ヒトはなぜ歌うのか? 答えのカギはアフリカに?

ヒトはなぜ歌うのか? 答えのカギはアフリカに?
「ヒトはなぜ歌うのか?」

当たり前すぎて、考えたこともないという方も多いかもしれませんが、実はこれ、研究者の間で熱い議論が交わされ続けている“難問”です。

今回、各国の研究者とともにこの問いに挑んだ取材班。「音楽の起源」の答えを求めて訪れたのは、アフリカの熱帯雨林に住む「音楽の民」バカ族でした。

(BS「フロンティア」取材班 小泉世里子)

「バカ族」ってどんな人たち?

「バカ族」は、アフリカ中部のカメルーンのほか、コンゴ共和国や中央アフリカ共和国などの熱帯雨林に暮らす狩猟採集民です。
一説によると「バ=人」「カ=葉っぱ」で、森の民という意味だとか。

国によって呼び方が異なり、以前は「ピグミー」といわれていましたが、蔑称にあたるということで、現在は「バカ族」などと呼ばれています。

バカ族は美しい音楽を生み出す「音楽の民」として知られています。

彼らが「音楽の起源」の謎のカギを握っているのではないか。研究者たちがそう考えるのには、大きく2つの理由があります。
(1)バカ族の暮らしでは「音楽が言語よりも大事」な意味を持つ
(2)バカ族は「10~20万年前のDNA(もしくは遺伝的特徴)」を色濃く残している
最新のゲノム解析などによって、バカ族は10~20万年前の人類から枝分かれし、長らく孤立した森の環境で暮らしてきたことがわかってきました。

私たちの遠い祖先がアフリカの熱帯雨林で狩りをして暮らしていた頃の音楽の姿が、そこにあるのかもしれません。

「バカ族」の森を目指して

カメルーンへは日本からヨーロッパを経由しておよそ30時間 。さらに首都ヤウンデから車で4日かけて、バカ族が住む熱帯雨林を目指します。
幹線道路とはいえ、赤土の未舗装道路。雨季には道がドロドロになってたどり着くことすらできないため、冬の乾季に訪れました。

途中パンクを繰り返しながら、ひた走ります。

さらに車を降りて森の中を歩いて1時間。ようやく目指すバカ族の集落に到着しました。
バカ族の伝統的な住まい「モングル」は、葉っぱと木の枝で作った、ドームのような家です。

彼らは食べ物を求めて森を少しずつ移動して暮らすため、こうした簡単に移動できる住居に住んでいます。複数のモングルが円のようになって1つの集落を形成しています。

今回、訪れたのは50人ほどが暮らす集落。

同行していただいた京都大学アフリカ地域研究資料センターの 特任研究員、矢野原佑史さんが2005年から通っているバカ族の家族の集落です。
ブッペンジャーさん、オディールさんという夫妻を中心に、その子どもや孫、親戚などが集まって暮らしています。

カメルーン政府はバカ族の定住化を推進しているため、彼らのような伝統的な森の暮らしをしているバカ族は急激に減ってきているそうです。

撮影拠点として集落の隣にテントを張り、8泊9日、一緒に暮らしながら撮影させていただきました。

電気・水道・ガスなし、Wi-Fiはおろか、電話も通じない。夜になると、満天の星空。おびただしい数の昆虫や鳥、動物の鳴き声に満たされる森の中で眠りにつきました。

「音楽が言語よりも大事」

翌朝。オディールさんの娘婿が、シカの皮を張ったシンプルな太鼓の手入れをしていました。

好奇心で「ちょっと叩いてみて」とお願いしたら、バカ族の人たちの歌い心にスイッチが入ったのか、わらわらと人が集まって来て、いきなり大合唱が始まりました。
朝食の準備もほったらかしで歌いだす女性たち。バカ族では女性が歌い、男性は太鼓や木を叩いたりするのが基本だそう。

複雑なメロディーとリズム、短いフレーズが繰り返されて、どんどん場の空気が温まってきます。「踊りだしたくなるようなグルーブ感!」と思っていたら、唐突に歌が終わり、みんな何事もなかったかのように日常に戻っていきます。

なんだか放り出されてしまったようで、あっけにとられていると、矢野原さんが説明してくれました。
矢野原さん
「彼らの音楽はいつも最高潮に達するちょっと手前で止めて、時間がまた流れていく。また誰かが手を叩き始めると、また音楽の時間が始まる。それの繰り返しでちょっとずつ音楽的時間が増えていって、徐々に熟成してコミュニティーの音楽をみんなで作っていく感じなんです」

バカ族の「ポリフォニー」

バカ族が歌う美しい「ポリフォニー」は1970年代頃から、現地を訪れた研究者たちの録音物によって世界の音楽ファンに知られていきました。

「ポリフォニー」とは、異なるメロディーを複数の人たちで同時に歌って作り出す複雑な歌のこと。

まさに私たちが体験した自然発生的な歌こそが、バカ族のポリフォニーでした。

ブッペンジャーさんのお兄さんで、集落の最年長のガスパーさんが話してくれました。
ガスパーさん
「皆で歌うことを『ベ』といいます。私たちは言葉ではなく歌で、仲間になろうと望まれていることを理解します。森の精霊だって歌を聞くと『ベ』に呼ばれているんだなと思って、森から出てくることがあるんですよ」

最も大事な歌 狩りの歌「イエリ」

バカ族の人たちと生活していると、女性たちが水浴びや洗濯の時に川面を叩いて複雑なリズムを生み出す「ウォータードラム」、夜の民話語りの歌「リカノ」など、日常の折々で「べ」に出会いました。
その中でも素晴らしいグルーブ感をもった歌い手で、「ベ」を盛り上げていくオーラを放っていたのがオディールさんです。

オディールさんが「一番大事な歌」といっていたのが「イエリ」。男たちが狩りに出かけた時に獲物が獲れるように歌う歌です。
暮らしの中で即興的にポリフォニーを歌い、それがコミュニケーション手段として重要な意味を持っているバカ族の人たち。彼らにとって、歌でコミュニケーションする相手は人間だけではなく、「イエリ」は森と動物の心を柔らかくする力があるのだといいます。
翌日、狩りに出かけていた男たちがしとめたシカを持って集落に帰ってくると、みんな大喜び。オディールさんも「イエリは強い。祖先が教えてくれたイエリを歌ったから獲物がとれた」と誇らしげです。
バカ族の人たちは「平等主義、対等主義」で知られています。集落の構成員は皆、対等。

獲物の肉を小さく切り分けてみんなで分け合います。私たちも森の恵みのシカをありがたくいただきました。
ブッペンジャーさん
「(獲れた肉は)全員に均等に分ける必要があります。全ての家族を尊重しているからです。みんなで一緒に料理をして、一緒に食べるんです」

なぜみんなで歌うのか?

オディールさんの夫、ブッペンジャーさんが興味深い話をしてくれました。
ブッペンジャーさん
「みんなで歌うのがバカ族のやり方です。妻も1人では歌わない。1人で歌うのを聞いても、誰も妻の歌を良いとは言いませんよ」
確かにバカ族の人たちはいつもみんなで歌います。なぜなのでしょうか。

ポリフォニーの構造を分析して、その理由を探ってみることにしました。ポリフォニーに参加する7人の女性の歌声を別々のマイクで収録。
沖縄県立芸術大学の非常勤講師で民族音楽を研究する古謝麻耶子さんに協力していただき、7人のポリフォニーを楽譜にしてみました。
楽譜化によってわかったのは・・・
(1)全員が違うメロディーを歌っている
(2)それぞれのメロディーを重ねてみると「完全4度」の音の重なりが完成する
完全4度とは、特に美しいと感じる和音の響きの1つです。1つの音から数えて4つ目の音、バカ族の場合は例えば、「レとソ」や「ドとファ」の音の重なり合いが中心となっていました。
楽譜もなしに即興で美しいハーモニーを 作り出しているのは驚きです。

さらに、バカ族の歌で特徴的なのは「複雑なリズム」が生むグルーブ感!

古謝さんは手拍子だけでなく、「彼らの歌声」そのものがリズムを生み出していると指摘しました。
全員が異なるリズムで歌い、それが重なっていくことで、うねるような心地よいグルーブ感が生まれ、思わず踊りだしたくなってきます。

みんなで歌うからこそ生まれる美しく、そして心躍らせる歌。まさに集団で歌うことで完成する歌です。

古謝さんはバカ族のポリフォニーを分析して気づいたことがあると言います。
古謝さん
「きっと彼らは初めて習得する時から全体の中の1人として参加していて、人とは違う歌を歌い続ける、ずらしたリズム、むしろ他の人がやってないことを自分がやる。そうすることで、より緻密で満たされた歌のあり方を目指しているのではないでしょうか。もしかしたらそれが彼らの社会や生き方とも繋がってくるのではないかと感じました」
古謝さんのお話から、狩りで獲れた肉を集落全員で分け合っていた様子が思い出されました。

大自然の熱帯雨林の中で暮らす知恵として、集落全員が自発的にそれぞれの役割を果たし、協力して1つのコミュニティーを維持していく。それがバカ族のポリフォニーのあり方とつながった気がしました。

音楽による「集団の絆」

音楽の起源は「集団の絆」をつくるため。

アメリカ・ノースイースタン大学で音楽と脳の関係を研究するサイキ・ルイ博士は、この仮説を脳科学の観点から支持しています。
ルイ博士によると、音楽のビート(リズム)を聴くと、脳内でドーパミンなどの報酬物質が発生することがわかっています。報酬物質とは私たちが気持ち良さ、快楽を感じた時に分泌される脳内物質です。

ビートが繰り返されると脳の「予測機能」が働き出し、次にどんなビートが来るか「予測」し始めます。予測することの快感に加え、裏切られることの快感もあります。予測の複雑さを脳が喜んで大きな報酬を感じると言います。
ルイ博士
「『集団の絆』というキーワードは、音楽の起源を考える上で外せないでしょう。音楽のビート(リズム)にはたくさんの人を同時に動かす力があります。他人と一緒に体を動かすことは同じ体験の共有です。共に歌うのは『助け合えるよ』というサインだと言ってもいい。社会的動物であるヒトにとって報酬を感じる行動です」
また、オランダ・アムステルダム大学で音楽認知学を研究するヘンキャン・ホーニング博士は、新生児を対象にした実験の結果、人が生まれながらにしてビート予測の能力を持っていることがわかったとした上で、「みんなで歌う」ということに「音楽の起源」を知るカギが隠されているといいます。
ホーニング博士
「動物はグルーミング(毛づくろい)で『集団の絆』を確認しますが、ヒトが作った大集団ではグルーミングしきれない。その代わりに音楽が生まれたのではないでしょうか。集団が協力し合うためにとても役立つ発明だったはずです。『ヒトはなぜ歌うのか?』の答えは『集団の絆』のため、私たちは人とつながるために音楽を手にしたといっていいのではないでしょうか」
民族音楽学者、音楽人類学者、脳科学者など多方面の研究者が語る「ヒトと音楽の深く密接な関係」。

詳しい内容は「フロンティア ヒトはなぜ歌うのか」でぜひご覧ください。
フロンティア その先に見える世界「ヒトはなぜ歌うのか」
BSP4K 5月9日(木)午後1時~
BS 5月10日(金)午前9時25分~
NHKグローバルメディアサービス ディレクター
小泉 世里子
NHKスペシャル「ミラクルボディー」「人体」や、モロッコの民族音楽「ジャジューカ」を取材し「Sound Trip」などを制作