中国からロシアへ輸出急増 プーチンの戦争支える戦略物資?

中国からロシアへ輸出急増 プーチンの戦争支える戦略物資?
北京にあるアメリカ大使館。4月下旬、私たちは、習近平国家主席との会談を終えたブリンケン国務長官の記者会見に臨んでいた。その最中、1つの聞き慣れない単語が聞こえてきた。

「中国はロシアへの“ニトロセルロース”などの物資の最大の供給国だ」

“ニトロセルロース”とはいったい何なのか。ロシアでその物資は何に使われているのか。そんな疑問から取材を進めていくと、意外な中国とロシアの関係の実態が見えてきた。

(中国総局記者 須田正紀)

ニトロセルロースって何? “軍民両用”の物資

私たちはまず、ニトロセルロースそのものについて調べることにした。

百科事典や専門サイトを見てみると、綿の種にある産毛状の繊維を硝酸で処理するなどして作られる物質で「硝化綿」とも呼ばれていることがわかった。塗料やインクなど民生用として使われる一方、着火すると激しく燃焼し、火薬やロケット弾の推進剤などにも使われるため、弾薬の材料となるという。

軍民両用で活用できる、いわゆる「デュアルユース」物資の1つだったのだ。
アメリカ政府によると、ウクライナ侵攻を続けるロシアは、弾薬を継続的に製造するため、このニトロセルロースを外国からの供給に頼っているという。ブリンケン長官はそのニトロセルロースの供給元となっているとして、中国を批判したのだ。
たしかにニトロセルロースを生産している中国国営の軍需企業傘下の大手企業は、そのホームページで、2004年以来、みずからの生産量・販売量はともに世界1位だとうたっている。
動きがあったのは、北京でのブリンケン長官の会見から5日後のことだった。

アメリカ財務省が新たな制裁を発表したのだ。制裁の対象となったのは、アメリカがロシアの軍需産業を支援していると指摘する300近い企業や個人。

リストを順に見ていくと、やはりあった。中国・河北省にある2つの企業がニトロセルロースをロシア企業に大量に輸出したなどとされていた。

そのうちの1つの企業に事情を聞こうと電話で連絡を取ってみた。担当者は、「あなたたちに詳しく話せば、助けてくれるのか?」と話し、制裁で厳しい状況に置かれていることを伺わせたものの、詳しい説明はなく、電話は切られた。
制裁が発表された翌日。

今度はワシントンで、アメリカの情報機関を統轄するヘインズ国家情報長官が、議会上院の軍事委員会で次のように証言した。
「中国は、殺傷能力があるとみなされる兵器の(ロシアへの)提供を避ける一方、ニトロセルロースのような実質的に軍事転用可能な物資を提供してきた」

ニトロセルロースを中国によるロシア支援の代表例として言及したのだ。

分析で見えた ロシア輸出が始まった時期とは

中国からロシアへのニトロセルロースの輸出をめぐり、矢継ぎ早に批判を重ねるアメリカ政府。

私たちは中国側の公開データからその実態を探ることにした。

注目したのは、中国の税関当局のデータだ。税関は中国語で「海関」と呼ばれる。この「海関」のホームページを当たると、中国の輸出データが公開されている。
このうち「ニトロセルロース」に関わるものを調べると、3360件に上るデータが抽出された。最も古いデータは2015年のものだ。この年だけでも60の国と地域に輸出されていることが分かった。

しかし、この中にロシアは入っていない。当時はロシアへの輸出はなかったのだ。

年別のデータを順に見ていくことにした。すると、2019年に一時、ロシアに2キロだけ輸出されていた記録が見つかった。そして、その後、数字に大きな変化が現れたのは、2022年5月だった。急に17.6トンがロシアに向けて輸出されていたのだ。

それから毎月輸出され、2022年は年間で合計704トンがロシアに輸出されていた。さらに翌年、2023年には1365トンと2倍近くに。2024年も3月までで112トンが輸出されている。

ロシアによるウクライナ侵攻が始まったのは、2022年2月だ。中国からのニトロセルロースの輸出は、ウクライナ侵攻開始の3か月後から急増していたことになる。

アメリカの批判に中国は?

ニトロセルロースのような「デュアルユース」物資のロシアへの輸出に対するアメリカの批判について、中国外務省は次のように反発している。
「中国は軍需品の輸出については、常に慎重かつ責任ある対応をとっており、デュアルユース物資についても厳格に輸出管理を行っている。アメリカが中国側に責任をなすりつけようとすることは受け入れられない。
アメリカはウクライナに対して、かつてないほどの軍事支援を行う一方で、中ロ間の正常な貿易に対し、根拠のない批判をするのは、典型的なダブルスタンダードであり、極めて偽善的で無責任だ」

専門家「明らかに軍事支援」

ロシアへのニトロセルロースの輸出の急増をどう見ればいいのか。

かつて北京の日本大使館で防衛駐在官を務め、中国人民解放軍国防大学で学んだ経験もある中国の軍事に詳しい笹川平和財団安全保障研究グループ、山本勝也特任グループ長は次のように指摘する。
山本勝也 特任グループ長
「ウクライナ戦争に使用する弾薬を増産するために、材料としてロシアが輸入していると考えるのが自然だ。
ニトロセルロースを作っている中国企業の主力は、軍需産業だということをしっかりと考えておかなければならない。
ウクライナ戦争が始まってからニトロセルロースの中国からロシアへの輸出が格段に増えているということは、明らかに中国のロシアに対する軍事支援であると私は見ている」
今回、明らかになったウクライナ侵攻直後からのニトロセルロースのロシアへの輸出急増は、ロシアのウクライナ侵攻に中国が「肩入れ」しているとの疑念を抱かせるものだ。

これまで中国はウクライナ情勢に関して「停戦と和平交渉が解決に向けた唯一の出口だ」として建設的な役割を果たすとしてきただけに、さらに詳しい説明が求められることになる。

「中国が“主”でロシアが“従”」

さらに分析を進めると、ほかにも興味深いデータが浮かび上がってきた。それはニトロセルロースの単価の違いだ。

中国のニトロセルロースは、世界各国に輸出されている。データのある2015年以降の輸出量でみた場合、最大の輸出先はベトナム、2番目はアメリカ、3番目はインドネシアとなっている。輸出先にはウクライナ支援を続けるアメリカをはじめ、フランスなどのNATO諸国も含まれる。

各国に輸出する際の1キロあたりの単価に注目してみると、輸入が多い国々はおおむね2ドル台。そして、NATO諸国はおおむね2ドルから3ドル台となっている。これに対し、ロシアは4ドル台と割高になっているのだ。
この単価の差について、山本氏はー。
山本勝也 特任グループ長
「支援であれば、タダで送ったり、安い値で送ったりすればいいものを、欧米から厳しい経済制裁を受けているロシアに言い値で売って、利益を取っている。
これは単純な軍事支援ではない。ロシアの弱い部分につけ込んでいる。これからは中国が『主』で、ロシアが『従』だという中国の立場をロシアに知らしめようとしているとも見ることができる」
中国は、ウクライナ侵攻という機会を利用する形で利益を得るだけでなく、ロシアとの関係で主導権を握っていることを、はっきりさせようと試みているというのだ。

中国の新たな「戦略物資」?

また、中国のニトロセルロースの輸出量は、ロシアよりNATO諸国の方が多いのも事実だ。弾薬の材料だけではなく、工業用にも使われるとはいえ、これは状況を複雑化させる要素をはらむ。

山本氏は「ロシアのみならず、欧米の国々がニトロセルロースを中国から輸入している。レアメタル、レアアースのように、中国は“戦略的な商品”としてこれを扱っていると考えて良い。中国から欧米への輸出がもし制限されることになれば、ウクライナを支援する欧米の弾薬の製造にも影響が及ぶかもしれない」と指摘する。

ウクライナ侵攻が続く中で、ニトロセルロースは、中国にとっての新たな「戦略物資」となっていく、もしくは、すでになっている可能性があることにも国際社会は向き合っていく必要がありそうだ。
中国総局記者
須田 正紀
2002年入局 国際部 イスラマバード支局
アメリカ総局などを経て2023年8月から現所属