星野富弘さん死去 78歳 手足の自由失い 口に筆くわえ創作活動

事故で手足の自由を失い、口に筆をくわえて絵画や詩の創作活動を続けていた群馬県出身の星野富弘さんが、28日、呼吸不全のため亡くなりました。78歳でした。

星野富弘さんは1946年(昭和21年)、現在の群馬県みどり市、旧東村で生まれました。

群馬大学を卒業後、中学校の教員だった20代の時、部活動の指導中の事故で手足の自由を失いました。

入院中に口に筆をくわえて文字や絵を書き始めたのをきっかけに創作活動をスタートさせ、一つの作品の中に絵と詩が盛り込まれた「詩画」と呼ばれる作品を生み出してきました。

作品をまとめた「花の詩画展」は全国各地で開かれて話題となり、その後、ニューヨークやサンフランシスコなどでも作品展が開かれました。

また、みどり市にある「富弘美術館」は開館からことしで33年目を迎え、これまでの入館者は700万人を超えています。

「富弘美術館」によりますと、星野さんは1年ほど前まで創作活動を続けていたということですが、28日、呼吸不全のため、みどり市内の病院で亡くなりました。

78歳でした。

葬儀は近親者のみで行い、後日、お別れの会が開かれる予定です。

また、「富弘美術館」には5月1日から記帳所が設けられるということです。

富弘美術館 聖生館長「優しさや強さが自然と作品に反映」

星野富弘さんが亡くなったことについて、「富弘美術館」の館長で星野さんと幼なじみだという聖生清重さんはNHKの取材に対し、「長いつきあいで、自分が館長になってからは富弘さんと美術館のことが頭のほとんどを占めていた。落ち着いたら頭が空っぽになってしまいそうだ」と話していました。

また、星野さんのこれまでの歩みや作品については「事故で手足が不自由になって絶望に突き落とされても、創作活動で生きる希望をつかんでいた。彼が持つ優しさや強さが自然と作品に反映されて、見た人が共感したり励まされたりして生きる力をもらったと思う」と評価していました。

そのうえで聖生さんは「『よく頑張ったな』と声をかけてあげたい」と話していました。