マテリアルズ・インフォマティクス 材料開発に変革もたらすAI

マテリアルズ・インフォマティクス 材料開発に変革もたらすAI
マテリアルズ・インフォマティクス。

匠(たくみ)の技や、熟練の感覚と経験に頼ってきた材料素材開発の現場で今、注目のキーワードとなっています。

AIやデータサイエンスの進化によって、現場に大きな変革をもたらす新たな技術の世界にご案内します。(経済部記者 三好朋花)

マテリアルズ・インフォマティクスって?

5月上旬、大阪で開催された素材の技術の展示会。会場内には「マテリアルズ・インフォマティクス」や「MI」の文字が至るところに。

この、聞きなじみのない「マテリアルズ・インフォマティクス」。

マテリアルズ(=材料・素材)と、情報処理や情報学などの分野を総称したインフォマティクスを組み合わせたことばですが、AIやデータサイエンスなどの技術を、材料や素材の開発に応用していくというアプローチを意味しています。
その有効性を飛躍的に高めているのがAIの進化です。

これまで企業や研究機関などが蓄積してきた実験や開発過程のデータをもとに、専用のAIをつくります。

新たな材料を開発する際、“仮にこういう実験をしたらどのような結果が出るか”をAIが予測。いわゆる仮想実験ができる仕組みです。

マテリアルズ・インフォマティクスはいったいどんな変革をもたらすのでしょうか?

“失敗してなんぼ?”従来の実験を見直す

その1つが、コストや時間の削減です。開発とひと言で言っても、膨大な量の実験や試作を繰り返す地道な作業です。

これがあるからこそ、新素材や新材料の発見につながったと言っても過言ではありません。
しかし、開発コストや時間には、当然限界があります。AIによる仮想実験で結果を予測することができれば、必要最小限の実験で済むことが期待できます。

さらに、開発はベテラン研究者の経験や勘などに頼ってきた背景もありました。適切な原料の配合など、その人にしか判断できないことも多々あったといいます。

このため、その人が退職してしまえばその熟練の感覚に頼ることはできなくなってしまいます。

技術者の高齢化や労働人口の減少が深刻化するなか、こうした熟練者のノウハウをデータとして見える化することで、技術の継承などにもつながるといいます。
マテリアルズ・インフォマティクスに詳しい明治大学 金子弘昌 准教授
「100万回実験することは不可能ですが、それをAIならとても高速に予測することができ、効率化できる。技術者が退職してしまっても、その知見を生かさなければ会社の損失になりますし、その人の頭の中にしかない、うまく言葉にできないような知識や経験、勘も含めた“暗黙知”を“形式知”にして、技術伝承しやすくするきっかけにもなります」

“やり方がわからない” 導入支援の動きも

マテリアルズ・インフォマティクスを導入しようという企業を支援するビジネスも本格化しています。
日立製作所グループでは2017年から支援サービスの提供を開始し、半導体やプラスチックの材料など今では数百の導入事例があるといいます。
この会社では、マテリアルズ・インフォマティクスの効果について実証実験を行いました。半導体などの電子部品は、シリコンやガラスなどの基板の上に金属皮膜を重ねて製造されます。

その際に、基板と金属皮膜の接着力を高めるための最適な金属元素を見つけ出し、さらに最もふさわしい配合比率や製造プロセスを膨大な試作によって特定しなければなりません。

従来の開発では、過去の参考文献や実験計画をもとに“総当たり”で実験を繰り返していましたが、マテリアルズ・インフォマティクスを活用して実験すると、AIが60万通りの元素の組み合わせの候補から絞り込み、工程数の9割以上を削減できることを確認できたということです。
AI技術者やデータサイエンティストなど、それはそれで扱うにはプロの技が必要となりますが、そうした技術を持ち合わせていない企業でも導入できるよう伴走支援も行っているのが特徴だということです。

この1、2年で引き合いが強くなっているといいます。
日立ハイテク マテリアルソリューション部 野川祐弥 部長代理
「実験を10分の1に減らせるなど圧倒的な効率化につながります。その分、より新しいソリューションや素材の開発など新しい付加価値に対する仕事に従事することもできる。年々、マテリアルズ・インフォマティクスの注目度と浸透度は高まっています」

なぜ、企業の導入が加速?

民間企業の調査によりますと、日本国内のマテリアルズ・インフォマティクスの市場規模は、2028年には、2022年の2.5倍になると予測されています。
専門家は、導入が加速している背景には、開発競争の激化もあるといいます。

開発期間を短縮できれば、市場へいち早く参入でき、先行してシェアの拡大も狙うことができます。
明治大学 金子准教授
「よりニッチな材料が求められている現実もあり、より速く、高性能な素材をつくった人や企業が市場を圧巻できるので、そのスピード感はこれまでに増して必要になってきています。なるべく少ない実験回数や短期間で目標の性能を持つ素材を開発しようと、AIが使われ始めています」

取材を終えて

日本における素材・材料産業は、これまで世界のなかで高い競争力を確保してきました。最先端の技術や、ほかにないニッチな分野で強みを発揮してきた特徴もあります。

開発スピードを飛躍的に高めるマテリアルズ・インフォマティクスは、新規参入の企業にもチャンスを与えることを意味します。

革命的な技術革新が起こるとき、それに対応できない企業が取り残されるのはこれまでの歴史が示しています。

マテリアルズ・インフォマティクスを導入しようという日本企業からはその危機感が伝わりました。

マテリアルズ・インフォマティクスが効果を発揮するためには、AIが学習するための膨大なデータの蓄積が欠かせません。

日本で長年にわたって培われた材料開発の実績と労力が、結果的にAIの精度を高めることになるのです。日本は決して劣勢ではなく、さらなる新素材の誕生に期待したいところです。

(5月9日「おはよう日本」で放送)
経済部記者
三好朋花
2017年入局
名古屋局を経て経済部
現在はITや電機業界を担当