韓国は「移民国家」に向かうのか 人口減少対策で検討に本腰

韓国は「移民国家」に向かうのか 人口減少対策で検討に本腰
「このままでは国家消滅の運命は避けられない」

韓国政府の閣僚は急速に進む少子化への危機感をこう表現しました。韓国政府は少子化対策だけでは人口減少に対応しきれないとして、外国人の受け入れ拡大に向けた体制の整備を進めようとしています。

韓国は「移民国家」に向かうのか。現状を取材しました。

(ソウル支局 長砂貴英)

国がなくなってしまう

「移民政策を取り入れるかどうかについて悩む時期はすでに過ぎ去った。取り入れなければ国家消滅の運命は避けられない」

2023年12月、韓国のハン・ドンフン(韓東勲)法相(当時)の演説です。
これまでとっていた外国人の受け入れ政策をさらに拡大していく方針を「移民政策」という言葉を使って強調しました。

省庁ごとに別々に実施している在留外国人向けの政策や出入国管理などを「出入国移民管理庁」(移民庁)の創設で一元的に統括することが必要だと述べています。

韓国で1人の女性が一生のうちに産む子どもの数の指標となる合計特殊出生率は2023年に「0.72」で、過去最低を更新。ハン氏は予測される人口減少を「人口災害」とも表現しました。

韓国政府は少子化対策の法律を2005年に制定し、日本円にして30兆円を超える予算を少子化対策に投じてきました。無償保育や児童手当、育児休暇に伴う給付金制度などを相次いで打ち出しましたが、少子化に歯止めがかかっていません。
若者の厳しい就職事情、しれつな受験競争に伴う過度な教育費負担、韓国で結婚の際に必要とされるマンションの価格高騰など、さまざまな要因が複雑に絡み合った結果、結婚しない、結婚しても子どもを持たない選択をする人たちが増えていることが背景にあると指摘されています。

高まる存在感

韓国はこれまでにも労働力として外国人の受け入れを拡大してきました。

首都ソウルから南西に電車で1時間半ほどの距離にあるアンサン(安山)。工業団地があり、人手不足解消のために長年労働者として外国人の受け入れが進められてきました。2024年3月末時点で市内に住む外国人は9万人余り。人口比にして13%を占めています。割合としては自治体のなかで最も高い水準です。
市の中心部にある駅前の通りは「多文化飲食通り」と呼ばれ、主にアジア各国から働きに来ている外国人たちが大勢行き来しています。中国語やインドネシア語、アラビア語などの看板が並び、アジア各国の料理店も数多く軒を連ねています。取材に訪れたのは日曜日で、仕事が休みの外国人たちが青果店や衣料販売店などで買い物をしていました。
通りの商店主に話を聞くと、外国人の存在感は消費の面でも大きいといいます。
青果店の韓国人店主
「ここは外国の食材も多くそろえているので、週末になると市内だけではなく周辺地域からも外国人のお客さんが来て食料品などをまとめて買っていきます。韓国全体の人口が減少するなかで、外国人の消費は地域の活性化につながっていると思います」
韓国で外国人は総人口の4.4%(2022年)を占めています。その10年前では2.8%だったことを踏まえると、外国人の受け入れを増やしてきたことがわかります。(統計の取り方が日本と同じではないため単純な比較はできませんが、日本は2023年1月時点で2.3%です)

増加の一途

韓国はかつて外国に出稼ぎ労働者を送り出す国でしたが、経済成長に伴って所得水準の向上や産業構造の変化が進み、1990年代になると若者が3K(きつい・汚い・危険)のイメージが強い仕事を避けるなどして雇用のミスマッチが目立つようになっていきます。(韓国では日本の3Kにあたる言葉としてDifficult・Dirty・Dangerousの頭文字をとった“3D”という言い方があります)
韓国政府は、農業や製造業などの人手不足に対応しようと1990年代、当時の日本の技能実習制度をモデルにした「産業技術研修生制度」を導入します。しかし、悪質なブローカーが仲介したり、労働者としての法的な保護がないまま賃金の未払いや研修生の失踪が相次いだりして社会問題化しました。

これを受けて韓国政府は2004年に制度を大きく転換します。

外国人を「研修生」ではなく法的に「労働者」として扱い、外国人の雇用を希望する企業に政府が許可を与える「雇用許可制」をスタート。この制度では韓国政府が人材を送り出す国と覚え書きを結びます。出入国を政府が一元的に管理することで悪質ブローカーの排除を図り、国際機関からも評価を受ける制度となりました。

その後、政府は一定の要件を満たせば在留期間を延長するなどの措置を進めてきました。韓国の在留外国人は、コロナ禍の時期を除いて増加の一途をたどっています。

支援に突き進む自治体

新たな外国人労働者の制度が始まった翌年の2005年、アンサン市は外国人住民に対する支援の専門部署を設けます。その後、外国人住民の増加に伴い2008年に「外国人住民センター」が開設されました。韓国の自治体の中では先駆的な取り組みで、ワンストップで必要な行政サービスを受けることができます。
アンサン市の「外国人住民センター」の機能
・労災や賃金、生活の相談を受けつける相談窓口(15の言語で対応)
・在留許可手続きを受け付ける出入国・外国人庁出張所
・無料の診療所
・韓国語教室
・25か国の書籍をそろえた小規模図書館
センターは地下1階、地上4階の立派な建物です。

平日に取材に訪れましたが、1階にある相談窓口には外国人がひっきりなしに訪れていました。窓口には相談ブースごとに対応可能な言葉がわかるよう小さな国旗が掲げられています。その国の出身者で、結婚などで韓国国籍を取得した担当者が対応していました。
カンボジア出身の相談員セン・バニー(韓国名パク・ウンジ)さん
「最近は賃金未払いの相談が多いです。その場合は事業主に連絡をとって支払い期日を約束し、それでも支払われない場合は必要な行政機関に相談をつなげます。その人たちに何が起きているのか、解決策は何かを1つずつ確認していきます」
「わたしも韓国に来たばかりのころは大変なこともあったので、相談者が韓国に来てどのような状況にあるのか理解できるため、相談はスムーズにやりとりができます」
センターの業務を統括するアンサン市外国人住民支援本部のパク・ギョンヘ(朴敬恵)本部長によると、支援本部には年間67億ウォン(日本円で約7億6千万円)、そのほかを含め外国人関連業務には全体で158億ウォン(日本円で約17億円9千万円)が投じられています。

これらの多くは市独自の予算です。センターへの相談は市外から寄せられることもあるといいます。
パク・ギョンへ本部長
「市内で働く外国人労働者のセンターの利用は全体の利用者の約40%で、そのほかは市外からの相談です。電話相談も可能なので韓国各地から相談が寄せられます。アンサンに住んでいない人も何か問題があったら『ひとまずアンサンに聞いてみて』と外国人どうしで情報共有されていると聞きます。アンサン市に住んでいないからといって相談を受けないということはありません。韓国に在留資格がない状態(不法滞在)の外国人だとしても、相談が来れば受け付けます」
在留資格のない外国人の相談も受け付けると聞き、それほどまでに、さまざまな立場の外国人が社会に不可欠な存在になっているのかと感じました。

一方でパク本部長は、個別の省庁の政策変更によって自治体の現場で戸惑いが生じたこともあったといいます。
「法務省で出入国管理に関した大きな施策の変更があると、外国人が急に増えたり減ったり、特定の国の外国人が急に入ってきたりします。また、韓国語を学びたいという需要が突然、高まって戸惑うこともありました」
「国レベルで『出入国移民管理庁』について議論が始まり、法務省・雇用労働省・教育省などの個別の施策がコントールタワー(司令塔)となる国の機関のもとで一元的にとられることになれば、自治体としても外国人行政のための住民サービスを更に計画的に立てることができると思います」

地域住民の反発

アンサン市のように外国人の受け入れとその支援に積極的な自治体がある一方で、一部の地域では外国人をめぐって地域住民が強い反発を示すところもあります。なかでも特に顕著な出来事が南東部のテグ(大邱)で起きていると聞き、取材に訪れました。
国立大学に近い住宅地の一角。ここでイスラム教徒の留学生たちがモスク(イスラム教礼拝所)の建設を計画したところ、地域住民の猛反発にあいました。留学生や支援者によると、反発が目立つようになったのは工事が本格化した2020年ごろだといいます。

建設に反対する住民団体の1人は取材に対してモスク建設に反対する理由について、騒音などがあると主張して説明しました。
「不特定多数の身元も知らない大勢がここに集まるようになります。近くのアパートの部屋にいると礼拝で集まった人びとが話す声が全部聞こえます。ここは住宅地です。知らない人が大勢集まってくるような場所にそうした施設を建てるべきではありません。外国の文化もあるというが、ここには韓国人の暮らしもあります」
住民たちの行動は次第にエスカレート。2022年には建設現場前でイスラム教で不浄な動物とされる豚のバーベキューを実施。豚の頭や足を放置したこともありました。その翌年にも同様に住民たちが豚肉料理を使った行事を開催しています。

住民側はバーベキューをしたのは私有地内であり、それまでの活動を住民どうしでねぎらうためだったと主張しています。
この場所ではモスク建設が始まる以前の2014年から留学生たちが住宅の1室を礼拝場所としてずっと使用してきましたが、留学生たちによると、工事が本格化するまでは苦情はなかったといいます。

モスクの建設は法的な手続きに沿って進められてきました。しかし、住民団体が建設中止を地元区役所に請求すると、区は工事中止の行政命令を出します。これを不服として留学生や支援団体が行政命令の撤回を求めて訴えを起こし、2022年に韓国最高裁判所は「建設は適法」と判断して行政命令の無効が確定しました。

留学生側はその後も、防音対策を徹底するなど具体的な対応を示して理解を求めましたが、住民団体はあくまでも建設に反対する状況が続いています。
ムアズ・ラザックさん
「(バーベキューは)残念なことでしたが、それ以前にもわたしたちはテロリスト呼ばわりされていました。問題が起きたのが2020年で、それからもう何年もたっているのに解決されずにいます。韓国最高裁がこの場所での建設は合法だとしているにも関わらず、地元行政は解決に向けて何の役割も果たしていない。もし行政が役割を果たしていれば、問題はもっと早く解決していたはずです」
韓国の国家人権委員会は、住民によるバーベキューについて「宗教を理由にしたヘイト(憎悪)表現だ」として懸念を表明し、地元の行政機関に問題解決に向けた対応を求めています。

留学生たちを支援する団体のソ・チャンホ(徐昌虎)さんは「この問題は単に地域だけの問題ではありません。韓国に住む外国人が今後さらに増えていくなかで、社会にとって非常に重要な意味をもつ問題で、韓国国民が考えなければならない課題でもあります」と話していました。

政策議論が必要

韓国の外国人受け入れの状況をどのように捉えればいいのか。在留外国人政策に詳しい韓国行政研究院のチョン・ドンジェ(鄭東宰)研究委員に話を聞きました。
チョン研究委員は自治体の対応については、アンサン市のように現実的に外国人労働力への依存度が高い一部地域で支援体制が充実しているとしながらも、大半の自治体はそうした体制が整っておらず対応にばらつきが大きいとしています。
チョン研究委員
「テグの件では、間違った情報(ヘイト表現)が発せられたときに、その情報について何が間違っているのかを行政機関が明確に指摘し、それが広がらないように是正することが必要でしたが、それがなされなかったことが最も大きな問題だと思います。その点において地方行政と政府の役割が必要だと思いますが、それが見えていません」
その上で、異なる習慣や文化を尊重する取り組みを政策として強化する必要性を指摘します。
「韓国政府の外国人移住者にかかわる政策は、基本的には外国人を社会に統合する対象と見ていて、韓国社会への同化の側面が強いと言えます。つまり、韓国語がうまく話せ、韓国文化をよく理解し、いい韓国人にならなければならないという考え方に基づいています。外国人は韓国にとってどのような対象なのか、彼らとどう共存するかについて、政治の場で積極的な議論が必要です」

山積する課題

韓国国民の間では外国人受け入れ拡大についての慎重論は根強くあります。

韓国政府が2023年11月に公表した世論調査の結果では、人口減少対策として「移民政策」を推進することに「同意しない」と答えた人は60.6%で、「同意する」の39.4%を上回りました。

こうした国民世論を意識したかのように、2023年12月、ハン・ドンフン法相(当時)は「移民庁」創設の必要性を述べた演説のなかで「われわれが現在推進しようとする移民政策は、外国人にただちに永住権や国籍を付与したり、外国人を無条件にたくさん受け入れたりしようとするものではない。社会に必要な外国人だけを政府がしっかりと判断して受け入れ、不法滞在者をさらに強力に取り締まる」と述べました。
一方で、韓国では外国人労働者への賃金未払いや劣悪な居住環境などの報道が後を絶ちません。公共放送KBSは2024年3月、養殖業者で働くスリランカ人の男性が洋上のバージ船に設置された粗末な建物で生活をさせられていたと放送。波で揺れトイレもない不衛生な環境で、労働監督当局が必要な対応をとっていなかったと報じています。

また、国はこれまで全国44か所で運営されていた外国人の相談センターへの補助金を2023年末で打ち切りました。韓国政府は「支援方法をこれまでの民間委託方式から国が直接支援する方式に変更するもので、関連予算がゼロというのは事実と異なる」としていますが、国の予算に頼ってきた地方では、長年にわたる外国人支援のノウハウがあった各地のセンターの多くが閉鎖を余儀なくされています。

現地メディアは「消えた救済窓口」として途方に暮れる外国人の姿を伝えています。ある自治体の関係者は「影響は大きい」と話していました。支援現場の実態が政策に反映されていないのではないかー。取材をしていて、そう思わざるをえませんでした。

韓国の経済は、いまや外国人労働者なしではなりたたなくなっているとされます。外国人の受け入れを拡大しつつも摩擦を減らしながら、どう社会を持続していくのか。韓国政府に突きつけられた課題です。
ソウル支局記者
長砂 貴英
2007年入局 新潟局 中国総局(北京) 山口局などを経て現所属
朝鮮半島情勢を中心に取材