でもいいから子どもを託したいということにはならないので、障害者が安心して暮らせる環境を整備していくことが求められている。また、職員が安定して働き続けられるような環境を国が整備していくことも必要だ」

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