イラン ライシ大統領ら死亡 選挙は6月28日に決定

イランでヘリコプターが墜落し、ライシ大統領など搭乗していた全員が死亡した事故を受け、イラン各地で追悼集会が開かれました。新しい大統領を選ぶ選挙は来月28日に行われることになり、今後の内政や外交にどのような影響が出るかが焦点です。

イラン北西部の東アゼルバイジャン州で19日、ヘリコプターが墜落し、ライシ大統領やアブドラヒアン外相など搭乗していた8人全員が死亡しました。

国営メディアは霧などの悪天候が事故につながったという見方を伝え、当局が遺体を収容するとともに事故の原因を調べています。

事故を受けて首都テヘランをはじめイラン各地で20日、追悼集会が開かれ、広場などを埋め尽くした人々が犠牲者に祈りをささげました。

最高指導者のハメネイ師は5日間、国をあげて喪に服すると発表し、この期間にライシ大統領の出身地である北東部のマシュハドなどで葬儀が行われる予定です。

大統領の職務については、当面モフベル第1副大統領が代行するとともに、来月28日に新しい大統領を選ぶ選挙が行われることになり、今後国内で政治的な駆け引きが活発化する見込みです。

また、イランがパレスチナのガザ地区でイスラエルと戦闘を続けるイスラム組織ハマスの後ろ盾となるなど、中東情勢に深く関与する中、大統領や外相が変わることで、外交政策にどう影響するかも焦点となっています

《ライシ大統領とは》

ライシ大統領は63歳。イラン北東部のマシュハド出身のイスラム法学者で、イスラム体制の維持で重要な役割を果たす司法府で検事総長などの要職を歴任し、司法府の代表も務めたあと、2021年6月の選挙で大統領に選出されました。

保守強硬派の指導者として知られ、現在85歳のイランの最高指導者、ハメネイ師の有力な後継候補の1人とされてきました。

おととし、イランでスカーフのかぶり方をめぐり逮捕された女性が死亡し、大規模なデモが各地に広がった際には「治安を乱すことは許されない」として、取り締まりを強化しました。

また、外交面では反欧米の強硬路線をとり、とりわけ緊張が続くガザ情勢をめぐってはイスラム組織ハマスを支持し、イスラエルやイスラエルを擁護するアメリカと敵対する姿勢を強めていました。

ニューヨーク商品取引所 金先物価格が一時史上最高値更新

20日のニューヨーク商品取引所では、取り引きの指標となる金の先物価格が一時、1オンス=2450ドルを超えておよそ1か月ぶりに史上最高値を更新しました。

背景にはイランのライシ大統領らがヘリコプターの墜落事故で死亡したことを受けて中東情勢の先行きが不透明との見方が広がり、安全資産とされる金を買う動きが出たことがあります。

また、FRB=連邦準備制度理事会が利下げを始める時期が早まるのではないかとの観測が出ていることも利下げの影響を受けにくいとされる金を買う動きにつながりました。

国連 グテーレス事務総長「心から哀悼の意を表す」

イランのライシ大統領らが死亡したことを受けて、国連のグテーレス事務総長は20日、報道官を通じて声明を出し「遺族とイラン政府、それにイラン国民に心から哀悼の意を表す」としました。

また、同じ20日に開かれた安全保障理事会の会合の冒頭では議長国モザンビークのアフォンソ国連大使が呼びかけ、出席した各国の国連大使らが起立して黙とうをささげました。

米 オースティン国防長官「安全保障に影響を与えない」

アメリカのオースティン国防長官は20日の記者会見で、イランのライシ大統領が死亡したことについて「現時点では、必ずしも、より広い地域の安全保障に影響を与えるとは思えない」と述べ、状況は注視しているとしながらも、現時点ではさらに地域を不安定化させる要因にはならないとの見方を示しました。

米国務省 ミラー報道官 哀悼の意もイランへの姿勢に変化なし

アメリカ国務省のミラー報道官はイランのライシ大統領が死亡したことについて、20日、記者会見で哀悼の意を表した一方で「特に女性や少女に対するいくつかの最悪の人権侵害は彼の大統領在任中に起きたものだ。命が失われたことは残念に思うが、彼の手が血塗られているという現実には変わりない」と述べました。また「イランの政権によるテロ支援や危険な武器の拡散、信用できる民間目的ではないかたちでの核開発の推進については引き続き、立ち向かう」と述べ、アメリカのイランへの姿勢に変化はないことを強調しました。

ロイター通信「イスラエル政府当局者が関与否定」

イスラエル政府はライシ大統領が死亡したことについて、公式な反応を示していません。こうしたなかロイター通信は20日、イスラエル政府の当局者が「われわれではない」と述べ、関与を否定したと伝えました。

一方、イスラエルメディアは今回の事故を大きく伝えていて、このうちタイムズ・オブ・イスラエルは分析記事で「外交政策と戦争に関する決定は最高指導者のハメネイ師の権限の下にあるため、戦いの行方に大きな影響を与えることはないだろう」と両国の対立関係は変わらないと指摘しています。

ただ、イランが後任の大統領の選出という内政課題にかかりきりになる可能性もあるとする専門家の見方を紹介しながら「イランの政策は大枠では変わらないだろうが、予期せぬ政治的変動への対処でイスラエルとの多方面での戦線から注意がそれることも予想される」と伝えています。

首都テヘラン市民「こんな惨事 考えもしなかった」

ヘリコプターの墜落で、ライシ大統領らが死亡したことについて、首都テヘランで市民に話を聞くと、その死を悼む声が相次ぎました。

このうち、67歳の男性は「礼儀正しく、自制心のある大統領でした。亡くなったことをとても残念に思います」と話していました。

また、48歳の女性は「彼がすべてを統率してきたので、市民の1人としてとても残念です。こんな惨事が起きるとは考えもしませんでした」と話していました。

テヘラン支局長の解説

Q.現地で事故原因はどう伝えられている?
A.現場は霧が濃く、イラン政府は、悪天候が事故を招いたという見方を示しています。イランをめぐって、先月、敵対するイスラエルと攻撃の応酬が行われた直後だっただけに、国内からは、ヘリコプターの撃墜など、イスラエルによる陰謀を疑う声も一部であがりました。

イランとしては、こうした疑惑をいち早く打ち消した形で、今回、イスラエルとの緊張が高まる方向にはなっていません。また、地元メディアは、ライシ大統領らの業績を振り返るとともに、その死を悼む国内外の声を、繰り返し伝えています。

各国首脳などが哀悼の意

イラク首相・エジプト大統領が声明「連帯を」

イランの強い影響力を受ける隣国のイラクのスダニ首相は「最高指導者のハメネイ師やイラン政府、そしてイラン国民に心からのお悔やみを申し上げるとともに連帯を表明する」との声明を発表しました。

また、エジプト大統領府は「イラン国民に心からのお悔やみを申し上げ、連帯を示す」などとするシシ大統領の声明を発表しました。

トルコ大統領「イラン国民と地域の平穏のための努力に敬意」

イランの隣国、トルコのエルドアン大統領は20日、自身のSNSを更新し「イラン国民と地域の平穏のためのライシ大統領の在任中の努力を見てきた一人として敬意と感謝の念を抱いている」などとして、ライシ大統領やアブドラヒアン外相を追悼しました。

トルコ政府はイラン当局の要請に応じてライシ大統領の捜索活動にも加わり、トルコの政府系通信社は20日、「トルコの無人機がライシ大統領を乗せたヘリコプターの残骸のものと見られる熱源を探知し、イラン当局に情報を共有した」と伝えていました。

イスラム組織ハマス「最も優れた指導者たち」

イランの支援を受けるパレスチナのイスラム組織ハマスは、ライシ大統領やアブドラヒアン外相らが死亡したと伝えられたことを受け、20日に声明を発表し、哀悼の意を表しました。

声明ではライシ大統領らを「パレスチナの大義とイスラエルへの抵抗を支援してくれた最も優れた指導者たちだ」とたたえた上で「イランの国民と悲しみと苦痛の感情を共有し、完全な連帯を表明する。イランがこの大きな損失の影響を克服することができると確信している」として、連帯を示しました。

3年前にイランのライシ大統領が就任した際の宣誓式には、ハマスのハニーヤ最高幹部が出席し、双方の深いつながりを印象づけていました。

パレスチナ アッバス議長「イラン国民に対し連帯を強調」

パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長も20日、声明を発表して、イランのライシ大統領らが死亡したことを受けて、哀悼の意を表しました。

声明でアッバス議長は「この大きな苦難においてイラン国民に対するパレスチナの人々の連帯を強調する」としています。

サウジアラビアとUAEからも追悼

サウジアラビアの外務省はサルマン国王とムハンマド皇太子がそれぞれイランに追悼のことばを送ったと発表しました。

このうち、サルマン国王は追悼文で「ライシ大統領と同行者らが亡くなったとの訃報を知り、イラン政府とイラン国民に心からのお悔やみを申し上げる」などとしています。

イランとサウジアラビアは長年対立してきましたが、去年、中国の仲介で7年ぶりに外交関係を正常化させていて、去年11月には、ライシ大統領とムハンマド皇太子による対面での首脳会談が行われました。

また、UAE=アラブ首長国連邦のムハンマド大統領も「イラン政府とイラン国民に深い哀悼の意を表する。UAEはこの困難な時期にイランと連帯する」などとする声明を発表しました。

岸田首相「謹んで哀悼の意」

岸田総理大臣は談話を発表し「突然の訃報に接し、深い悲しみの念に堪えません。大統領とは日本とイランの伝統的友好関係に基づき、2国間関係や地域情勢について率直な対話を積み重ねてきたところでした。政府と国民を代表してイラン政府と国民、ご遺族に対し、謹んで哀悼の意を表します」としています。

岸田総理大臣は、ライシ大統領と去年とおととし、ニューヨークで会談したほか、電話での会談も2度行っています。

林官房長官「深い悲しみ 中東地域の平和と安定を重視」

林官房長官は、午後の記者会見で、自身も過去にライシ大統領らと直接、顔を合わせて会談したことに触れ「突然の訃報に接し、深い悲しみの念に堪えない。イラン政府とイラン国民、遺族に深甚なるお悔やみを申し上げるとともに、大統領や外相をはじめとする方々に哀悼の誠をささげる」と述べました。

また、今後の中東情勢への影響を問われ「予断は差し控えるが、わが国として中東地域の平和と安定を重視しており、引き続き状況を注視していく」と述べました。

上川外相「突然の訃報に悲しみの念に堪えず」

上川外務大臣は、イランのライシ大統領が乗っていたヘリコプターが墜落した事故で、アブドラヒアン外相も死亡したことを受けてメッセージを出し「突然の訃報に接し、深い悲しみの念に堪えません。ご冥福を衷心よりお祈り申し上げます」としています。

EU大統領「われわれの思いは遺族とともにある」

EU=ヨーロッパ連合のミシェル大統領は20日、SNSに投稿し、「EUはヘリコプター事故で亡くなったライシ大統領とアブドラヒアン外相、それにそのほかの同行者や乗員に心から哀悼の意を表する。われわれの思いは遺族とともにある」と弔意を示しました。

ロシア プーチン大統領「真の友人」死を悼む

ロシア大統領府は20日、プーチン大統領がイランの最高指導者ハメネイ師に送った哀悼のメッセージを公開しました。

この中で、プーチン大統領は「イランの人々を襲った大きな悲劇に心からお悔やみを申し上げる。ライシ大統領は傑出した政治家であり、ロシアの真の友人として善隣関係の発展を図り、戦略的なパートナーシップのレベルに引き上げるために多大な努力を払った」として、ライシ大統領の死を悼みました。

また、ロシア大統領府は、プーチン大統領がイランで大統領の職務を代行することになったモフベル第1副大統領と電話で会談したと発表し、この中で、深い哀悼の意を表するともに、両国の包括的な協力をさらに強化する考えを強調したということです。

中国 習近平国家主席「よき友を失った」

中国外務省によりますと、習近平国家主席はイランのライシ大統領が死亡したことを受けて、20日に弔電を送り、深い哀悼の意を示しました。

この中で習主席は「ライシ大統領は就任以来、中国とイランの包括的な戦略パートナーシップの発展に積極的に努力してきた。中国国民はよき友を1人失った」としています。その上で「中国政府はイランとの伝統的な友好を大切にし、両国の関係は必ずや絶えず強固に発展していくだろう」としています。

影響は? 国際部 戸川デスク(前テヘラン支局長)Q&A

Q. ライシ大統領の死亡はイラン国内でどのような影響がある?
A: 大統領の死亡で、ただちにイランの体制や方向性そのものが揺らぐことは考えにくいです。ライシ氏の肩書きは「大統領」ですが、そもそもイランでは最大の権力者ではありません。大統領の上に、ハメネイ師という最高指導者がいて、軍や行政などあらゆる面を掌握しています。とりわけ、核開発や対米交渉といった安全保障上の重要政策は最高指導者の意向が反映されると言われています。

ただ、ライシ氏は実は最高指導者の有力な後継候補でした。反米の色が濃く、「保守強硬派」として知られる人物で、21年に大統領選挙の当選直後の記者会見に出席しましたが、アメリカへの不信感をはっきりと口にしていたのが印象的でした。最高指導者からの信任も厚いとされています。

最高指導者のハメネイ師は85歳と高齢で、健康不安を指摘する声はたびたびあがっています。そうした中で、主要な後継候補の1人が突如いなくなった形で、今後、権力争いが激しくなる可能性もあります。

Q. イランはイスラエルと対立していて、中東の各地の「抵抗の枢軸」と呼ばれるネットワークを支援もしているが、国際的にはどういう影響が出てくる?
A: イスラエルとの対立の構図、「抵抗の枢軸」への支援も変わらない見通しです。一方で、過去には、イランの大統領しだいで欧米などとの距離感は変わってきています。

もちろんハメネイ師の意向の範囲内ではありますが、ライシ氏が反米の色が濃かった一方、前の大統領のロウハニ氏はアメリカと核合意を結ぶなど欧米との歩み寄りも見せていました。今後、イランでは大統領選挙が行われる見通しですが、どのような考えの大統領になるのか、この点も焦点になります。

専門家「最高指導者の後継選びに注目」

イランや中東情勢に詳しい慶應義塾大学の田中浩一郎教授は、中東情勢をめぐるイランの対外政策に影響はないとしたうえで、最高指導者ハメネイ師の後継者をめぐる動きが注目だと指摘しています。

反米で保守強硬派として知られるライシ大統領は、ガザ情勢をめぐってもイスラエルやイスラエルを擁護するアメリカと敵対する姿勢を強めていました。

これについて田中教授は「イランの行動指針は最高指導者から下されているので、大統領個人の考え方で変わるものではない」と述べ、イランの外交や軍事をめぐる政策に影響は出ないという見方を示しました。

また、今後行われる大統領選挙について、田中教授は「大統領の候補者を選別する過程で反体制的だとみなされる人物には立候補資格が与えられず、ライシ大統領と同じような考えをもつ人が選ばれる可能性が高い」と指摘しました。

一方で、田中教授は、ライシ大統領が現在85歳の最高指導者ハメネイ師の有力な後継候補だったことによる影響は大きいとして「次の候補者を何らかのかたちで選ぶにしても、時間はそれほど残されておらず、イランの国内政治には大きな緊張とどよめきが走っている。ハメネイ師は自分の子どもを後継者にしたがっているという憶測も出ていて、新たな候補となる人物が大統領選挙などで表の舞台に出てくるかどうかが注目点だ」と強調しました。