俳優 中尾彬さん死去 81歳 映画やドラマなどで活躍

貫禄ある演技で映画やテレビドラマで活躍し、バラエティー番組でも人気を集めた俳優の中尾彬さんが、今月16日に心不全のため亡くなりました。81歳でした。

中尾さんは千葉県木更津市の出身で、武蔵野美術大学在学中に日活ニューフェイスに合格し、俳優の道を歩み始めました。

渋い声と貫禄のある演技で、個性派俳優として活躍し、映画では、1993年以降、平成の「ゴジラ」シリーズに出演したほか、「極道の妻たち」や「アウトレイジビヨンド」など話題作に出演しました。

NHKでは大河ドラマの「秀吉」や「龍馬伝」をはじめ、「ハゲタカ」など数々のドラマに出演しました。

こわもてで悪役のイメージがある一方、マフラーをねじって首に巻く個性的なファッションでバラエティー番組に出演しユニークな発言でご意見番として人気を集めました。

また、妻は俳優の池波志乃さんで、おしどり夫婦としてさまざまな番組に2人で出演し親しまれました。

所属事務所などによりますと中尾さんは、ことしに入り足腰が悪く体力も落ちていたということです。

それでも、時々、仕事をしたり、旅行に向けたリハビリに取り組んだりしていたということですが、今月15日に容体が急変し、翌16日に心不全のため自宅で亡くなったということです。81歳でした。

妻の池波志乃さん「中尾彬らしいね~と笑って送ってあげて」

中尾さんの妻の池波志乃さんは「今年に入って足腰が悪く体力も落ちて、医師の訪問を受けながら、本人の意思により、自宅でゆっくり休んでおりました。時には取材や、足腰をかばっての仕事もやらせていただき、本人は元気で12月の旅行に向けて、頑張ってリハビリをしていたくらいでしたが、15日に容態が急変し、16日の夜中に自宅で私と二人の時に、とても穏やかに本当に眠るように息を引き取りました。あまりに急で、変わらない顔で逝ってしまったので、まだ志乃~と呼ばれそうな気がします。叶いますならば、中尾彬らしいね~と笑って送ってあげてくだされば幸いです」などとコメントを発表しました。

高橋英樹さん「まだ!早いぜ!!寂しくて涙もでないよ。」

中尾さんと親交のあった俳優の高橋英樹さんは、自身のブログを更新し、「日活の入社も同期 奥さん同士とも共演しあって心は近い存在でした。この頃テレビで観ないなあと思っていましたらこの突然の訃報です。長く長く付き合いたかったなあ!逝ってしまうのはまだ!早いぜ!!寂しくて涙もでないよ。心よりご冥福をお祈りいたします。」などとつづっています。

GACKTさん「お茶目な人だった」

映画で中尾さんと共演した、ミュージシャンで俳優のGACKTさんは旧ツイッターのXに「最後に共演したのが翔んで埼玉だった。あれから会えずじまい。現場で会うとギロっと睨み、そしてニコッと微笑むお茶目な人だった。本当に素敵な人が亡くなったことに心が痛む。ご冥福をお祈りします。ゆっくり休んでください、中尾さん。」とコメントしています。

出身地 千葉 木更津市のPRに協力も

中尾彬さんは千葉県木更津市で高校時代までを過ごし、最近まで地域のPRに協力するなどの貢献を続けてきました。

中尾さんは7年前に市の依頼を受けて「木更津PR大使」に就任し、メディアに出演するなどして地域の魅力を発信を続けました。

去年には、市が導入している市内限定の電子地域通貨「アクアコイン」のPRにも協力しました。

決済を行った際の効果音に中尾さんが「いいねぇ、木更津」などと話す声がことし初めまで期間限定で使われたほか、「YouTube」で市が公開したPR動画に出演し、「アクアコインを使って木更津を盛り上げましょう!」と呼びかけました。

また、去年11月には、40年ほど前から中尾さん自身が描いたり集めたりしてきた版画の一種「リトグラフ」や水彩画など合わせて38点を市に寄贈しました。

寄贈にあたって中尾さんは、「終活をしているため、木更津市の人に見てもらったほうがいいと思った」などと話していたということで、その後市内で、「中尾彬コレクション」と題して寄贈を受けた作品の展示会が開かれました。

木更津市の渡辺芳邦市長は「絵の寄贈など直前までつきあいをさせてもらっていたので、突然の知らせを聞き、大変悲しいです。木更津市のことを一生懸命PRしていただいていたので中尾さんは市にとって、一つの支えでした」と話していました。

JR木更津駅前では悼む声

亡くなった中尾彬さんの出身地である千葉県のJR木更津駅前では、地元の人たちから悼む声が聞かれました。

木更津市内に住む80代の女性は「びっくりしました。まさかという気持ちです。地元の日本料理店の看板の字を書くなど、絵も字も上手で優しい方でした」と話していました。

中尾さんと地域の会合で会ったことがあるという60代の女性は、「ドラマでは怖い役が多かったですが、とても優しい方でした。惜しい人が亡くなったと感じます」と振り返りました。

市内に住む60代の女性は「日本中に木更津の名前を広めてくれていたので、テレビで見るときはいつも注目していました。ずっとお元気だと思っていたのに、寂しくて残念です」と話していました。

また、隣の君津市に住む60代の男性は、「このあたりでは知らない人はいない、スーパースターです。本当に残念です」と話していました。

沖縄に深い愛着「美ら島沖縄大使」にも

中尾彬さんは沖縄県内でラジオ番組に出演するなど、沖縄に深い愛着を持っていたことで知られています。

2008年には沖縄県から沖縄の魅力を県内外に発信する「美ら島沖縄大使」に任命され、活動していました。

沖縄県の玉城知事は「テレビ・ラジオ番組への出演や泡盛のCMなど、メディア活動を通じて沖縄のイメージアップに多大な貢献をされました。これまでの業績に深く敬意を表するとともに、謹んでご冥福をお祈り致します」とコメントしています。