“産まれるいのち”どう守る? 「特定妊婦」支援の最前線

“産まれるいのち”どう守る? 「特定妊婦」支援の最前線
「無職で保険証もなく妊娠」「未受診で自宅で出産」…妊娠した女性の悩みを受け付ける「妊娠SOS」には、追い詰められた女性たちからの相談が絶えません。

彼女たちの背景にあるのは、貧困や虐待、DVなど幾重にも重なる困難。出産前から支援が必要とされる妊婦は「特定妊婦」と呼ばれ、10年間で10倍にも増えています。

孤立の末、赤ちゃんの命が失われる事件も…。

特定妊婦の実態と、今年4月から始まった国の支援策について取材しました。
(制作局ディレクター 松本友花里)

漂流する「特定妊婦」 こころに抱える痛み

沖縄の生活支援施設「おにわ」。ここには、特定妊婦や産後の母親と赤ちゃんが暮らしています。

みな、妊娠中から安心できる住まいや頼れる人がなく、どうにか「おにわ」にたどりつきました
妊娠8か月で「おにわ」に入居した女性
「いろんな場所、転々とした。野宿はしなかったけど。感情には波があった。なんか急にイライラしたり。急に悲しくなったり。住む場所も安定しないし、移動ばっかりだし。実家を頼れる子がうらやましかった」
さらに、女性たちの多くが、虐待やDV、性暴力などの被害も受けていました。
産後すぐに「おにわ」に入居した女性(10代で2人出産)
「(夫に)『つわり、こんなにきついの見たことないから仮病だろう』と言われたり、『きつい』言ったらぶち切れられたり。『家から一歩でも出たら殺す』と言われていたので。実家は金銭的な問題で頼れないというのもあるし、自分も『頼りたくない』っていう気持ちがあったから。“頼れない”って思ってたかもしれないです。あのときは頼り方も分からんかったし」
3年前に民間で、妊婦や産後の母親を応援するために「おにわ」を立ち上げた琉球大学教授の上間陽子さんです。

若くして出産し、ひとりで子どもを育てる女性たちの調査と支援をしてきました。
「おにわ」を立ち上げた 琉球大学教授 上間陽子さん
「団地の下で野宿していた妊婦さんがいるとか、ショッピングモールで寝泊まりしたとか、もはやネットカフェとかですらなくて野宿なのかと、衝撃でした。トラウマとかいろんなことを抱えていて、本当にみんな大人を信用していないので、その場で本当の困っていることなんて言わないですよね。『困っていない』と認識することでなんとか頑張り切れているので。まずは、暴力がない場所があるというのを確認することのほうが先なんですよね」
上間さんが女性たちから話を聞く中で、彼女たちが抱えている最も大きな困難が、“表に出せない深い心の痛みや恐怖”だと気付いたといいます。

産むのもままならない…医療の現場でも困難

さらに、心に痛みを抱える妊婦は、出産を支えてもらう医療現場でも困難に直面することがあるといいます。
上間さんと「おにわ」のスタッフが向かったのは、「おにわ」と連携している「琉球大学病院」です。

入居している妊婦に安全に出産してもらうため、医療者たちと、話し合いを行っています。
普通なら数分で終わる診療に30分以上かかることもあります。

琉球大学病院の医師は、必要な医療的なケアもままならない現状があるといいます。
知念医師
「(お産の時に)泣き叫ぶ妊婦さんに、無理やり注射を打つのは、こちらもつらい。精神科と産婦人科では『鎮痛剤を打ってボーとしながらやろうね』と対応しても、妊婦さんは、まったく受け入れない状況がずっと続いていたので」
上間さんは、妊婦たちが診察を受け入れられない背景には、何気なくかける言葉で過去のトラウマを呼び起こしたりすることがあると医師や助産師たちに伝えました。
上間さん
「性虐待とか性暴力を受けた女性が出産時にどのような気持ちや恐怖を抱えるのか。身体拘束されるのも、分娩台に上がるのも、加害のシーンと似ているので、“これはとても怖いことだ”と」
「特に幼少期に性虐待を受けてきた子たちは、『リラックスして』とか『体の力を抜いて大丈夫だよ』って言葉を加害者に聞かされているんです。だからこれをされたときに、助けてくれるはずの医療人が自分に加害をしてきた人になってしまって、ものすごい恐怖になっているんです」
城間助産師
「リラックスしてとか、彼女たちにとって、つらい言葉をずっとかけ続けていたと思うと反省だなと思って。そういうところを学ばないと…」
知念医師
「せっかく妊娠中から『おにわ』の支援者が関わってくれているのであれば、出産前に情報共有をして、お産に関わっていく人たちが一緒に『この人のときはこうしよう』って」

生活が苦しい妊婦に、公的な生活支援制度スタート

妊娠や出産に困難を抱える「特定妊婦」。

児童福祉法において「出産前において支援を行うことが特に必要と認められる妊婦」と定義され、自治体が認定を行います。

その背景にあるのは、虐待など複雑な家庭環境や、貧困、性被害、DVなど、女性たちにのしかかるいくつもの「困難」です。
最新の2020年の調査では、特定妊婦の数は、全国で8327人。2010年から10倍に急増しており、コロナ禍以降も人数が増えていると考えられています。さらに病院での受診経験がなく「特定妊婦」にもカウントされていない女性も存在しています。

これまで日本には、行き場のない妊婦を受け入れる、公的な施設がほとんどなく、沖縄の「おにわ」のような民間の支援団体が、寄付や基金で母子の命を守ってきました。

そうした中、今年4月に施行された児童福祉法の改正で、公的な支援策が打ち出されました。
妊産婦の生活支援に特化した「妊産婦等生活援助事業」です。

安心できる住まいがない妊婦に、住まいや食事などを提供する「生活支援」が提供されます。

他にも、妊娠や育児に関わる「相談支援」や本人の意思を尊重した上で、病院や行政への同行など、さまざまな支援が受けられます。
国が2分の1、地方自治体が2分の1を負担し、都道府県や市区町村が事業の実施主体となり、民間団体などと連携して支援が行われます。

今回の支援策のモデルになっているのは、沖縄の「おにわ」や、兵庫県で5年前から活動を続ける公益社団法人「小さないのちのドア」のような民間の団体です。

「小さないのちのドア」の代表で助産師の永原郁子さんは新しく始まる生活援助事業について次のように話します。
「小さないのちのドア」代表 永原郁子さん
(「妊娠SOS」で5万件の相談を受けてきた)

「この日本には、これだけ制度がありながら、住むところがない妊婦さんを守ることができなかった。私自身、助産師ですけども、幸せなお産の現場にいましたので、そのような方がいらっしゃることすら知らなかったし、その方々の生活支援の制度がないということも知らなかった。それを知ったときは衝撃でした」
「民間だけで続けていくのは、限界がありますので、今、こうやって法定事業として、制度化したことは、一定部分、評価というか、本当に良かったなと」
一方で、母子相談・支援制度に詳しい、日本大学・危機管理学部の鈴木秀洋教授は、財源について指摘しています。
日本大学・危機管理学部教授 鈴木秀洋さん
(元自治体子ども家庭支援センター所長)

「財政負担は、地方自治体が2分の1と出ているけれども、実際、自治体が『やるぞ』と手を挙げないと、この事業は実施されない。命に関わる制度なのに、自治体のやる気に左右されていいのか、また、地域によって財源にも人口にも格差がある中で、実施したくてもできない自治体もある。どこに産まれても格差なく、困難を抱えた妊婦が支援を受けられるよう、国は、一歩踏み込んだ『義務』にするべき」

全国から殺到する“妊娠SOS”誰にも言えなかった…

新しく始まる「妊産婦等生活援助事業」とはどのようなものなのか?

「妊産婦等生活援助事業」を行う団体の1つで、先行事例として注目されている兵庫県の公益社団法人「小さないのちのドア」を訪ねました。

ここには、妊娠相談窓口「妊娠SOS」があります。

「妊娠SOS」の窓口は、各地の民間団体や、自治体などが設置していますが、相談窓口がない都道府県もあり、24時間相談できる窓口は、さらに限られています。

「小さないのちのドア」では24時間、365日、無料で開かれていて、助けを求める声が、全国から絶えません。
「妊娠SOS」の電話を受けるスタッフ
「今、何歳になられますか?」
「16歳ですね」
「今お調べしましたら、中高生の方を無料で診断してもらえる病院で(お近くの)病院が出てまいりましたので、一度電話で相談していただいて」
「親には言えないけれど、どうしたらよいか」という涙声の電話があったといいます。こうした相談は、兵庫県以外からが7割だといいます。
「24時間でサポートしている相談窓口が少ないので、いつでも連絡できるところとなると、日本ではすごく限られているので、探されて、ここに連絡する人は多いです」
電話だけでなく、メールやSNSでも連絡が寄せられます。

「仕事や健康保険証もない状態で妊娠してしまった」という女性、「夫からのDVで、出産と中絶を10回ほど繰り返した末に、身も心もボロボロになって、どうにもならなくなり、SNSでメッセージを送った」という女性も。

多くの相談に共通するのは、「誰にも言えない」という孤立した状況。

そして「こんな相談をしてごめんなさい」という“自分自身を責める言葉”です。
相談は一日に70件ほど。日中5名、夜間は3名のスタッフが、チームで対応します。

遠方からの相談は、本人の希望を確認した上で、近くの病院や行政機関へつなぎます。必要な場合には、自分たちで駆けつけて対応することもあります。
さらに、行き場を失った女性を、24時間体制で受け入れる施設も備えています。
説明する永原さん
「まず入っていただいてお話をききます。お腹にまだ赤ちゃんがいらっしゃるときは、超音波で見たり、向こうの分娩監視装置で赤ちゃんと陣痛の状態を見て、すぐに病院にお連れしたほうがお母さんにとっても赤ちゃんにとってもいいようだったら、緊急搬送します」
これまで対応した中で、病院を未受診で「陣痛が起こった」人は5年間で15人。未受診で「生まれた」という相談は5年間で7人いたといいます。

いずれも母子の命は何とか助けることができたものの、妊娠を受け入れられず、パニックや、うつ状態になっている女性も多いといいます。
永原さん
「まったく無表情なまま『命に関わるのではないか?』という心配な話しぶりのときもあって、慎重にといいますか本当に言葉を選びながら、そしてしっかりと聞き取りながら話します」

“ここに来なかったら 生まれていないかもしれない”

生活する場所がない妊婦や母子のために、住まいや食事を提供する支援も行っています。

スタッフは、看護師などの医療者をはじめ、社会福祉士、心理士、保育士、栄養士まで。専門知識をもとに、女性たちを支えています。
家族からの虐待があり、「妊娠SOS」へ助けを求めた女性です。

「小さないのちのドア」の支援を受け、出産。

自立に向けて準備を進めています。

この先の子どもとの生活について、「小さないのちのドア」では必要な情報を提供して、一緒に考え、本人が決めることを大切にしています。
「小さないのちのドア」スタッフ
「シングルで生きていくとなると、いろんな現実を考えなければいけないところもあると思うので。しんどいことは『しんどい』と言ってくれるから、私たちもお手伝いできることはできるので。絶対、助けてくれる人は必ずいるので」
「妊娠SOS」へ助けを求めた女性
「ありがたいな。だから私も、将来助けられたらいいなと思う。誰かを。本当だったら、ここに来てなかったら、生まれていないかもしれない」
「小さないのちのドア」代表 永原郁子さん
「私どもの事業は、衣食住を整えて、提供するだけではどうにもならないということですよね。支援の現場にたどりつくまでに、裏切りなり、暴力なり、小さなときから求め、求めても愛をもらえなかった。また、社会の冷たさ。本当にその心の傷は想像を絶するものがあります」
「否定されてずっときたので、自分の状況を人に伝えるということは非常にハードルが高いんですよね。そういう意味でその方がいろんなところで2次的に傷付かないように、配慮が必要かなと思っています」

行政と連携した“自立支援”のモデルケース

さらに出産した女性たちが、社会で孤立せず生活を築いていけるように、兵庫県と連携した、新たな取り組みも始めています。

その1つが「住宅支援」。県営住宅の部屋を、自立に備える「ステップハウス」として、女性たちに提供します。

妊娠によって学校を中退せざるを得なかった人や、仕事を失ってしまった人…
それぞれのニーズに合わせ、赤ちゃんのお世話をするためのベビー用品だけでなく、勉強や仕事に集中できるよう、机やPCもあらかじめ部屋に用意。

官と民が連携して本人主体の支援を形づくっていきます。
兵庫県児童課 特定妊婦支援担当 吉住惇さん
「これは県営住宅なんですけど、住宅の部局ですとか、生活保護の関係の地域福祉課、教育の関係の部局とか、男女青少年課とか、本当にいろんな部局の方に入ってもらっています」
「単に居場所を確保するだけでなく、女性たちが、今後の生活をどうしていくのかを考えられる環境整備が大変重要で、その1つにこの県営住宅の活用もあるのかなと感じています」
「小さないのちのドア」では、行政のほかにも、弁護士、病院、女性相談支援センター(DV相談)と連携し、妊産婦を中心にした支援体制を整えています。

当事者を一番身近で支える“ホーム”でありながら、問題に応じて、専門知識を持った団体につないでいます。

日本大学・危機管理学部教授の鈴木秀洋さんは、この取り組みは、官民連携のモデルケースになると話します。
日本大学・危機管理学部教授 鈴木秀洋さん
「行政のほうが、民間に事業を委託して、このとおりやってくださいと“チェック”をするという形が、よく全国で見られる関係性なんです。(兵庫県は)現場の最前線で当事者を支えている『小さないのちのドア』の活動をリスペクトして“行政は何をバックアップできますか?”と、対等に話し合う姿勢はすごく行政のあるべき姿だなと。この形が全国に広がってほしいなとすごく強く思います」

妊婦を守る拠点 数を増やして 広域での連携

この4月から公の事業となった「妊産婦等生活援助事業」。これから本格的に、命を守る特定妊婦の支援が始まります。

すべての特定妊婦に支援がゆきとどくことになるよう、永原さんは願っています。
永原さん
「この事業をする拠点が、日本にはあまりにも少なすぎるんですね。なので、今ある施設に全国から人が集中してしまう。この事業の拠点が、少なくとも、都道府県に最低1つはできてほしい」
また、日本大学の鈴木教授は、妊産婦が住民票のある場所以外でも支援を受けることができるよう、広域支援への拡大も求めています。
鈴木さん
「自分の近くの地域で支援を受けたい人もいるし、虐待やDVを受けてきた人は、安全のためにその地域を離れて、外で支援を受けたい人もいる。(妊婦が)移動しても、広域で支援されるシステムが作られてないと、結局、地元を離れてしまったら支援が受けられないっていうことになってしまうので、市町村単位、都道府県単位ではなく、全国で支援をしていく視点がすごく必要になると思います」
永原さん
「予期せぬ妊娠をしたときは、人生の中でもいちばん最悪の、どん底の状態と思われたと思うんですが、しかし、命を生み出すということはすばらしいことですので、最悪と思ったことを自分の人生のいちばんすばらしい経験だったということに変えていくという作業だと思うんです。変えていくことによって次の人生、一歩が希望を持って踏み出せる。そこの支援をすることが、この事業のいちばんの大切なところかなと思っています」
「今、妊娠して頼る人がいないってお困りの方、ぜひ、『助けて』を言っていただきたい。どんな理由であれ、命を守ろうとしている女性とおなかの赤ちゃんをこの社会が守っていくという、そういう構造をこれから作っていけたらなと思っています」
今回、全国の特定妊婦支援の現場を取材するなかで、いくどとなく切実な言葉を聞きました。

「母親も守られていないと、生まれる命を守ることは絶対にできない」

「そもそも、妊娠は女性ひとりでするものではないのに、精神的にも経済的にも、女性ひとりに負担がのしかかっている状況がある。産む人にだけ妊娠の責任を押しつける、社会の構造が、生まれる命を奪っている」

現状、特定妊婦の支援者のほとんどが女性です。しかしこれは、女性だけの問題ではなく、男性の問題でもあります。

さらに、当事者だけの問題でもなく、今の社会に生きるすべての人が関わる、「いのちの問題」でもあると、取材を通して痛感しました。


予期せぬ妊娠や出産後の子育てでお悩みの方はこちらまで
※この記事はハートネットTV 「産まれるいのちをどう守る?特定妊婦支援」(2024年4月29日放送)を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。
制作局ディレクター
松本友花里
2014年入局。
札幌放送局で、サハリンに残留した女性たちの取材など担当。制作局で文化・福祉番組を担当。
沖縄の特定妊婦支援をする「おにわ」を取材。