健康診断を受けられない 不登校児に健康リスク

健康診断を受けられない 不登校児に健康リスク
小中学生だったころの健康診断を、皆さんは覚えていますか?
お医者さんが毎年今ぐらいの時期に学校に来て、身長や体重、骨格にゆがみが無いかなどをチェック。ここで虫歯が見つかったという人もいると思います。

子どもたちの成長を見守る健康診断。では、学校に来られない子どもたちは…?

不登校の子どもが30万人に迫る今、健康診断を受けられない子どもたちも多くいます。中には見つかるはずの病気が見過ごされ、一生に影響が出てしまった人も。

(横浜放送局記者 佐藤美月)

取り返しのつかない影響

北九州市の大学院生、三枝まりさん(29歳)は、小学3年生から中学3年生まで不登校でした。
小中学校の健康診断では通常、身長や体重のほか、栄養状態や口の中の病気、心臓疾患、骨格の発達などを検査し、異常が見つかった場合は医療機関の受診を勧めます。不登校の7年間、三枝さんはこうした検査を受けませんでした。
はじめに異変が現れたのは歯でした。中学3年生のときに奥歯が10本以上虫歯になり「口腔崩壊」を経験しました。上下左右全ての奥歯の神経をとった影響で、今も奥歯の根元がうんできています。

背骨の湾曲 気付いていれば

さらに深刻なのが、背骨の異常でした。
20代になってから、腰や肩のひどい痛みに苦しみ、整形外科を受診すると背骨が曲がってしまう「側弯症」と診断されました。
体を前に倒すと、背中が向かって右側に大きく傾いているのが分かります。

側弯症の診断は、小中学校の健康診断の項目に入っています。

もし健康診断を受け、成長期に見つけられていれば、コルセットで治療できる病気でした。
三枝まりさん
「どこのお医者さんもレントゲンを撮ると『ひどい側弯だね』ってまずおっしゃるんです。次に絶対『小学校とか中学校で何か言われなかったの?』って言われるんですよね。『コルセットで成長期に治療してなかったの?』って。それで、『学校行ってなかったんです、だから健康診断も受けていないんです』っていうふうにお答えするのが毎回のパターンです」

生涯通じて影響が

側弯症の影響で、常に腰痛や肩こりに悩まされ、長い間座っていることができません。去年十二指腸の病気になっておう吐が止まらなくなり、体重が10キロ落ちました。側弯症により、腸が圧迫されたことが原因の1つだとみられています。

成長期を過ぎてしまったため、治療には背骨にボルトを入れる難しい手術しかありません。三枝さんはリスクがある手術は受けず、痛みに耐えながら生活しています。
三枝まりさん
「電気の走るような痛みがいきなり来ます。痛くて夜中に目が覚めることもあります。小中学校のときからコルセットをつけていればって、後悔しています」

不登校児 “毎回受診”は1割

三枝さんは大学院で、不登校と子どもの健康を研究テーマにしています。
不登校を経験した子ども225人に調査した結果、健康診断を「毎回受けられていた」のは1割程度で、「受けた時と受けなかった時がある」とこたえたのが3割、「ほぼ受けなかった」と回答したのが4割でした。
三枝まりさん
「学習はあとからいくらでも取り戻せると考えていますが、やっぱり健康っていうのは取り戻せない。歯の神経を取ったり、背骨が曲がったりっていうのは元に戻せない。不登校児の健康の問題は重大な問題だと思うんですが、今まで見過ごされてきました。すごく深刻だと思います」

受けさせたくても難しい

「不登校でも、子どもに健康診断を受けさせたい」
そう願う保護者が大きな壁にぶつかっています。

学校の健康診断は、医師が決まった日時に学校を訪れ、集団で行うのがほとんどです。心身の不調やいじめなど、さまざまな理由で不登校になった子どもたちにとって、健康診断のために学校に行くのは高いハードルです。
横浜市のフリースペース「たんぽぽ」。

不登校の子どもたち20人ほどが通っていますが、多くが健康診断を受けられていません。
6年生の保護者
「学校に行けなくなってからは1度も受けられていません」
5年生の保護者
「放課後になんとか身長だけはかりにいこうと言いくるめて行ったんですが、学校の敷地自体に入りたくなくて、前日から泣いたりしていました。本当はいいことではないと思っています」
保護者の中には、複数の医療機関を回って健康診断を受けさせている人もいます。しかし健康診断は医療保険の対象外で費用や時間の負担が大きくなります。

学校に行かなくても健康診断を

たんぽぽでは学校以外の医療機関でも健康診断を受けられるようにしてほしいと、去年市の教育委員会に要望しましたが、「校外での受診は困難。可能な限り、時間帯を調整する」といった回答でした。
いくら時間帯を調整しても、そもそも学校に行けない子どもは健康診断を受けられない。たんぽぽは署名活動を行って賛同者を募り、再び要望するつもりです。
NPO法人 フリースペースたんぽぽ 一之瀬百樹 理事
「早いうちに病気が見つかれば早く手を打てる、健康に生きることができる。学校には行けないわけですから、病気を早期発見するためには、学校外の病院やかかりつけ医、学校医さんのところが一番ハードルは低いんじゃないかなと思います」
横浜市は、NHKの取材に対し、「不登校で学校に行けず、健康診断が受けられない子どもがいることは課題だと捉えている。学校保健安全法に基づいて、学校において大人数の子どもをスムーズに受診させるという方針で行ってきたが、今後他の市町村などの調査・研究を進めていく」としています。

吹田市は「校外で健康診断」実現

学校外での健康診断を実現している自治体もあります。

大阪府吹田市は3年前から、小中学生が学校外で健康診断を受ける際、費用を補助する仕組みを作りました。
医師会の協力があり、内科・耳鼻科・眼科・歯科のうち、歯科以外の健診は学校医となっている内科の医療機関でまとめて受けられます。歯科も含めて、保護者の費用負担はありません。

自分の学区の学校医でなくてもいいため、友達と会うことが怖い子どもなどは、少し離れた医療機関に行くこともできます。7月から9月末の期間内であれば予約する日時も自由です。

健康診断は学校のためだけではない

必要な予算は50万円余り。

昨年度は、これまで受診していなかった人の2割にあたる157人が健康診断を受けました。
吹田市教育委員会 伊東昌宏 参事
「いろいろな課題を抱えている児童が増えている中で、健康診断を無料で受ける機会というのは重要な取り組みだと思っています。学校での生活のためだけに健康診断を受けているわけではないので、その子の今後の生活のためにも健診は必要だと思います」

身長伸びてた!

吹田市内のフリースクール「ここ」

通ってくる不登校の子どもたちは、ほとんどが健康診断を受けられています。
中学2年生の岩崎一翔さんは去年、この制度を使って学校の外で受診しました。
岩崎一翔さん
「学校だったら気まずいっていうのもありますし、怖いです。この制度があったから、自分が受けられるタイミングで受けに行けました。身長が13センチも伸びていました。健康診断が受けられて嬉しいですし、安心できます」
父親の岩崎好洋さん
「成長期に入っている時に、どういう形で問題が起こってくるかっていうのが見えないところがあるので、非常に助かります。自治体から書類が来て、医療機関に本人が行けるときに行く形なので、ハードルが高いところもなく、子どもたちの心に寄り添ってくれていると感じています」

子どもの健康管理 社会で保証を

吹田市でこうした制度が導入された背景には、市民からの要望がありました。

「ここ」代表の三科元明さんも、子どもがマスクを取った時に虫歯だらけだったことに驚き、5年ほど前から校外での健康診断を求めてきました。

制度が導入された今、改めて社会全体で子どもの健康を支える仕組みが必要だと実感しているといいます。
NPO法人ここ 三科元明 理事長
「子どもの健康を子ども自身が守るってすごく難しいし、なかなかできないことだと思います。じゃあそれを親がするのかというと、親自身もやっぱり気付きにくいこともあるし、プロじゃない。健康管理は社会全体で保障していかなければと感じています。健康診断だけでなく、不登校の子どもや親たちはたくさんの不利益を被っています。目を向けるきっかけになってほしいです」

不登校児の健康は高リスク

不登校の子どもを多く診察してきた小児科医の平岩幹男さんは、子どもたちの健康リスクは元々高く、健康状態を把握する必要性が高いと指摘しています。
平岩幹男医師
「そもそも不登校に至る過程の中で、精神的なストレスを抱えることが多く、それ自体が健康リスクです。不登校になってからも、活動性が低下し運動不足になり肥満となるリスクもあります。その状況が続いても校医や養護教諭などの健康介入はなく、学校側は不登校が不適切だとして、無理に登校を促して深刻化する場合もあります。学校内で集団で受けるシステムから、校医などかかりつけ医で健康診断を受けるシステムにすれば、不登校であっても健康状態の把握が可能になります。そのためにはかかりつけ医側のスキルの向上も必要です」

取材を終えて

取材の中で、「不登校の子どもたちの中には、学校そのものに近づくことができない子がいる」ということが、教育委員会や学校では共通認識とはなっていないのかもしれないと何度か感じました。

学校に近づくだけでおなかや頭が痛くなる子もいれば、過去の記憶を思い出して苦しむ子もいます。学校で心が深く傷つき、苦しんでいるからです。

「学校に行けない子どもがいる」という前提のもとで、すべての子どもの健康を、大人がどう守っていくか、真剣に考える必要があると感じています。

一方で、家から出ること自体が困難で、医療機関に行くことが大きな負担となる子どももいます。こうした子どもに対して、無理をさせることなく、どう健康を管理していくかも大きな課題だと感じました。

(5月17日「おはよう日本」で放送予定)
横浜放送局記者
佐藤美月
2010年入局
児童福祉や教育など、子どものウェルビーイングをテーマに取材