一歩間違えば大事故に…踏切で“下りない遮断機” 相次ぐ

一歩間違えば大事故に…踏切で“下りない遮断機” 相次ぐ
“遮断機が遮断していない状態で列車が踏切内に進入――”。

取材を始めたきっかけは、運輸局のホームページで偶然目にとまった発表文でした。

なぜ、列車が接近しても踏切の遮断機は下りず、事故が起きてもおかしくない状況になったのか。およそ10か月にわたって取材を進めました。

こうしたトラブルは各地で起きていて、その件数は過去5年間で少なくとも48件に上っていたことがわかりました。(高松放送局記者 富岡美帆)

相次ぐ遮断機のトラブル

発生は去年4月11日。ことでん=高松琴平電気鉄道の香川県高松市の「上福岡踏切」で、遮断機が下りていない状態で列車が踏切内に進入しました。警報機も鳴っていませんでした。

しかも、ことでんでは過去にも同様の事案が発生していて、四国運輸局が「改善指示」を出したというのです。

発生直後にことでんからの発表はありませんでした。
運輸局によると、原因はヒューズと呼ばれる部品が破断したためで、法令違反ではありませんが、メーカー推奨の耐用年数10年から15年を大幅に超えて、およそ40年にわたって同じものが使われていました。

こうした内容を去年7月3日のニュースで伝えました。

放送の10日後、高松市内の別の踏切で再び同様のトラブルが発生。遮断機が下りていないことに運転士が気付かず、列車はおよそ60キロのスピードで通過していました。
「列車が近づくと踏切の遮断機は必ず下りる」と漠然と思っていただけに、立て続けにトラブルが起きたことに衝撃を受けました。

およそ1か月後の8月19日。またも別の踏切で同様のトラブルが発生。今度は2本の列車が気付かずに踏切を通過しました。

相次ぐトラブルを受けて、ことでんは社長の交代を発表しました。
社員を取材すると「信頼を回復しなければ」と話す一方、なぜこれほど連続して安全が脅かされるトラブルが起きたのか、戸惑いが広がっているように感じられました。

同様のトラブルは2015年以降に17件発生していて、原因は老朽化だけでなく、機器のトラブルや人的なミスなど多岐にわたっています。

現場の踏切は

トラブルが起きた現場はどういった場所なのか、取材を進めました。

去年4月に遮断機が下りないまま列車が踏切内に入ってしまった高松市の「上福岡踏切」。片側2車線の道路で、近くには飲食店なども並びます。
トラブルが発生したのは平日の午後4時前。現場で取材すると、車やバスが行き交い、車の流れが途切れることはほとんどありませんでした。

さらに、学校からの帰りとみられる自転車に乗った生徒が踏切をわたっていました。
近くにいた人に聞いてみると、「この道は通学路にもなっていて、子どもも通るので危ない」「再びトラブルが起きれば事故になってもおかしくない」と不安の声が聞かれました。

“遮断機下りず”全国でも

こうしたトラブルがほかにも起きているのではないかと感じ、調べることにしました。

まず問い合わせたのが国土交通省。しかし担当者は、遮断機が下りないトラブルの件数はわからないとのことでした。
それでは、全国各地にある運輸局に順番に電話で取材を進めました。

「答えられない」などの回答が続きます。

諦めかけていたとき、ある運輸局の担当者が「国土交通省に情報公開請求したら件数がわかるかもしれない」と話しました。

鉄道事業者は事故やトラブルが起きた場合に、国の省令に基づき運輸局に届け出ることが義務づけられていて、国土交通省がそれを「運転事故等整理表」としてまとめているというのです。

すぐに開示請求の手続きをしました。
そして1か月余りたった後、送られてきたCDには、全国の鉄道事業者からのさまざまな届け出がまとめられたエクセルファイルが入っていました。多い年で7000件余り。
これらから、踏切で遮断機が下りないトラブルに関係するものを一つ一つ精査していく作業を続けました。

2週間余りにわたって確認を進めた結果、遮断機が下りないトラブルは2022年度に少なくとも13件、2018年度から2022年度までの5年間では少なくとも48件発生していたことがわかりました。

発生場所は、北海道から九州まで全国24都道府県に広がり、中には列車と車が衝突し、けが人が出た事故も起きていました。
原因を独自に分類しました。一般的に遮断機は、踏切に列車が近づいてきたことをレールの位置で検知して下りる仕組みとなっています。
遮断機が下りなかった原因は
▽老朽化などで遮断機を動かす機器が故障するなどしたケースが16件
▽落ち葉が車輪で踏み固められるなどして列車の通過を検知できなかったことが原因とみられるものが9件
▽電源スイッチの入れ忘れなど人的なミスが9件 などでした。

専門家「今後増えるおそれも」

情報公開請求の結果を受けて、専門家にも取材を行いました。鉄道工学が専門の日本大学の綱島均特任教授は次のように指摘しました。
綱島特任教授
「かなりの頻度で発生しているといえると思う。遮断機が下がらなければ踏切に車や人が進入してもおかしくなく、大きな事故につながる可能性が十分にあったことがうかがえる。鉄道会社の人手不足や設備の老朽化などが背景にあるとみられ、抜本的な対策をとらなければ今後件数が増えるおそれがある」

国交省 “遮断機下りないトラブル件数 公表せず”

一歩間違えば大事故につながりかねないトラブルなのに、国はなぜ全体像を把握していないのか。

私たちがまとめた調査結果を国土交通省に伝えたところ、担当者は「とても無視することはできない件数という認識だ」と話しました。

そうであれば国土交通省としても、トラブルの原因分析や公表を行うべきではないかと思いました。

担当者は取材に対して、「インシデントの中で分類する最小単位は『施設障害』までとしている。それ以上の分類をするとなれば、鉄道事業者からの1件1件の届け出を詳細に精査していく必要がある。原因は多岐にわたり、原因別の件数の把握や公表は難しい」と述べました。
トラブルの把握や公表について、綱島特任教授に聞きました。
綱島特任教授
「1件1件の届け出だけでなく、どのような原因でどの程度トラブルが発生しているかといった全体像が分からなければ、事業者にとっても対策に踏み出しづらい。国交省だけで把握することが難しければ外部機関などが協力するなどして、とりまとめることも重要だ」

事業者に委ねられた安全対策

国土交通省は遮断機などの定期検査について、設備に応じて検査を行う項目や期間を決めて届け出るよう鉄道事業者に求めています。
鉄道事業者には遮断機などの設備が正確に作動する状態にすることが省令で定められ、部品の交換や修理などの対応は各事業者にゆだねられています。

例えば、遮断機の部品が古くなった場合もメーカーが推奨する耐用年数はありますが、定期的な点検で故障などが見つからなければ、いつまで使用し続けるかは鉄道事業者が判断しています。
去年4月にトラブルが起きた高松市内の踏切の遮断機では、金属疲労を起こしたとみられる部品はおよそ40年間使われ、メーカーが推奨する耐用年数を大幅に超えていました。

国土交通省は鉄道事業者が遮断機など踏切設備を更新するために必要な費用について、原則3分の1を上限に補助する仕組みを設けています。

低コストの“次世代踏切システム” 研究進む

一方、民間レベルでは、これまでよりも簡素で低コストな“次世代踏切システム”の研究が進められています。

東京大学と踏切設備を手がけるメーカーが共同で研究しているのは、GPSで把握した列車の位置をもとに踏切に到着するまでの時間を計算。踏切に適切な時刻に遮断機を下ろすよう指令を出す、というシステムです。

現在使われている遮断機の多くは、踏切ごとに列車の位置をレールで検知したうえで遮断機を作動させる仕組みですが、このシステムであれば複数の遮断機を制御することができるとしています。

さらに、普及しているスマートフォンのGPSを使うので低コストでの導入が期待できるといいます。
ただ、実用化に向けては、セキュリティー面の課題などがあるということで、研究を行っている東京大学生産技術研究所の中野公彦教授は「実用化できればコストを抑えられるだけでなく、踏切設備の点検の手間が軽減できる。経営が厳しい地方鉄道などにとってメリットは大きいのではないか」と話しています。

安全をどう維持していくのか

遮断機が下りないトラブルはここ数年で始まったことではありません。

長年にわたって私たちが知らないまま埋もれてきたトラブルは、大きな事故につながりかねないものです。

鉄道事業者だけでなく、鉄道を利用する私たちも安全をどう維持していくのか考えていく必要があると思います。

あす公開予定の2回目では、鉄道事業者への取材からトラブルが発生した背景について考えます。

(2月27日「おはよう日本」で放送)
高松放送局記者
富岡 美帆
2019年入局
経済分野の取材を担当
人口減少が進む地方都市の現場を取材