「日本人は不公平」と思われないために 新制度でどう変わる?

「日本人は不公平」と思われないために 新制度でどう変わる?
「日本に来てから暗闇しか見ていません」

元技能実習生の男性は、悲しげに目を伏せました。

「手っとり早く稼ぎたい実習生が、犯罪に手を染めています」

別の男性は、失踪した仲間の実態を証言しました。

新たに創設されることになった「育成就労制度」で、問題は解決するのでしょうか?
(名古屋放送局 ディレクター 石川捺希)

「もう働けない…」でも職場を変えられない

技能実習制度は、「国際貢献」を目的として1993年にスタートしました。

「日本の進んだ技術を学ぶ」という名目でやってきたアジアの若者が農林水産業やものづくりの現場で働き、今では36万人に上っています。

ただ最近増加しているのが、仕事場から“失踪”する実習生。年間1万人近くに達しているのです。
おととしベトナムから技能実習生として来日したチャン・グエン・バー・チャウさん(32)も、勤めていた工場から失踪した実習生の1人です。
母国の両親に仕送りをしたいと夢を抱いて来日したチャウさんは、愛知県刈谷市にある自動車部品の工場に勤めることになりました。

契約書によると、作業の内容は旋盤を使った機械の加工でした。
しかし、指示された作業は旋盤の加工ではなく、契約にはなかった危険をともなう薬品の取り扱いでした。

勤め始めてから3か月後、チャウさんは作業中に誤って薬品をこぼし、足に重度の皮膚炎を発症してしまいました。
“失踪”した技能実習生 チャウさん
「足はとても痛くて、夜も眠れなかったです。病院に行って診断書をもらい、とても働ける状態ではないと伝えましたが、工場の人からは休んではだめだと言われました。日本へ来るために90万の借金をしました。でも、ここでは働き続ければ体がボロボロになってしまうかもしれなくて、どうすればいいかわかりませんでした」
もうこの工場では働けないと思ったチャウさんは退職し、別の企業で働くことを希望しました。

しかし、立ちはだかったのが技能実習制度の壁でした。

現在の制度では、別の企業などに移る「転籍」が原則として認められていないのです。
今年4月、満開の桜の下で会ったチャウさんに笑顔はありませんでした。

新たな仕事場はなく、ベトナムに帰国せざるを得なくなったのです。

「日本に来てから、暗闇しか見えなかった。日本人は不公平です」と、最後に私たちにつぶやきました。

失踪の先に… 空き巣、自動車窃盗

“失踪”した技能実習生たちは、日本に残って不法滞在・不法就労となるケースも少なくありません。

中には、犯罪に関わったとして逮捕されるケースも明らかになっています。
岐阜県警によりますと、岐阜県などで発覚した250件余りの空き巣などの被害では、逮捕されたうち4人が技能実習制度で来日していました。

また、全国の中古車の集積所などから自動車が盗まれ、被害総額およそ3億9000万円に上るとみられる盗難事件では、逮捕された22人の8割が元技能実習生でした。
犯罪への関与が疑われるグループの内情を知るという元実習生は、盗んだ品は同じコミュニティーのSNSを通じて売買されていると証言しています。
元技能実習生の男性
「グループで全国を下見し、いい車があればどの地域でも盗みます。日本は道端にたくさん車が停めてあるし簡単ですよ。見張りなんかいりません。SNSの非公開グループに載せて売っています。ただ、犯罪を働くのはごく一部です。多くの失踪した実習生は合法的な手段で日本に滞在し、働きたいと思っています。手っとり早く稼ぎたい、重労働したくない人たちが犯罪に走っているんです」

新たな制度「育成就労」のポイントは?

相次ぐ技能実習の問題を受け、新たに設けられることになったのが「育成就労制度」です。

出入国管理法などの改正案がこの国会で成立する見通しで、2027年までに施行されます。
これまで原則できなかった「転籍」が、一定の技能と日本語の能力があれば認められることになりました。

最初の受け入れ先で働く期間が、職種ごとに1年から2年の範囲で定められます。

また、これまで「国際貢献」とされていた制度の目的も、実態に合わせて「外国人材の確保と育成」に変更されました。

外国人の雇用問題に詳しい弁護士は、新しい制度は外国人にとって働きやすい環境になるための第一歩になると考えています。
外国人の雇用問題に詳しい 杉田昌平弁護士
「技能実習では制度で人の動きを制限していましたが、新制度で転籍の制限が緩和されることで、人の動きは活発化するでしょう。多くの職場で外国人の雇用が増えれば、外国人にとっても働きやすい職場環境が整っていくと思われます。雇用側にも外国人を受け入れる新しいマインドセットが必要です」

本当に「転籍」できる? カギ握る「監理団体」

ただ「新たな制度になっても自由に転籍ができないのでは」と懸念する声も上がっています。

背景にあるのが、技能実習生を企業にあっせんする「監理団体」の問題です。
去年ベトナムから来日したトアさん(38)とチュックさん(20)は、あっせんされた企業の寮に暖房がなく、電子レンジも壊れていたといいます。

「冷たい隙間風が吹いているのに薄い布団1枚だけで、眠ることすらできない」と、監理団体に環境の改善を訴えました。
監理団体とは、法務大臣の認可によって運営される非営利の団体で、企業に実習生をあっせんし「監理費」という収入を得て運営しています。

実習生を支援し、正しく実習を行えるよう企業を指導することになっています。

しかし助けを求めた二人の要求に対して、監理団体はベトナムに帰国するように促してきたといいます。
失踪した技能実習生 トアさん
「監理団体の担当者は大きな声を出し、手をつかんで帰国のための書類にサインをさせようとしてきました。働いていた企業の社長が『文句があるならいらない』と言ったので、監理団体は私たちをベトナムに返そうとしたのです。監理団体は企業の味方で、私たちを助けてくれませんでした」
実は「育成就労制度」に変わっても、実習生が転籍を求めた場合、監理団体が新しい転籍先をあっせんするという仕組みは変わりません。

元愛知県労働組合総連合の議長で、20年以上在留外国人を支援してきた榑松佐一さんは、監理団体にとってあっせん先の企業から受け取る監理費が重要な収入源なため、どうしても企業側の肩を持つことが多いと指摘しています。
在留外国人を支援 榑松佐一さん
「監理団体にとって企業は大事なお客様です。悪質な監理団体は、実習生と企業の間でトラブルが生じたとき、大事な収入源である企業の味方をします。育成就労制度に変わったら、一応は転籍ができるということにはなりましたけれど、悪質な監理団体は転籍先を探さないでしょう。いくら制度を新しくしても、この仕組みが変わらないかぎり本質的な問題はなくならないと思います」

日本が選ばれる国になるために

新たな制度では、監理団体の在り方についても見直されます。

職員の配置や相談対応体制などの許可要件が厳格化され、監理団体は新たに資格を取り直すことになっています。

また、外部監視の強化によって独立性、中立性を確保するなどとしています。

杉田弁護士は、「違法な低賃金、同僚からの暴力・いじめ」といった根本的な問題をなくし、日本がアジアの若者にとって選ばれる国になるためには、私たち一人一人の意識の変化も大切だといいます。
外国人の雇用問題に詳しい 杉田昌平弁護士
「外国人をただの『安い労働力』として扱っていては、今後日本が選ばれる国になっていくことは難しいでしょう。企業によってはすでに外国人に責任のある仕事や大切な役割を任せることで“お客さん”ではなく“当事者”としての意識を持ってもらう工夫をしています。実は、外国人が働きやすい職場環境を作ることは、多様性が認められて、多くの日本人にとっても働きやすい職場環境ができるメリットもあります」
取材では、日本が好きでずっと働き続けたいというベトナムの若者たちにも会うことができました。

「制度が変わったら、給料が高い企業に転籍したいですか」と尋ねると、「そんなことあるわけない。今の社長が優しくしてくれ、結婚した妻を呼び寄せるのもすぐに認めてくれたから」と話していました。
夢を抱いて日本にくる若者を「安い労働力」とみなすのではなく、社会の同じ仲間として向き合うこと。

「日本人は不公平だ」と思われないための第一歩だと感じました。

(4月19日「東海ドまんなか!」で放送)
名古屋放送局 ディレクター
石川捺希
2016年入局
山形局、報道局を経て現所属
自然やスポーツ、外国人との共生など幅広く取材