“先のことなんて…” 本屋大賞 大津在住 宮島未奈さんの思い

全国の書店員が最も売りたい本を選ぶ「本屋大賞」が4月10日、発表され、滋賀県大津市在住の小説家、宮島未奈さんのデビュー作「成瀬は天下を取りにいく」が大賞に選ばれました。

主人公・成瀬あかりの目標は「200歳まで生きる」。

破天荒ながら自分の信じた道を全力で突き進む、成瀬の姿が多くの人から人気を集めています。

作者の宮島さんが作品へ込めた思いをたっぷりと語ってくれました。

(大津放送局記者 秋吉香奈)

本屋大賞受賞!

「成瀬は天下を取りにいく」は、大津市を舞台にした6つの短編からなる青春小説。

物語は主人公の中学生・成瀬あかりの「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」というせりふからスタートします。

閉店をひかえる「西武大津店」に毎日通ってテレビ局の中継に映ろうとしたり、漫才の日本一を競う大会に挑戦したりするなど、親友を巻き込みながらわが道を突き進む成瀬の姿がユーモラスに描かれています。

受賞から1週間あまりが経ったこの日、宮島さんは水色のユニフォーム姿でNHK大津放送局に現れました。

宮島未奈さん(奥)

成瀬と親友の島崎が作中で結成する漫才コンビ「ゼゼカラ」のユニフォームです。

宮島さんがみずから発注したオリジナルのもので、背中には「MIYAJIMA」の文字と「未奈」を表す37の背番号が入っています。

ー受賞から1週間が経ちましたが、今の気持ちはいかがですか?

宮島さん
「まだ実感がわきません。1週間前の発表会のことがまだ夢だったような感じで、ふわふわしています。多くの方に作品が読まれて『成瀬あかり』はとても有名になりましたが、わたし自身のふだんの生活は変えないように心がけてます」

宮島さん
「やっぱり日常生活を大事にしたいというか。こうやって取材を受けるときはオンの状態なんですけれど、ふだん滋賀で暮らしてる時にはオフの状態にするというような切り替えを意識しています」

成瀬はビジネスパートナー?

作品の大きな魅力は破天荒ながらまっすぐな主人公「成瀬あかり」です。

親友を誘ってM-1グランプリに出場したり、髪の毛を全部剃って髪の伸び方を調べたりと、だれも思いつかないような挑戦で周囲を驚かせます

ーどのようにして、成瀬というキャラクターが生まれたのでしょうか。

宮島さん
「もともと文学賞に応募するために成瀬というキャラクターを作りました。それまで大人の主人公を描くことが多かったんですが、それでなかなか受賞できなかったので、今度はいつもと違うことをやらなきゃいけないと思ったんですね。

その時に、変わった女子中学生の話にしてみようと思って、成瀬のキャラクターが生まれました。

はじめから『こういうキャラクターにしよう』と思っていたわけではなくて、書きながら『こんなことしたら面白いかな』って付け足していって、だんだんと完成していきました」

ー宮島さんにとっての成瀬はどんな存在ですか?

宮島さん
「成瀬には共感するところもありますし、違うなと思うところもあります。例えば、成瀬は緊張しないキャラクターですが、私もあまり緊張しないタイプ。

一方で、成瀬のように周りを全く気にしないということは私にはできなくて、人からどう見られてるかはすごく気にします。私と似ているところもあれば似ていないところもあって、成瀬のことは娘というか、ひとりの人間として感じています。

私をここまで連れてきてくれたのは間違いなく成瀬なので、そういう意味では成瀬というキャラクターには感謝してるし、尊敬しています。好きか嫌いで考えたことはないですね。どちらかというとビジネスパートナーみたいな存在なのかな(笑)」

舞台は大津

作品には、びわ湖の大津港や百人一首の聖地「近江神宮」といった観光スポットから、スーパーの「平和堂」や成瀬の通う「膳所高校」などの地域に根ざした場所まで、市内に実在するありとあらゆる場所が登場します。

このことから、地元の大津では作品に登場する場所をめぐる「聖地巡礼」が大きな盛り上がりを見せています。

滋賀県は小説ゆかりの場所、13か所をめぐるスタンプラリーを開催。

その名も「この春を成瀬に捧げるスタンプラリー」です。

スタンプラリーの様子

参加者は開始から3週間あまりで1000人を越えました。

このスタンプラリー、宮島さん自身も参加して、なんと初日にすべて巡って県内で2番目にクリアしたそうです。

また、成瀬が県外からきた高校生を案内するびわ湖の観光船「ミシガン」でも、本を持参して乗船すると、オリジナルのキーホルダーを受け取ることができるキャンペーンを開催しています。

ミシガン

取材に行くと、県外からわざわざ訪れたファンに出会いました。

聖地巡礼に来た人
「三重県の伊勢市から来ました。膳所駅を見てきてミシガンにも乗りました。成瀬はこのびわ湖を見て育ったからあんなふうになったんだなって感じました」

「滋賀を自虐するのはやめよう」

宮島さんは静岡県出身。

京都大学を卒業後、静岡で就職し、結婚を機に大津へ移り住みました。

物語の舞台になぜ大津を選んだのか。

そのきっかけは作中にも描かれている「西武大津店」の閉店だったといいます。

西武大津店 閉店に駆けつけた人たち

大津市の中心部に位置していた「西武大津店」は、コロナ禍の2020年8月、駆けつけた多くの市民に見守られながら44年の歴史に幕を閉じました。

跡地には現在、大型のマンションが建っています。

宮島さん
「執筆していたころはコロナ禍で県境を越えることができなかったので、じゃあ大津のことを書いてみようと思ったんですね。

そこに『西武大津店』の閉店がありました。滋賀県にとって大きなニュースだったし、わたし自身も西武をよく利用していたので、物語の形で残せたらいいなという思いはありました」

地元への愛にあふれている成瀬。

宮島さんも成瀬と同様に、滋賀県に並々ならぬ思い入れがあるのかと思いきや、意外な答えが返ってきました。

宮島さん
「私にとっては滋賀は生活の場なので、そんなに特別に愛してるかっていうと、そうではないというか。生活の場としての愛着は持ってるんですけれど、特別にほかの地域と比べて滋賀がすばらしいというのとはちょっと違うと思っています。

滋賀を描くときに気をつけたのは、必要以上に美化しないということ。それと、必要以上に下げないということです。

滋賀ってわりと京都や大阪と比べて自虐の文脈で語られることが多くて、関西の中でもバカにされがちなところがあったと思うんですけど、私はそういうのが本当に嫌で。それはやめようと思ったんですね。だからといって、滋賀をあまりに持ち上げるのも違うなと思っていて。あくまでフラットに生活の場としての滋賀を書いたつもりです」

ーありのままの滋賀を描いたんですね。

宮島さん
「そうなんです。どこの地域でも住んでいる人にとっては良さがあるし、悪いところもある。滋賀についても京都についても東京についても同じです。滋賀の良さも悪さも両方を織り交ぜて書きたいという意識はありました」

ー作品には実在する場所の名前が数多く出てきますよね。

宮島さん
「そうですね。実は、実名を使っているところと使っていないところがあるんですが、それは私の感覚なんです。例えば、成瀬たちが通う『膳所高校』はほかの名前にすると、あの高校の雰囲気が伝わらない気がしたんですよね。ほかにも、膳所駅近くの『ときめき坂』に関してはフィクションのようなすごく可愛い名前だなと思ったのでそのまま使いました」

レッツゴーミシガン!

作中に登場する場所の中でも特に宮島さんが気に入っている場所があります。

それが、びわ湖の観光船「ミシガン」です。

ミシガン

「レッツゴーミシガン」と題したエピソードでは、成瀬が県外から来た高校生をミシガンに招待し、びわ湖についての豆知識を披露しながら、船内をくまなく案内します。

デッキから見える湖面や船内で開かれているコンサートなどの様子が細かく描かれています。

実は宮島さん、デビュー前に「ミシガン」を運航する会社が募集していたびわ湖の観光大使にみずから応募し、大使としてSNSなどでPRする活動をしていました。

宮島さん
「私以上の適任者はいないと思ったから応募しました。というのは冗談なんですけど、本当にミシガンが大好きなんです。もともとコロナ禍で遠出ができない時に子どもとミシガンに乗ると本当に非日常が楽しめるんですよね。それでミシガンが好きになって、去年は10回くらい乗りました」

ー10回ですか!

宮島さん
「何回乗っても楽しいです!乗るたびに新しい発見があって、びわ湖の色とか雰囲気とかが全然違ってきます。去年は東京から来たお客さんと一緒に乗ることが多くて、ここが何でここが何でって船内を案内したら、みんな本当に喜んでくれたんです」

ーまるで作中の成瀬のようですね。

宮島さん
「まさにそうなんですよ。ミシガンの場面を書くときは、わざわざ改めてミシガンに乗ったりせずに、ふだんから乗っていて思ったことを書きました」

ー日常生活が創作活動のヒントになっているんですね。

宮島さん
「そうです、そうです。わりとふだんの生活がヒントになっています」

先のことなんてわからない

もう一つ、作品のキーワードとなっているのが「コロナ禍」です。

閉店をひかえた「西武大津店」に通う場面でも、成瀬は必ずマスクを着用して「ソーシャルディスタンス」を意識。

マスク姿の成瀬

コロナ禍を生きる登場人物たちの様子が描かれています。

宮島さん
「今読むとすごい懐かしいなと思うフレーズがいっぱい出てくるんですけれど、コロナ禍ではそれが当たり前だったんですよね。きっとこれがまた5年後、10年後になるとまた別の味わいになると思うので、時間がたってまた読み返したいなと思います」

宮島さんの小説家人生もコロナ禍に始まりました。

作中で思い入れがあるのが、成瀬が将来を悲観する男性にかける「先のことなんてわからないだろう」ということばです。

宮島さん
「『先のことはわからない』というのはこの本のいちばん大きなテーマです。成瀬がいちばん言いたいことというか。こうして多くの人に祝っていただいて、取材もいっぱい受けるようになって、そういう未来があるなんて全然、以前は想像してなかったなって思うんです。

だからそういう実感が成瀬のセリフにも表れてるのかなって思います。未来のことは悲観しがちなんですが、やはりいい未来が待ってることもあると思っているので、希望を持って歩いて行けたらなって思います」

宮島さんと成瀬の今後は

多くの人に愛される成瀬をうみだした宮島さん。

現在、ことし1月に出版した2作目「成瀬は信じた道を行く」に続く3作目を執筆中で、4月22日、文芸誌に最新の短編が掲載されました。

成瀬の物語は3作目でいったん区切りをつけて、今後は他のジャンルにも挑戦し、小説家として作品の幅を広げたいと話しています。

宮島さん
「成瀬のシリーズは3作目も出す予定なんですけど、どんな話になるかは未定です。私もこの先の成瀬をどうやって描こうかすごい悩んでいるところではあるんですよね。なので、時間をかけて考えていきたいなと思っています。

その後は成瀬以外の話ももちろん書いていこうと思っていて、恋愛小説はぜひ書きたいです。恋愛はコントロールできないもので、人の心の動きとしてとても興味深く私は思っています。いつか書いてみたいな」

※2024年4月24日 おうみ発630で放送