「ロシア法」に揺れるジョージア いったい何が?

「ロシア法」に揺れるジョージア いったい何が?
「私たちはEUに向かうのかロシアに向かうのか、岐路に立っている」

旧ソビエトの構成国の1つジョージアの首都トビリシで、デモに参加していた男性はこう訴えました。

政府が提出した“ある法案”をめぐって大きく揺れているジョージア。
4月以降、連日、市民による大規模なデモが行われ、議会では与野党の議員が殴り合いをする事態に。

いったい何が起きているのか。背後には何があるのか。「ロシアの影」がちらつく旧ソビエトの小国を取材しました。

(モスクワ支局長 野田順子)

そもそもジョージアってどこにある?

ジョージアは黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス地方の国です。

人口およそ370万、面積は北海道より少し小さいおよそ7万平方キロメートルです。

北はロシア、南はトルコなどと国境を接し、アジアとヨーロッパをつなぐ位置にあり、昔から多くの民族が行き交う交通の要衝でした。

ジョージアってどんな国?

旧ソビエトの構成国の1つで1991年に独立したジョージアは、美食の国としても知られています。8000年のワインづくりの歴史があるとされ、みずから「ワイン発祥の地」だとしています。
「クベブリ」と呼ばれる素焼きのかめの中で熟成させて作るワインが特徴で、その製造技術はユネスコの無形文化遺産にも登録。

にんにくソースで鶏肉を煮込んだジョージアの伝統的な家庭料理「シュクメルリ」が日本の牛丼チェーンで販売され、話題になったこともありました。

いまジョージアで何が起きている?

そのジョージアが4月以降、“ある法案”の審議をめぐって大きく揺れています。

ある法案というのは、与党「ジョージアの夢」が提出した「外国の影響力の透明性に関する法案」。

外国から20%以上の資金提供を受けるNGOやメディアなどの団体に対し、国への登録を義務づけるものです。

ロシアにも同様の法律があるため、「ロシア法」とも呼ばれています。
EU=ヨーロッパ連合や欧米の軍事同盟NATO=北大西洋条約機構に加盟することを目指してきたジョージア。2023年12月にようやくEUの加盟候補国として認められたところに、この「ロシア法」が出てきたのです。

外国からの資金提供を受けて民主的な活動を行うNGOなどを押さえ込む根拠になりかねないとして多くの市民が反発。

4月15日には、議会での法案審議中に、与党会派の会長が野党議員に殴られ、乱闘騒ぎになる事態にまで発展しました。

デモ参加の市民の思いは?

ジョージアの市民は4月以降、首都トビリシなどで連日、大規模な抗議デモを行ってきました。

雨の中、広場や通りを埋め尽くす人たち。若者だけでなく中高年の姿もありました。また、ジョージアの国旗だけでなくEUの旗を手にしている人たちも目につきました。連日、抗議を続ける人たちのエネルギーに圧倒されました。
世論調査では、国民の8割以上がEUへの加盟を支持しているという結果も出ていて、デモに参加した人たちからも「自分たちはロシアではなく、ヨーロッパの一員だ」といった声が多く聞かれました。
デモ参加者
「ジョージアにとって決定的な瞬間だ。私たちはEUに向かうのか、ロシアに向かうのか岐路に立っている。政府は国をロシアの方向に押しやろうとしている」
デモ参加者
「ジョージアはヨーロッパの一部で、ヨーロッパの一員だ。ロシアとは距離を取りたい」

市民に残る苦い過去の記憶

ジョージアの人たちの反ロシア感情。

大きな理由の1つとなっているのが、ロシアによる軍事侵攻という苦い記憶です。

2008年、ジョージアのロシア国境に接する地域で分離独立を主張する親ロシア派と政府軍の間で武力衝突が起きました。
紛争の発端については、ジョージアと、分離独立を主張する「南オセチア」双方が、相手が先に攻撃や挑発をしたと主張。

ロシアは、攻撃を理由に「南オセチアのロシア系住民を保護する」という名目で軍事侵攻したのです。
その後、ロシアは西部の「アブハジア」と、北部の「南オセチア」の独立を一方的に承認。2つの地域には今もロシア軍が駐留していて、多くの人が故郷を追われたままになっています。
ジョージアは、かつてはロシア語読みの「グルジア」という国名が広く使われていましたが、高まる反ロシア感情を背景に「英語読みの『ジョージア』と呼んでほしい」と各国に訴え、日本政府も2015年から「ジョージア」に変更しています。

「ロシア法」 与党のねらいは?野党はなぜ反発?

実は、この法案は、ほぼ同じ内容のものが2023年3月に議会に提出されたものの、市民の大規模な抗議デモを受けて与党が取り下げた経緯があります。

市民の反発が予想されたにもかかわらず、なぜまた同じような法案を提出したのか。

与党幹部で議会の副議長を務めるタラクバゼ議員に直接問いました。
タラクバゼ議員
「現在ますます多くの民主主義国に対し、外国が影響力を及ぼそうとしており、EUもこうした外国の動きに警戒するよう、加盟国に呼びかけている。ジョージアが同じように懸念することも当然だ。
この法律は外国からの干渉の可能性から民主主義とわが国の政治を守るためのもので、内政に外国の勢力が影響を及ぼすのだと社会や市民に知らせることを目的としている」
一方、野党は、このタイミングで与党が法案を提出した背景には10月に予定されている総選挙があると指摘します。

選挙前に政権に批判的な団体を抑え込む手段を確保したいのだというのです。
バシャゼ党首
「この法案が通れば、望むような選挙結果を得ることができるようになる。夏の間に活動家やブロガー、野党などを取り締まるつもりなのだ。
国民はこの法律がレッドラインであると理解している。このままでは、民主的統治ではなく、権威主義的な政権になってしまう」

「外国の代理人」法 ロシアでは?

野党の懸念の念頭にあるのがロシアです。

ロシアでは、2012年に法律が導入されると、プーチン政権に批判的なメディアや政治家などが次々とスパイを意味する「外国の代理人」に指定されました。

ノーベル平和賞を受賞したロシアの独立系新聞の編集長ムラートフ氏や、同じくノーベル平和賞を受賞した人権団体「メモリアル」、著名な作家で日本文学の翻訳家でもあるアクーニン氏なども含まれています。
「外国の代理人」に指定されると、国内での活動は大きく制限され、活動の拠点を国外に移さざるをえない人も少なくありません。

“ロシア法” すでにその兆候も

トビリシの町なかで先行きを暗示するようなものを見つけました。

道路脇の掲示板にびっしり貼られたポスターです。1人の女性の写真とともに「ジョージアにはアメリカの代理人の居場所はない」と書かれていました。
その女性は、汚職の監視などに取り組む国際NGO「トランスペアレンシー・インターナショナル」の現地代表エカ・ギガウリさんです。

このNGOは、スウェーデンやアメリカなどの政府の支援機関から資金援助を受けて活動しています。
ギガウリさんに話を聞くと、ポスターは職場や自宅の周りに大量に貼られたほか、政府に近いテレビでは、ギガウリさんの家族や収入についての情報まで流されていると言います。
ギガウリさん
「このように扱われているのは私だけではありません。独立系のメディアも同じです。
法律がまだ成立していなくても、激しい中傷キャンペーンにさらされています。この法律は政府がNGOや批判的なメディアを封じるためのものです」

ちらつく“ロシアの影”?

今回の「ロシア法」をめぐる動きにロシアが関わっているのかどうか、実際のところは分かりませんが、野党や欧米メディアがあげているのが、ロシアとつながりが深いとされるイワニシビリ元首相の存在です。
イワニシビリ氏はロシアとのビジネスで財をなしたジョージア随一の富豪です。

与党「ジョージアの夢」の創設者で、2012年の総選挙で政権交代を果たし首相に就任し、2008年の武力衝突以降、悪化していたロシアとの関係改善に取り組みました。
ロシアとはいまも深い関係を維持していると伝えられています。

4月末には法案を支持する人たちの集会に出席し「欧米諸国の情報機関がジョージアに干渉している」などとプーチン政権が繰り返しているような欧米批判を展開し、不信感を鮮明にしました。
イワニシビリ元首相
「(わが国で活動する)NGOへの資金提供はわれわれへの支援に見えるが、(外国の)諜報活動を強化し、彼らを権力の座につかせるためのものだ。彼らの目的はジョージアの主権の喪失だ」

ロシアからは離れられない?

取材を進めると、ロシアとの関係を簡単には切れない実情も見えてきました。

ジョージアは、ウクライナ侵攻後のロシアに対する経済制裁には参加していません。決して強いとは言えない自国経済への悪影響を考慮した判断と考えられます。

その結果、名産のワインなどのロシアへの輸出は伸びています。

モスクワ市内の食料品店で見た「本物のコカ・コーラ」もジョージアから輸入されたものでした。
また、ウクライナ侵攻による制裁やロシアでの動員の発表を受けて、ロシアからジョージアに逃れてきた人や企業も多く、ジョージアの経済成長に寄与しているという分析もあります。

経済面ではロシアによるウクライナ侵攻後、関係はむしろ深まっているのです。

ただ、ロシア向け輸出が増え、利益を上げているワイン業界を取材しようと試みましたが、ロシアとのビジネスでもうかっていることを公言したくないという業者ばかりでした。

カメラの前では答えてくれませんでしたが「これ以上、政治に振り回されたくない」という本音も聞かれました。

ジョージアは“ロシア寄り”になるのか?

ソビエト崩壊から30年あまり。

デモに参加した若者だけでなく、政党関係者でも今回の取材で出会った人たちの中にはロシア語を知らない人が多く、ほとんどの取材を英語で行いました。

ロシアに融和的とされる与党の幹部(40代)でさえ「ロシア語と英語を両方話す世代は、わたしたちで最後かもしれません」と話していました。

ジョージアの中にある反ロシア感情は根強いものがあり、基本的にはヨーロッパ寄りのスタンスを大きく変えることはないと思います。

ただ、同じようにヨーロッパを目指すウクライナがロシアに侵攻された現実をまのあたりにした市民の中には、ロシアの反発を招いてまでEU加盟にこだわるべきなのか、不安があるのも事実です。

ジョージアはどこへ?

5月15日。

首都トビリシを訪れたリトアニアのランズベルギス外相は「法案の採択と市民社会における継続的な抑圧は、EUやNATO加盟への道を止めることになるだろう」と述べ、EU加盟への支障になりかねないと警告しました。
ヨーロッパ寄りのズラビシビリ大統領は「法案の本質はロシアの法律で、わが国の憲法にも反する」などとして署名を拒否。

しかし、法案は28日、再び議会で可決されました。再び大統領が拒否しても、今回は議長の署名によって法律として成立する見通しです。
与党幹部が「外国の干渉の可能性から民主主義とわが国の政治を守るためのもの」と言うこの法律が今後、どう運用されていくのか。

ロシアや中国などの「権威主義」的な国家と「民主主義」国家の対立も指摘される中、単に1つの国の混乱としてではない広い視点で、情勢を注視していくことが大切だと思います。

(5月26日 ニュース7で放送)
モスクワ支局長
野田 順子
1996年入局 初任は富山局
ハノイ支局長 「キャッチ!世界の視点」のキャスター
ベルリン支局長などを歴任